episode 8
自分の行動がお礼の対価には釣り合わないことはわかっていた。そんなのいいよ、気にしないでと言えばよかったのだが、なぜか手を差し出してしまった。アメ玉ぐらいなら、という気持ちがあった。
少女はジェインの手のひらに、お礼の品を乗せた。
「悪いね、ありがと……う?」
よく見ると、アメ玉ではなかった。梅干し。俗に言う、カリカリ梅だ。
「えっ……と、これは……」
カリカリ梅に視線は釘づけだ。出した手を引っ込めずにいると、「あ、梅干し苦手ですか?」と訊いてくる。
「が、外国の方には、酸っぱすぎますかね」
少女の顔を見ると、少し困ったような、どうしよう返してもらった方が良いだろうか、という小さな混乱が見て取れた。
「ぶふっっ、あはは」
ジェインは、吹き出してしまった。
おにぎりから梅干しが出てくるとは。それがとてもツボにハマってしまい、くくくと笑いが止まらない。
「な、んですか……」
少女の表情がみるみる混乱していく。それはそうだろう、ジェインにおにぎりと思われていることは、少女の知るところでない。
ひとしきり笑った後に、「ごめん、ごめん、」と謝罪した。
梅干しを受け取った手を引っ込める。
「梅干しは好きなんだ」
「そう、ですか。良かった」
言葉とは裏腹に、思いのほか笑われたことに納得できていなさそうな顔を見せてから、少女は立ち上がった。
「この前のときも助けてくれて、ありがとうございます」
ジェインは完全に笑いをストップして、立ち上がった少女を見た。
あの日、綺麗だなと思った黒い瞳は、今日も完璧なくらいに黒一色で、美しいのだろうか。
(ずっと前のことを覚えていてくれたんだな)
少し嬉しくなった。
「席、指定なの?」
珍しく、そんなことを訊いた。
「い、いえ、自由席です」
「じゃあ、そこでいいじゃん。そこ座りなよ」
「……え、っと、……はい」
立ち上がった席に、そろりと腰を下ろした。
(こうして人助けの場面ばかりに遭遇するけど、きっと彼女の人柄だろうな)
思いながら、ジェインはカリカリ梅の袋を小さくちぎって、口に入れた。梅の香りが鼻から一気に抜けていき、酸味が口に広がった。
「酸っぱいけど美味しい。ってか俺、梅干し好きだよ? 半分日本人だからかなあ」
「そうですか。それは良かったです」
少女はごそごそとカバンからビニール袋を取り出して、自分もカリカリ梅をほおばっている。その横顔を見ながら、湧いてくる可笑しみをこらえながら、ジェインは意味ありげに言った。
「俺、おにぎりの具で一番、梅干しが好きなんだ」
少女が、きょとんとしながら、ジェインを見る。黒メガネで誤魔化されているが、その黒い瞳はこぼれ落ちそうなほどに大きい。
「そうですか。それならもう、ほぼほぼ日本人ですね」
小さい声だった。
けれど、その言葉はジェインの心を射抜いた。
少しの間、少女を前にして動けないくらいに。