episode 7
こちらが敢えて間違えて乗ったのだから仕方がないのだが。今度こそグリーン車に乗れると思っていたジェインの表情に、落胆の色は隠せない。自由席の車両でゆっくりできそうな席を陣取ると、ふうと深いため息をつき、右手指でこめかみ辺りを押さえた。
(ついてないな)
カバンからサンドイッチとペットボトルを取り出すと、キャップをひねってひと口飲んだ。
自由席の車両は空いていて、前後左右、人はいない。それだけでもマシかと思い直し、サンドイッチをほおばった。
すると、背後から足音がして、通路を挟んだ隣の席に、誰かがするりと座り込んだ。
ふと見ると、あの少女だ。ベビーカーの母子の手伝いを終えたらしい。おっ、と声を出してしまいそうだったが、それはなんとか耐えた。
偶然にもほどがあるとは思ったが、少女はジェインの守備範囲から完全に外れている。
声を掛けることもないと思い直し、サンドイッチをたいらげた。
「……さっきは、……ありがとうございます」
弱々しく小さな声だった。本を読んだり書類に目を通したりしていたら、間違いなく聞き逃していただろう。しかもこちらを見ていない。本当に自分に話し掛けられたのだろうか、と思うほどだ。
ジェインは辺りを見回してから、身体を通路側へと向けた。長い足を伸ばすと、通路の真ん中までふさいでしまう。が、迷惑ではない。それほど、乗客は少ない。
「俺、なんもしてないけど」
そうなのだ。ドアへと走り込んできただけで、実際ベビーカーが傾いたとしても助けには間に合わなかった。
「でも、走ってきてくれたから……た、助けようとしてくれたんですよね?」
「ちょっと危ないなって思ったのは事実だけど、結局なんの役にも立ってないし」
「……それでも、」
一呼吸して、
「……ありがとうございます」
黒髪の頭を下げて、こくっとあごを打った。その拍子に少しズレた黒メガネを、人差し指で直す。そして、カバンからビニール袋を取り出し、手を突っ込んでなにかを掴み、ジェインへと差し出す。
「これ……お、お礼です」