episode 63
優しかったころの弥一が蘇ってくる。壱花の心はぐらりと揺れた。
けれど。
『なんで返事くれないんだ? 無視すんなよな!』
『電話に出ろって! いつまで怒ってんだ!』
段々と高圧的な態度になり、最後にはブチギレの内容になっていた。
(怖い……)
『まさかあの男と会ってんじゃないだろうな』
怖い。スマホの電源を慌てて落とした。
けれど、これで既読になったはずだ。ちゃんと話し合わなければならない。
壱花は、冷蔵庫から二本目のビールを取り出した。震える指で、プルタブを引く。そして、ぐいっとあおる。戸棚から、カリカリ梅を取り出すと、二つを一気に口に入れた。そして、スマホの電源を入れる。すうっと息を吸う。
(こんな私を好きになってくれて大切にしてくれた人は、やっちゃんしかいない)
でも。
過去を思い出す。
「え? 付き合った人数? えっとぉ、もねとミカ、アイちゃん……そんくらいか。だから、壱花が四人めってことになるな」
その時。
テニスサークルに一緒に入っていた友人の言葉が蘇ってきて、動揺した自分がいた。
「弥一先輩、トモミ先輩と別れて、サキちゃんとくっついたみたいだよ」
だから、その二人は入ってないというわけだ。ただのセフレの数ってことなのだろうか、と。
本当のところ、何人の女性と付き合ったのだろうか、と。
真実を知りたいと思った。けれど。
「壱花は?」
「わ、私は、弥一先輩が初めての彼氏です」
「あっそう。そうなんだ〜。今どき珍し。でもなんか嬉しーんだけど!」
珍しい? そうか。この歳で初めての彼氏なんて、私の方がおかしいんだ。その時はそう思ってしまった。
けれど、今ならわかる。
(好きな人って、普通は一人だけだよね? そこのところの価値観が違う人もいるんだろうけど。やっちゃんとか……違う人種なのかも)
苦笑。
「はは。私、気づくのおそ……」
いや、気づいていたけれど、見ないようにしていたのかもしれない。
好きだったから。
心から。
けれど、もうだめだ。
一人を一途に想う自分とはまるで違う。自分だったら、平気な顔をして嘘をつきながら、浮気なんてできやしない。
涙がこぼれ落ちた。弥一の浮気を知ってから、毎日泣いた。どれだけ泣いたのかわからないくらいに。なのに、いつまで経っても涙は枯れてくれない。
本当は、今でも好きな弥一と別れたくなかったのかもしれない。
もし弥一が反省して、自分だけ見てくれたなら。また付き合えるかも知れない、元の鞘に戻れるかもしれない思う、甘い自分もいた。
けれど。
ジェインの言葉にストップをかけさせられる。
『壱花、キミがとてつもなく大切なんだ』
いつのまに壱花呼びになったか、考えるだけでも赤面ものだ。頬へのキス。それだけじゃない。
『壱花、好きだ』
ぼぼぼっと頬に熱を持つ。抱きしめ、そしてそっと囁かれた。
『好きだよ、俺と付き合って欲しい』
キミはもっと自分を大切にしなければいけないよ。ジェインがそう言ってくれるように。
「よし!」
頬をぱしんと平手で軽く叩く。
スマホのLINEを開くと、ポチポチと文字を入れていった。




