episode 56
「接待なの!! 俺が女と付き合うのも、仕方がないの!!」
ってか付き合ってないし!! くそっ!!
イス、ソファ、手当たり次第に蹴り上げていく。最後に蹴ったゴミ箱が、ガランと音を立てて転がると、中身があちこちに散乱した。
その中に。情事の跡。
「やべっ」
それに気づいた弥一が、そそくさと片付ける。
その姿を見た壱花の中で、なにかが音を立てて崩れていく。
弥一への信頼。優しさ、尊敬の念。ガラガラと。
そして、愛情は。
まだ壱花の中に?
それとももう消えてしまったのだろうか?
どちらにせよ、壱花の中でなにかが切れてしまったことには変わりない。
涙と同時に複雑な感情がぶわっとせり上がってきて、そして溢れていった。
「信じてた……」
蚊の鳴くような声だった。
「い、いち、か」
「信じてたのに」
「ち、違う、」
ゴミ箱を後ろ手に隠す。一気に、爆発した。
「……もう別れるからいい」
震える涙声で。
「もう別れるからいい!!」
堰を切ったように声も。
壱花はリュックを掴むと、狭い部屋、玄関へとバタバタと足音を響かせて走った。靴を履く。スニーカー。かかとが上手く履けず、足が少しだけもつれて、ドアに身体ごとぶつかった。けれど、構わずドアを開けて、部屋を飛び出した。
「壱花っ! 待ってくれ! 壱花っ、いちかあ!」
背中へとぶつかる声はもう、自分が敬愛していた弥一のものではない。
代わりにジェインの声が頭の中で響く。
『俺、この前壱花ちゃんに、高級ランジェリーの話、聞いただろ?』
『は、はい』
『その時もちょっと時代錯誤な接待だなって思ったんだけど、念のため八海に聞いてもらったらさ。営業の接待で高級なラウンジやキャバクラなんかは、もう何年も使ってないって』
『え、っとじゃあ……」』
『すごく言いにくいけど、単なる浮気だと思うよ』
結局はジェインの言う通りだった。
『あんな男、別れなよ。あの怒鳴り方だって普通じゃない。典型的なDV男で間違いないと思うよ。壱花ちゃんの居場所の特定、GPSとか言ってたよね? GPSアプリ入れられてるの、知ってたの?』
『……いえ。でも私のこと心配してだと思います』
『そんなに好きなの?』
『はい』
『あんなことされても?』
『……はい』
信じていたものが、木っ端微塵に砕け散る瞬間を、壱花はなす術なく、受け入れるしかなかった。




