episode 4
「一週間の予定が、十二日間とはね。いったい向こうでなにをしてたんだか。でもまあ、今までで一番、早いお帰りだ。予定通りと言っておこう」
八海慎之介が、分厚いファイルを小脇に抱えて、嫌味を炸裂させながら、部屋へと入ってきた。
八海は、ジェインの大学からの同期で、会社の経営の一端を担っている。秘書兼経営陣の一人で、ジェインから絶大な信頼を寄せられている。
180オーバーの長身に加え、毛先をくるっとさせたゆるふわな髪型。ジェインと同じ、29。恋人募集中。
「悪かったよ。行きの新幹線で素敵な女性に出会ってね。最後のディナーに時間を取られてしまったんだ。彼女が火曜日の夜しか、空いてないと言うものだからね」
「何度も言うようだが、それ仕事じゃないよな! バカンスだよな! 俺にも休みをくれ」
ジェインは、デスクにほかりっぱなしだった書類を両手でかき集めると、トントンと揃えてから引き出しへとしまった。
「ちゃんと仕事してきたって」
「社員の質はどうだった?」
「下は問題ない。だが、上がなあ」
名古屋支社で仕事をしていて、わかったことがある。ジェネラルマネージャーとそれを取り巻く支社の経営陣のレベルが、自分の求めるレベルに若干届いていない。やはりそれは、オンラインのみでは知り得ないものだった。
業務内容もそうだが、圧倒的に職場の雰囲気が硬い。上下が上手くいっていないということが肌で感じられ、これはマズイなと落胆した。
「経営のレベルアップもさることながら、もっと職場自体の士気を盛り上げたい。今、請け負っている案件を片付けたら、もう一度名古屋に行ってくる」
「はあ? また?」
「悪いな、慎之介」
「よっぽどそのオネーサンとの相性が良かったんだな」
イケメン顔を、呆れ顔にしてジェインへと向けた。その呆れ顔と同じような顔をして、ジェインも応える。
「慎之介、おまえはまだまだだな。その女性はもう関係ないんだ。キレイさっぱり切ってきたからね」
「はいはいそーですかあ」
八海はさらなる呆れ顔を作ると、脇に抱えていたファイルをデスクに放り投げ、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「なんだ慎之介のあの態度。ふくれっ面な慎之介は可愛げがないなあ。っと、まだ話したいことがあったんだけど……まあいっか」
ジェインは、八海が持参したファイルに手を伸ばそうとし、やめた。目をつぶる。
「それにしても、あの子なあ……」
そして今回の出張の帰り、その新幹線での出来事を思い出していた。