episode 38
少女をおんぶして、ジュースを買った。少女と壱花は身長は差があるが、壱花は小柄だから少女とあまり体格は変わらない。親亀の上に子亀が乗ったというより、子亀の上に子亀が乗ったみたいになり、弥一は吹きそうになった。
「なあ壱花ぁ。それあんま身長変わってねえから!」
揶揄うと、壱花は耳まで真っ赤にして。
(なになになに、たかがこんなことで赤くなんなよな)
それと同時に。自分の頬も熱を含んだ気がした。
そして胸のうちが、すうっと清められていくような、そんな気持ちになる。壱花の少女に対する優しさが、弥一の心に沁み入ってくるようで。
(今まで付き合った子たちと、全然違うタイプだな……もねとか正反対じゃね?)
「おーーーーい」
その時、ひとりの男が小走りで寄って来た。手には長い長い定規。
「事務局で定規借りてきたよ〜」
「お兄ちゃん!」
どうやら少女の兄のようだ。
「遅いよ! もうお姉ちゃんが取ってくれたよ!」
持っていたジュースの缶をぐっと上に上げて、アピールする。
「あああれ、そうなの?」
「役に立たないんだからもう!」
少女の可愛らしい怒りに、笑いが起こった。壱花も笑っていて、ふと、その笑顔に心を掴まれた。
弥一は知らず知らずのうちに壱花へと近づき、そして。
「壱花、服が汚れてる」
そっと手を伸ばし、袖や背中をぽんぽんと優しく払った。
「あ、弥一先輩、ありがとうございます」
「おまえ、優しいんだな」
弥一が言うと、そんなことありませんとえへへと笑う。
「弥一先輩こそ、手が汚れちゃうのに……や、優しいです!」
照れながら。一生懸命に。
弥一は壱花の顔を見た。近づく距離。メガネ越しの黒色の大きな瞳。少し覗き込もうとすると、さっと恥ずかしそうに、その目は伏せられた。
小さな鼻。小ぶりな唇。その唇に力が入れられていて、少し緊張しているのが窺える。
(俺のこと、意識してんのかな)
頬に触れたくなった。顔に汚れでもついていれば、それを理由に触れていたかもしれない。
(可愛いんだな)
その時に、今付き合っている彼女と別れて、壱花に告白しようかなという風に、心は傾き始めていた。
驚いた。
自分が壱花に対して、こんな気持ちになるなんて、と。
弥一は、壱花に触れるのを我慢し握っていた手を、さらにぐっと握り込んだ。




