episode 3
蚊の鳴くような、小さな声だ。
「足の踏み場もないから、そうしてもらおうかしら」
「貸してください」
すっと通路側の席から立ち上がったのは、小柄な女性だった。いや、まだあどけなさが残っているから、少女と言っても過言ではない。
黒メガネによいしょと乗りそうな前髪が、重い印象。黒髪のおかっぱボブだが、毛先は内巻きに収まっている。その黒髪とこれまたワンピースの黒色が、全体の重みをさらにどんと重くした。
小柄で黒。きゅと握り海苔で巻いたおにぎりのようだと、ジェインは思った。
そのおにぎりちゃんが、大きな風呂敷に包まれた荷物を、ぐいぐい上へと押し上げている。
(おいおい、君には無理だろ)
つい、立ち上がってしまった。
「手伝いましょうか?」
唐草模様の風呂敷に手を伸ばす。少女の後頭部にスーツの胸の部分が触れたが、ジェインは構わず、ぐいっと荷物を押し上げた。
「あ、……ありがとうございます」
ふと見おろすと、当たった後頭部を手でさすりながら、こちらを見上げて、お礼を告げてくる。
(おっと)
思いも寄らなかった。
黒メガネの中には、もちろん黒色の瞳がある。しかしそれは意外にも、美しい漆黒の深さだった。日本人の中でも、群を抜いた艶のある黒色。
少女はさっと顔を伏せると、席へと座った。
ありがとうね、助かったわと、お年寄りの声がする。
ジェインはそろっと自分の席に座ると、「お優しいですね」との声に、我に返った。
「ご親切な方ですわ」
隣の席の、艶やかな女性だ。そちらを見やると、ふわりと頬を紅色に染めている。
心の中ではこう思った。
(おにぎりが潰れるかと思ってしまったよ。それに貴女にも良いところを見せておきたかったからね)
ふ、と笑みを浮かべながら、「当然なことをしたまでですよ」と言ってのける。
前の座席が、ギッと小さな音をさせた。
ジェインはそれを気にもとめず、胸ポケットからスマホを取り出し、女性の連絡先を訊いた。