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裏通りの男

街の裏通り。

ここは、以前スラムと呼ばれていた通りだ。


以前は、道もなく常に薄暗く至るところに虫がたまっていて、家のない物乞いや汚れた人間がそこかしこに溢れていた。

寒さを凌ぐため、捨てられた木材や布等でテントを作る者も居り、その者を狙った殺人等も多発していた。

捨てられた子どもも多く居り、人身売買のため誘拐されることも多々あった。

しかし、現在は、道や家が作られ、清潔になり、寒さに凍えて暮らす人間も少なくなった。

街の経済が良くなって来たことと街の近くの森の一角が耕され、農地が出来たこともあり、仕事も増えた。

それにともなって、窃盗や人身売買などの犯罪も大幅に減ってきている。


そんな裏通りの一角。

集合住宅の地下の部屋にやって来た。

使い古された食卓机と椅子。

築何十年も経っている古びた部屋を改装もせずに使っている部屋の主は、当然現れた私に驚きもせずに、人好きのする笑顔と部屋中に響く太い声で話しかけてくる。


「いつもより来るのが早いな、ミー!」


「やむを得ない事情でな。」


大柄で声も大きく力も態度もでかいこの男は、ディザルクという。

歴戦のギルドマスターのような剛胆さで、非常に老けて見えるが、まだ25歳である。

本人は、老けていることを全く気にしておらず『居るだけで抑止力になるから。』と自ら犯罪の取り締まりを名乗り出て、裏通りを守る傭兵団のボスをしている。

この街では、かれこれ15年以上生活しているらしく、表通りでは一番大きな雑貨屋の店主もしており、外国や商人、裏社会にも精通しており、とても顔が広い。

彼の指揮する部隊により子どもは保護され、私が魔法を使い、適切な教会や孤児院に送っている。


ディザルクとは、数年前に教会で炊き出しをしている時に出会った。

何度も何度もパンを取りに来る子どもが居たので不思議に思い、付いていったらディザルクが居たのだ。


その時に裏通りの治安を確保するための人員集めをしていて、闇の取引や違法薬物、人身売買などを取り締まり、事件が起きないようにパトロールもしていると知った。

本当は、治安維持隊の仕事だが、裏通りは陛下がもっとも忌む場所のため、放棄されていた。

父上に裏通りに治安維持隊を配備するよう何度も陛下との交渉を請うたが、陛下からは許可が得られないと申し訳なさそうに言われた。

私が出来たのは、ディザルク達のように治安を維持する協力者を募り、報酬と装備、安全に暮らせる家の提供と継続的な支援金等の援助だった。

根本的な解決にはならないが、ディザルクは『本当に助かる』と涙を流しながら、喜んでくれた。

そして、私は援助する代わりにディザルクにあることをお願いした。

それは…


「で、やむを得ない事情ってなんだ。」

「お前以外に、この国に魔法使いが居た。」


それは、私の魔法の師匠になることだ。


教会での炊き出し後、子どもに付いて行った時に私は今のように違う人間に変化していた。

しかし、あっさりと見抜かれたのだ。

その後『魔法を教えてくれ。』と伝えると、あっさりと受け入れられた。


「おー!で、何されたんだ?」


「…首を掴まれた瞬間、魔法が使えなくなった。…前にディザルクにやられた打ち消し魔法を強化したようだった。遠くから魔法を打っても打ち消される。物理でしか攻撃出来なかった。しかも、幻影魔法も使えるようで、攻撃していると見せかけられていた。」


「そいつ、強いのか?」


「だから、お前に助言を貰いに来た。そいつを殺すために。」


「…お前……そりゃ付けられるわ。」


振り向くと


「へー。ここが、君の第ニの家か。凄く庶民的だな。」


元凶が立っていた。


「…帰る。」


すぐさま転移しようとするが、ディザルクに手を掴まれる。


「おいおいおい!!待て待て!お前は…嫌な物からすぐ逃げる癖やめろ。それに、鼬ごっこになるだけだろ。きちんと話して、一緒に帰れ。俺はちょいと見廻りしてくるから。ゆっくりしてけ……レ…お兄さん…。」


私から手を離し、部屋から出ていこうとするディザルクの裾を掴む。


「待て。お前も居てくれ。」


何をしてくるかも分からない得体の知れない人間と二人きりなるなんてもうこりごりだ。

話し合えというのなら、お前を道連れにするぞディザルク。


「…はぁ?本気か?」


私とレニアスを交互に見て、困惑した様子を見せるディザルクを尻目にレニアスを睨むように見る。


「はぁー…いいよ。俺と二人は嫌なんでしょ?

ここではビルと呼んでくれ。君は?」


レニアスは呆れたように溜め息を吐き、近くの椅子に座った。

意外とあっさり受け入れられ、ほっとしているとディザルクひきつったような表情をしている。

巻き込まれて頭を抱えているのだろう。ざまぁみろ。私と同じ立場になれば、レニアスとの対面がどれほど苦痛か分かるだろう。

気持ち悪い顔をしたディザルクの背中を押し、テーブルを挟んでレニアスの向かい側の席に座らせる。

私も席に座ると、レニアスの問いに答える。


「ミーだ。」


「へー。愛称で呼ばれてるんだ。嫌いそうなのに。」


私の愛称を知っているとは驚いた。しかし…一々癇に触る言い方をするな。

私はこの愛称も、この裏通りも、街の人々も大好きだ。

この男に愛称で呼ばれるのは心底嫌悪するが。


「…で、ミーはこんな所に何の用があるの?街の裏通りだよね?彼との関係は?」


「…彼は、裏通りの傭兵団のボスをしている。」


ディザルクだ。と本人が挨拶する。

ディザルクは苦笑いをしながら、なぜか汗を吹き出すように垂らしている。そんなに暑くないが、病気か?

まぁ、そんなことはさておき…


「私は、その傭兵団に支援をしている。今日は監査と支援金を渡しに来た。それだけだ。」


「それにしては、親密そうだったよ?」


問い詰めるように言葉と目で追い討ちをかけてくるレニアスに、隠すのも面倒なので話す。

いずれ、気付かれることだ。

それに、平民のディザルクにとっては、気付かれても弊害はないだろう。


「…魔法の勉強をさせてもらっている。」


「へぇ~。」


レニアスがジトッとディザルクを見ると、汗を拭きながら、あぁーくそ!!と叫ぶ。


「…レ…ビル!!もういい加減にしろ!!俺に八つ当たりしてくんな!テレパシー送ってくんな!怖ぇし頭痛ぇから!!ったく…

ミー、悪い。実は、こいつとは知り合いなんだ。」


「何で言うんだ。本当にお前は…堪え性がないな。」


口角だけが上がり、目が笑っていないレニアスを見て、ディザルクが『だから…』と汗を拭きながら呆れたように話す。


「俺はお前のそういう所が好かん!!」


「お仕置きだな。」


ディザルクの頭の上から木の板が落ちた。

ディザルクの脳天に直撃し、声にならない叫びを上げ、文字通り頭を抱えていた。

笑いそうになるのを目を反らして堪える。

ディザルクは、腹を割って話すのを好む男だ。レニアスのような表情と腹の中が合わない男は苦手なのだろう。

だが、私は二人の相性は良いと感じる。

レニアスから私と対峙していた時の緊張感が無くなっているから。

こいつにディザルクのような朗らかな女性を提供すれば、私との婚約話は消滅するかもしれないな…。

そんなことを考えていると、ディザルクが復活してきた。


「…俺は、レ二…ビルから魔法を教えてもらったんだ。そんで、お前に教えてる。そりゃ勝てるはずねぇよ。こいつは、魔法を俺より熟知してる。下手したら国だって滅ぼせんじゃねぇか?」


「そこまでは無理だな。まぁどこかの領地を消滅する位は出来るだろうがな。」


私は、今一番嫌いな男の間接的な弟子だったということか。屈辱だ。

よし、やはりディザルクにこの男を押し付け、さっさと帰宅し、貴族の女性の中で、もっともセクシーボディで朗らかで可愛らしい女性を一刻も早く探そう。

そして、こいつとは永遠に関わらないよう、旅にでも出よう。

両親や兄姉は悲しむかもしれないが、精神衛生を整えるために必要なことだ。

ディザルクの肩を掴み、耳元で足止めを頼むと伝えると、レニアスに対して笑顔を向けた。


「では、ごきげんよう。」


「待て待て待て!!厄介事を押し付けるな!!」


ディザルクに縋るように腕を掴まれ、それを振り払うと、今度はレニアスが腰に右手を回してきた。


「ミー。」


左手で顔の輪郭を確かめるように撫でられる。

その手を振り払おうとすると、掴まれ、手を握られる。

レニアスの顔を睨むと挑発するようにニコッと笑われる。


「言いなさい。『婚約者になります。わがまま言って逃げたりしてごめんなさい。』と。」


握られた手から熱が伝わってくる。

これも魔法か。先程、ディザルクも滝のように汗を流していた。

こいつは魔法を、こんなくだらないことにしか使えないのか。

何て愚かで幼稚で傲慢な男だ。


「うわぁ~…あんた…はぁ~…そういうことか…だから、帰ってきたんだな。」


ディザルクが何か言っているが、そんなの聞こえない位、レニアスは身体を近付けてくる。

やはり身体が触れているため、魔法を使うことが出来ない。

ナイフもない。

抵抗する手段は残っていなかった。


「さぁ、言ってごらん。」


私は唇を噛み締め、もう一度レニアスを睨み付ける。

悔しくて堪らない。

いつか、この屈辱は果たしてやる。


「私は、あんたに勝る魔法使いになり、あんたを隸属させて、ボロボロになるまでこき使った後、屈辱にまみれたお前を一番苦しむ方法で殺してやる。だから、これを言うのは今だけだ。」


レニアスのシャツの襟を掴み、引き寄せる。

これは、宣戦布告だ。

私とこの男の一生を掛けた戦いの。


「婚約者になるから離せ、クソ野郎。」


レニアスは目を暗く光らせ、意地の悪い笑みを浮かべる。


「せいぜい頑張りな。あぁ、私を隸属させる前に君が私の奴隷になってしまうかもしれないね。」


やはり癪に触る。

一発殴ろう。襟を掴んでいた手を離し、顔を殴ろうとするが、あっさりと止められる。

それを見てディザルクは大きな溜め息を吐く。


「煽るなよ、ビル…」


そんなこと聞いていないレニアスは、掴んだ私の拳を引き寄せ、唇を付ける。


「今日は、楽しかったよ。久しぶりにディザルクにも会えたしね。」


手を振り払おうとすると、今度は身体を引き寄せられる。


「ミー。またね。」


“愛してる”


チュッとわざとらしいリップ音が自分の唇から聞こえた。

瞬時に殴るために振り下ろした拳は空を切った。

殺したい理由がまた一つ増えた。

どこまで私を馬鹿にするつもりだ。

今に見ていろ。

私に喧嘩を売ったこと、後悔させる。


「…ディザルク。」


机の上に四角を描くと、そこから箱が出現し、開くと金貨が入っている。


「これで、装備を整えてあいつを葬るぞ。」


ディザルクは、乾いた笑みを浮かべた。



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