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侵入者

早速ブクマありがとうございます!

貴族制度等々、あまりきちんと把握していないので

あくまでファンタジーとしてご覧頂ければ幸いです。

「これは、内密にしてほしいが、婚約者のお前だけには伝えておく。タルボカード殿が……行方不明になったそうだ……。」


午後、自室で刺繍をしていると、父上が私の部屋に訪ねてきて、人払いをした後、神妙な面持ちでそう言った。


「…タルボカード様が……行方…不明……」


手で口を覆って、困惑したように震えた声で言う。

実際困惑していた。

私は、ハサミで刺しただけだ。

どこかに遺体を隠すなどしていない。


「……次期侯爵の器ではないから旅に出ると…手紙を残して、自ら出ていったそうだ…。」


「そんな…」


タルボカードはそんなことする人間ではない。

騎士としては全く腕は立たなかったが、話術と好奇心で男も女も虜にしていた。

そして何より『侯爵になる男』と自慢していたのだかから、自ら出ていくなんて考えられない。

やはり、昨夜の男が関係しているのだろうか…



俯いたまま不安そうに呟く娘を哀れに思ったのか、父上も頭を抱え、俯く。


「……ミー。」


「…はい…。」


「……お前は公爵の夫人になるため、そして我が侯爵家の手足となり、社交界や市井でも活躍してくれていた…。

……婚約解消はやむを得ないが、社交界では…活動しにくくなるだろう…」


父上が言い淀むのも分かる。

婚約解消は、たとえどんな理由があったとしても、社交界では“マイナス”イメージになる。

家からも見離され、哀れに思った貴族の後妻に回る事が多い。

私はそんなことになる前に、間違いなく市井で生きていく決断をする。


「そこで、急遽、タルボカード殿の弟君のレニアス様との婚約を提案された。」


早すぎる展開に嘘の涙は引っ込み、素に戻って父上を見つめてしまう。


「…タルボカード様の弟君?」


すっとんきょうな声を上げる私に、父上は頷きながら説明する。


「あぁ。幼少期から様々な国に留学しているため、名前も伺ったことはないだろう。この国では社交界にも出ていないため、名前が上がる機会もなかったからな。

今は、隣国に居られるようだが、急ぎ使いを送り、戻るように伝えると仰っていた。」


見たこともない男だし、戻らなくて良い。

私には婚約者などもう必要ない。

振り回され、自分の評価まで落とされ、蔑まれたあげく代わりを用意するだと?

ふざけるな。

この際だ、一家全員葬り去れば良かったか…


俯いたまま動かない私を見て、父上が心配したように肩を優しく撫でる。


「……こんな話は、一度にするものではなかったな。整理が出来ないと思う…だが、落ち着いたら、考えてくれないか?」


そう諭すように言って、父上は部屋から出ていく。


その直後、私は窓の方を向く。


「盗み聞きとは、趣味が悪いな。」


「へぇ~。気配消してたのに暗殺者には気付かれるもんなんだな。」


気付けとばかりに、ほんの少しだけ気配を残している男がよく言う。

父上が部屋に入って来た時からシャボン玉のような透明の膜が部屋全体に広がり、気配も感じていた。

明らかにこの男の仕業だ。


「お前がレニアス・ビレッジアドか。」


男を睨みながら言うと、胡散臭い笑顔で答えてくる。


「あの話の流れで、違う名前が出てきたらどうしようかと思ったよ。」


タルボカードの弟。

それにしては、声も話し方も風貌も体格も顔の作りも出で立ちも姿勢も全てが異なっている。

彫刻の様に整い過ぎている姿に、多くの令嬢は釘付けになるのだろう。

しかし、顔は良いが、底知れない悪意を纏っている。

じっと見つめて隙を探し、ただちに葬ろう。

そうでなくては、こんな得体の知れない悪の権化のような男と婚約させられてしまう。

すると、レニアスの方から目を反らし、近くの棚に腰をかけ、そわそわと頭をかきながら話し出す。


「何で、ここに居るんだって顔だね?

魔法使いだから、一度行った所には自由に行き来出来るんだよ。

俺が旅してるのはさ、あの家に居てもつまんなかったからなんだよね。話合う人も居ないし。ほら、あの家って頭より体を使うだろ?同じレベルで話せる人間が居なかったんだよ。だったら、他国の商人の方がよっぽど話が合った。それに、魔法のことも学びたかったしね。」


そう言った所で、レニアスはこちらをチラリと見る。

どうでも良い情報をペラペラと話して、相当話が好きらしい。

心底興味がない。

ただ、今考えていることは、どのようにこいつを葬り去るかだけだ。


「…全然興味無さそうだね。お父上と話してる時と雰囲気全然違うし、さすが猫かぶりさん。」


兄弟似ていないと思ったが、撤回する。

苛立つことを言う余計な口は、そっくりだ。


「タルボカードが言ってたよ。『ミニエラは、皆の前では無邪気な顔をして、楽しそうに過ごしていても、一人になると無表情になって、本当は何を考えているか分からない。それが、怖い』ってね。まさか、自分を殺したい程憎んでたとは思ってはなかっただろうけどね。」


最後にニヤッと笑うレニアス。

やはり葬ろう。

その頭に来る笑顔が歪み、許しを請うまで泣き喚くほどの痛みを与えて跪かせた後に痛みに苦しみながら逝け。

私は一層怒りを露に睨みつける。


「…何が目的だ。私を蔑むためだけに来たわけではないだろう。」


そう言うと、レニアスは棚から降りて私の方に一歩ずつ近づいてくる。


「俺は各国を回ってるはずなのに、昨日あの時間に次期公爵の部屋に居た。

何でだと思う?」


また一歩近づいてくる。

ニコッと笑う顔はまるで絵のようで、一種の狂気さえ感じる。

私はポケットに忍ばせているナイフを触り、戦闘への思考を巡らせる。


「目的は君と似たようなものさ。」


また一歩近づいてくる。

よく動く口だ。

まずその口にナイフを突き刺そうか。

そして、舌を切り裂き一生話せない口にしてやる。


「でも俺は成功して、君は失敗した。」


テーブルを挟み、私たちは対峙した。

ふっと笑みを浮かべるレニアスの口から、視線を上げる。

私の目的は“葬る”ことだった。

それが失敗…

ということは…


「タルボカードは殺されたんじゃない。『子どもになった』んだ。」


もう一度ニコッと笑ったレニアスを見つめる。

こいつが止めを刺して、遺体を捨てたわけではないのか。

表情を変えない私に、レニアスが笑いながら説明する。


「あの男の醜聞は隣国にまで伝わってる。ビレッジアドの恥だ。だから、一生子どもの姿になる魔法を掛けた。もちろん去勢してね。」


なんて魔法だ。

いや、もはや呪いだ。

そんなこと、多くの人間が出来たら、世界が崩壊するだろう。

当然だが私には、そんな魔法使うことが出来ない。

魔法は“民のため”と“自分のため”が合致した時に使うものだと考えてきたから。

タルボカードを葬る理由もその二つが関係している。


「あの父上が、絶滅したはずの魔法使いが存在して、自分の息子を『子ども』にしたなんて受け入れられるはずがないから、遠い国の教会に置いてきた。部屋には手紙を置いて、あの侍女と、使えない使用人は全員、雪山に捨ててきた。」


タルボカードは私達の前に二度と現れないと理解した。

精神を入れ替え、幼少期のタルボカードに戻ってくれていればよいのだが…

使用人等は、公爵家だけの問題だ。

後は公爵が解決するだろう。

社交界では『兄の病気療養(公爵はそう伝えるだろう)で構って貰えなくなり、寂しい思いをしている時に眉目秀麗の弟が現れて、鞍替えした尻軽女』と呼ばれ、当分の間笑い者にされるに違いはないが、そんなことはどうでも良い。


表のミニエラ

「私は知らなくて良いことだ。」


すると、レニアスはニコッ笑った。


「あの男には関心はないかもしれないが、私には関心を持って欲しいな。婚約者になるんだし。」


婚約?

そういえば、父上がそんなこと言っていたな。


「お前とも婚約はしない。」


瞬時にポケットのナイフを取りだし、レニアスの首に突きつける。

首から一筋血が流れた。

やはり、魔法は効かなくても物理攻撃は効くのか。

レニアスの手が動いた瞬間に距離を取るように離れる。

すると、レニアスの手から生み出された氷の刃が飛んでくる。

それを避け、レニアスの腹にナイフを突き刺す。

血が滲み始める。

やったか。

そう思った瞬間にナイフを持つ手を包むように掴まれる。

驚いてレニアスの顔を見ると、昨夜のようにニコニコと笑っていた。


「熱烈な歓迎だな。」


片手で首の根を掴まれる。

逃げようとした時、魔法が使えないと気付く。


「ミニエラ。君には躾が必要だな。」


唇に柔らかい感触がする。

もう一度されそうになり、咄嗟に俯いて拒絶する。


何故、これだけ深く突き刺せば動けないはず。

ナイフが刺さった場所を見ると、ナイフの刃の部分がなくなり、刺した部分の血も綺麗に消えていた。

こいつ、わざと血を出す“ふり”をしたのか。

勢いよく顔を上げ、睨み付ける。


「所詮お前も、タルボカードと同じか。色欲にまみれた獣共め。」


柄だけになり、何の役にも立たないナイフを投げ捨て、素手で殴ろうとするが、簡単に抑えられてしまう。


「君を躾るには、このやり方が有効だろ?」


もう一度、唇を近づけられ、思い切り俯いて拒絶する。

愛のない接吻などただただ気持ち悪いだけだ。

私には情欲など皆無なのだから。


「離せ。」


レニアスのシャツを捻り上げ、冷たくそう言うと、クスクスと笑いながら口を耳元に寄せてくる。


「『婚約します。ごめんなさい。』そう言えば、離してあげる。」


「言うものか。」


レニアスのシャツを引き、顎に頭突きをする。


すると、一瞬首を掴んでいる手が緩む。

その隙に手を払い、距離を取る。


そして、自分に変化を掛け、地味な町の男の姿になる。


「お前が出ていかないのなら、私が出ていく。」


魔法で転移する。


私の実力ではやはりレニアスを葬るのは不可能だ。

魔法を打ち消され、しかも魔法で戦闘も出来るとは…

私は魔法に関してはまだまだ未熟だ。

何か他の方法を探さなければ…


街に行き、魔法の師匠でもある男に助言を求めよう。


「…そう来たか…。

やっぱりこのやり方は強引すぎたか…

もっと慎重に…出来ないものだろうか…。

いや、そうしたらミニエラが他の男に…

それにしても…唇、柔らかかったかな…」


レニアスが自身の唇を撫でながら呟いた声は、誰にも届くことはなかった。



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