葬る
私はミニエラ・ラナクレード、16歳。
ラナクレード侯爵の娘で、父親のグレインドは宰相をしている。
母親のミレリーナはマカナビア伯爵の息女で18歳の時、ラナクレード侯爵家に嫁いできた。
兄弟は3人居て、7歳上の兄のガリアは次期侯爵。4歳上の姉のマーリアルはデードリッヒ次期侯爵と婚約中、2歳上の兄のロンダードは王宮騎士第1部隊に所属している。
家族や親しい人にはミーという愛称で呼ばれている。
好きな食べ物は、チョコレートケーキ。
嫌いな食べ物は特にない。
趣味は、刺繍や草花を育てること。
家族や友人からは、愛らしく朗らかで優しく気品のあるレディと評判で、家族に溺愛されている。
婚約者は、王家の血筋を継ぐビレッジアド公爵家の長兄で、7つ上のタルボカード・ビレッジアド。王宮騎士で、主に王宮の警備を担っている。
タルボカードとは週に一度は必ず会い、愛を深めている。
普段からお茶会でご婦人達と交流を深め、市井でボランティアなどを行い、貴族としての務めを果たすために活動している。
そんな私は、世界から絶滅したと言われている、魔法を使える人間だった。
魔法が使えると気付いたのは、5歳の頃。
一人で部屋で寝ている時、星が見たいと思い、天井に指をかざすと夜空が浮かび上がりキラキラと星が光ったのだ。
驚いた私は、消えていた燭台を手に取り、蝋燭に火よ付けと指で撫でたら火が付いてまた驚いたのだった。
同い年の子どもより数段賢かった私は、その力が『絶滅していなければならない危険な力』だとすぐに気付き、他人が見ている場所や他人に対しては絶対に使用しないようにしてきた。
そうして10年程過ごしてきたが、ここ数年どうしても我慢ならない出来事が起き続けていた。
それは、タルボカードの態度だ。
タルボカードは、私という婚約者が居るのにも関わらず、様々な女性と浮き名を流していた。
その女性達からお茶会で『ミニエラ様をお慕いしてないのでは?』『夜の営みがないから』『ミニエラ様は、お子さまですものね』『タルボカード様はグラマラスな方がお好きよ』なんて言われることも度々あった。
侯爵家に行ったらコーヒーカップに毒のような物を入れられている時もあった。
私と二人きりの時は横柄な態度を取るようになって、命令してきたり、怒鳴ったり、苛々していることも多かった。
何より『お前となんか婚約破棄するぞ』なんて言われた日には、堪忍袋の緒が切れそうだった。
いや、現に切れて…
この真夜中に、タルボカードの部屋に忍び込んでいるわけだ。
男に変装し、ローブを着込んで居るため、私とは分かるわけがない。
片手には、眠らせて担いできた侍女。
綺麗な顔をしているこの女も、私を馬鹿にしてタルボカードと何夜か共にしたと聞いている。私のカップに毒を入れた犯人もこの女だ。
片手には侍女の部屋にあったハサミが握られている。
さてと……
私は、侍女をタルボカードの前に立たせると、後ろから侍女の手にハサミを持たせて一緒に握り、何の躊躇もなく腹を突き刺した。
返り血を侍女が全て受け止めた。
その時だった。
「まさか、国でも屈指の軍事力を持つ我が家の、次期公爵の部屋に誰にも気付かれずに入ってくるとは。」
聞こえた声の方を振り向くと、大きな窓の近くの壁に寄りかかりニコニコと笑いながら、拍手をしている眉目秀麗な男が居た。
窓は閉まっているのに、そこだけ風が吹いているかのように、爽やかに金色の髪を揺らし、月に照らされ、瞳が金色に光っている。
誰だ?
数えきれないほど公爵家に来ているが、見たこともない美しい男だ。
護衛の騎士だろうか。
それにしては、ラフなシャツに布地のスラックスのみを着ていて、騎士としてはいささか装備に欠ける。
今はそれどころではないか。
罪を重ねたくはなかったが、仕方ない。
こいつのことも葬らなければ。
念を込めて、眠らせようとするが、男はニコニコしたまま私の方を見つめている。
「私には、君程度の魔法は効かないよ、ミニエラ・ラナクレード嬢。」
もう一度眠らせようと試みるが、全く微動だにしない。
魔法が効かないのは確からしいが、名前に関してはハッタリだろう。
変化をしているんだ。私だとは分かるはずがない。
しかし、この男は今の私の力では葬れないことは悟った。
移動魔法で逃げようとするが、なぜか男は真後ろに立っていて、私の体に手を回し、抱きしめるように腕を掴んで、耳元で呟いた。
「………………夜が明けたら、会いに行く。」
次の瞬間、私は自室に居た。
鏡を見ると変化は解けていない。
誰だ、あの男は。
おかげで、きちんと止めを刺せたか確認する事が出来なかった。
それに、私をここへ誘ったということは、私を本当にミニエラだと認識出来ていたということか…
由々しき事態に動揺しながら、変化を解き、真夜中の屋敷の廊下を小走りで進み、父親の執務室に入る。
そして、ビレッジアド公爵家の家系図を探す。
この家系図に知らない人間が居なければ、護衛の騎士であると考えられるが、あの家の護衛騎士や使用人はきちんと脳裏に焼き付けている。
それに、あんなにも美しい男ならただ歩いているだけで、嫌でも目に入ってしまうはずだ。
案の所、すぐに知らない人間の名前が見つかった。
【レニアス・ビレッジアド】
タルボカードの横に書かれている。
どうやら、タルボカードの弟のようだ。
しかし、タルボカードからもご両親からも私の家族からも、その名前を聞いたことはない。
ましてや社交界や王宮、市井に至るまでどこに居ても、耳にしたことがない人物だった。
これが、先程の男だとしたら…
既に故人で、幽霊だとしたら合致がいく。
ただ
『夜が明けたら、会いに行く。』
その言葉が脳内で反芻する。
見られたのは、あの男だけ。
相手は亡霊の可能性もある。
塩でも撒いて札を入手しておくか。
一抹の不安を抱きながら、自室のベットで眠りにつく。
願わくば、『侍女がタルボカードを殺した』と伝えに公爵家の使者が訪ねて来ることを信じて…