ごめんなさい、好きです
「貴様っ! 勇者の剣を盗んだお尋ね者じゃないか!」
「あの腰の剣は、勇者の剣か! よし、取り押さえろ!」
「お、おい! やめろ、アラセは……!」
ガチャガチャと甲冑を鳴らし、駆け寄ってきた兵士の無数の腕が伸びてくる。
師匠はモゴモゴと何かを言いたそうにしていたが、結局俺はガッチリと後ろから羽交い締めにされ、ララさんから引き離されてしまった。
「ララさん!」
「おとなしくしろ、盗っ人め!」
力任せに振りほどこうとしたが、さすがに多勢に無勢だ。一人を押しのけても別方向からまた取り押さえられて、しまいには腹ばいにされてドサドサと上に乗っかられてしまった。
ぎゅうぎゅうと胸が圧迫され、体中の骨がきしみを上げる。
「ララ様! 下がってくだされ!」
「神さまになにするんだぞ!?」
ララさんもまた取り押さえられそうになっていたが、ホップさんとクロさんが立ちはだかった。
あのでかい姿になるには狭すぎたのだろうか。クロさんは黒い鱗を持つ大蛇の姿を現し、ボォーッと火を吹いて周囲に炎の壁を作った。
そしてホップさんは真っ白なワシの姿になり、バッサバッサと翼をはためかせた。すると、炎がうねうねと身をくねらせ、真っ赤に燃え盛る鳥になって兵士たちに襲いかかる。
「うわ、ま、魔物だ!」
「あち、あちち! 撤退、撤退〜!」
よかった、あのままララさんを連れて逃げてくれれば……!
しかしその時、俺の背後に乗っかっていた兵士が、無数の腕の隙間からスラリと剣を抜き放った。
「国王様、剣です!」
「でかした!」
その手から師匠が受け取り、ララさんの方へ掲げる。
「うっ、なんだぞ……あの剣!?」
「まぶしいであります!」
剣身がキラリと光ると、ホップさんとクロさんは途端に苦しみだした。
カッコいいワシだったはずのホップさんは真っ白なかわいい文鳥になって、ピチュピチュ鳴き出した。パサパサ羽を羽ばたかせているが、そよ風一つ吹いてこない。
不気味に鎌首をもたげていた大蛇のクロさんは、黒いカエルになってしまった。ピョコタンと跳ねて口をパカッとあけたが、出たのは炎ではなく、ケロケロという鳴き声だけ。
「よし、捕まえろ! 殺すなよ!」
兵士のうち何人かが師匠の命令を受け、ホップさんとクロさんを追いかけ回し始めた。一羽と一匹はパタパタぴょんぴょんと逃げ回り、ウィスプさんがビカビカッと光って兵士たちに目くらましをする。
「ん? ……あの金髪の……えーと、女か、男か? ……あいつは、魔物じゃねえのか?」
師匠は勇者の剣を掲げても弱体化しないのを見て、ララさんに訝しげな目を向けた。
「ララさん! 逃げてください! 逃げて!」
「で、でも……俺、アラセがいないと……」
ララさんは、両手を胸のところでギュッと握り、朝焼けのようなピンク色の濡れた瞳で俺を見下ろしていた。
反射的に手を伸ばそうとするが、がっちりと押さえつけられていて、手が届かない。
せめて最後に、涙を拭ってあげたかったけど。
それは、この手じゃなくてもできることだ。
「逃げてください。魔物を作り出せるあなたがいれば、また魔物軍を立て直せるでしょう! 俺以外にもあなたを信じる人間がきっとたくさんいます!」
「でも……」
「俺は大丈夫ですから!」
頭上からハッと鼻で嗤う声。
師匠が顔を歪めて笑っていた。
なんだか変な表情だ。笑っているのに、怖がっているようにも見える。
「魔物を生み出すだと!? じゃああの文鳥とカエルも、生み出したっていうのか?」
「えっ、違……いや! はい!」
「あいつと一緒なら、魔物がいくらでも生み出せるのか?」
「い、いやぁ……」
「なんで恥ずかしがるんだそこで……?
なあ、それなら手を組まねえか? アラセも知ってるだろ、魔物は俺たち人間の生活に根強く結びついている。骨は金属に、血は燃料に、肉は肥料に、毒はガラスや石鹸に……。
一度こんなでかい街を作っちまった以上、天然資源じゃもう代用が効かねえ。民の生活を支えるには魔物の血肉が必要なんだ」
「手を組むって……半魔を作る手伝いをしろってことですか?」
「いや、半魔はいくらでも殖やせる。ここ百年くらいで技術が発展したからな。
なんせ半魔にしちまえば弱くなるし、討伐の危険も少ない。体も大きすぎず小さすぎず、丁度いいんだ。
……しかし、質が悪くてな。天然のものも必要なんだ。道楽好きな貴族から声が上がっててよぉ。
だから、お前が協力してくれたら、金はいくらでも出すぜ!」
「金? ……師匠は、魔物を、怖いものだと思っていないんですか」
師匠は言葉を切って、俺から焦点を外し、どこか遠くを見つめた。
そして、すぐに眼光鋭く俺を睨みつけ、吐き捨てるように叫んだ。
「……怖い!? 今日び、子どもだって魔物を怖がりゃしねぇ〜よ!
おい、お前ら、そんなに積み上がる必要ねえだろ、あの金髪を取り押さえろ!
これでこの王国は安泰だ……!」
「あっ……ララさん!」
あぁ〜しまったぁ! あーバカ! 俺のバカ! 俺はいつもバカ! 常にバカ! 年中無休バカ!
そうだ、人間のみんなはララさんの正体を知らなかったんだった!
敵陣の真っ只中でこんな重要なこと叫ぶバカいるか!?
はい、ここにいます!
で、でもでも……大丈夫だよな!?
ララさんは神さまなんだから、大丈夫だよな?
だってホップさんもクロさんも、空とか飛べたし、いろんな姿に変身できて、めちゃくちゃ強かったし!
ただの魔物でそんだけ強いんだから、神さまなんかもっと凄いことできるんだよな?
でも、なぜかララさんは手の中に握り込んだものをかばうようにしていて、ろくな抵抗もせずに兵士たちに取り囲まれてしまった。
「な、何してんすか、ララさん! 早く、瞬間移動するなり、空を飛ぶなり……!」
「でも、た、卵が……!」
その胸元には、見たこともない真っ白な卵が握られていた。
――そうか、魔物だ!
空飛ぶとか比じゃねぇ、ララさんは魔物を生めるんだよ!
よし、俺がお祈りを捧げれば、形勢逆転だぜ!
えーっと、えーっと……祈りを捧げる? 祈りを捧げるって実際どうするんだ?
なんか「世界が平和になりますように」とか唱えればいいのかな?
今まで特に何もせずポンポン生まれてたから意識してやるやり方わかんねえ!
と、とにかくやってみよう。
すっごい強い魔物が現れて、兵士をみーんなやっつけますように!
……あれ? そんなことしたら死者が出るんじゃ?
じゃあ……メドゥーサ! メドゥーサが出てきて、みーんな石にしちゃえば、動けなくなって余裕で逃げられるだろ!
……石になったら元通りになる方法ってあるのか?
どうしよう! こんな人がいっぱいいるところで魔物を生み出したら、人を傷つけない方法なんてないじゃん!
兵士をみんなやっつける?! そんなんしていいのか?
地上で楽しく暮らしている人たちの生活を支えているのは、この兵士たちなんだし。
うう〜ん、いや、俺が見てない場所できっとけが人も死者も出てるんだろうし……今更なんだけどさぁ〜。
「い、痛い! やだぁ……離して!」
「おとなしくしろっ!」
「うっ……!」
はっとして顔を上げると、ララさんがどさっと倒れこんだのが目に飛び込んできた。
兵士の一人に叩かれて、それでも卵を守ろうとして体を捻ったから、体勢がくずれたんだ。
「ララさん!」
いや……もう、信じるしかない!
他人がどうなろうが知ったことか!
人がいっぱい傷つくかも知れないけど、世界を滅ぼすかも知れないけど……。
こんないびつな半魔より、ララさんが――ララさんと俺が生み出してきた魔物たちのほうが、好きなんだ!
色とりどりのいろんな姿をしていていて、ちょっとマヌケで可愛くて、そして、なにより、ララさんが喜んでくれるから。
「出てこい! でっかくって、カッコよくって、――すっげー怖い、魔物ぉ!」
パカッ!
「わぁ……!」
ララさんの胸元で卵が真っ二つに割れ、中からぶわっと真っ白な煙のようなものが吹き出してきた。
あれよあれよと言う間に視界が真っ白に染まり、何も見えなくなる。
こ、この登場シーン、どこかで……。
「――無礼者ォ!!」
まばゆい光とともに、ララさんを取り囲んでいた兵士たちが放物線状に吹っ飛んで、俺と師匠の上にまでドサドサ降ってきた。
「う、うわ! ちょっ……どけ! ぐぇっ!」
「げほっ、おぶっ、く……くるぢぃ、で、出る出る……おえっ!」
ララさんを庇うようにして立ちふさがったのは、巨大な白馬にまたがり白銀の鎧に身を包んだ、首がきちんとくっついている騎士だった。
背中からは金色の翼が生えていて、掲げたランスからはごうごうと火が燃え盛っている。
「狼藉者めが、炎に焼かれて踊るが良い!」
その魔物は、室内にも関わらず容赦なく馬をパカラッパカラッと走らせ、炎のランスで次々と兵士を突き刺して燃やしていく。
兵士たちは慌てて燃えあがる鎧を脱ぎ、素っ裸であっちこっちへ右往左往。大慌てで逃げ惑っていた。
「うぁああっち、あっち……またこれかよ!」
「ぎゃぁあ、残り少ない髪が焦げる!」
俺の上に乗っかっていた兵士たちもすっかり全員薙ぎ払われて、あっという間に自由の身になった。
立ち上がると、白馬の上から金翼の騎士がこちらを見下ろしていた。
「デュラハンさん、……あ、ありがとうございます」
「む……」
デュラハンさん(首あるけど)は目元を覆っていた部分を持ち上げると、暗闇の中から青い瞳で俺の目をじっと見つめ、――えっ?
「狼藉者めがァ!」
ランスで思いっきり突っつかれ、胸元の服が燃え上がった。
うわぁ〜っち、あっちぃい!
狼藉者ってなんすか!? 俺なんもしてないですよね? ていうかひどい! 俺の顔忘れちゃったの!? そもそも生みの親にランスをむけるんじゃねえ!
必死にそのへんを転げ回ってパタパタして、やっとのことで火を消すと、コツンと頭になにかがあたった。
「アラセ!」
「あっ、ララさん!」
頭にあたったのは、ララさんのつま先だった。
どうやら、ゴロゴロ転がってララさんのところまで来ちゃったみたいだ。
俺は立ち上がり、ララさんはしゃがみ込んだ。お互い手を差し伸べあって、ぎゅうっと抱きしめ――。
「へぶっ!」
ララさんの体を抱きしめようとした両手が思いっきりスカッて、壁に顔面をぶつけた俺は変な声を出してぶっ倒れた。
「あ痛てて……んも〜、避けないでくださいよララさ……」
「えっ……?」
振り返ると、俺の背中から、ララさんの背中が生えていた。
えっ?
ガバッとあわてて立ち上がり、ララさんの体を改めて見下ろす。
透け……てる?
ララさん自身も戸惑うように自分の両手をひとつずつ見下ろして、泣きそうな瞳でこちらを見上げてきた。
「な、なんで!? ララさん……うそですよね!? あっ、……残像とかですか? すげえ! よかった……早く逃げ……」
「……」
ララさんは朝焼け色の瞳を伏せて、ぎゅうっと自らの身体を抱きしめた。
「予感は、してたんだ……」
「え? 予感……?」
「最初が、ドラゴンだったでしょ。次にデュラハン、ヒュドラー、グリフォン……魔物たちに上も下もないけど……、だんだん、弱くなっていってる気がしてて。……最後には、ウィスプ」
「最後はウィスプさんじゃないでしょ! あのすっげえでっかくてキンキラキンの、炎のランスの……」
「あれは魔物じゃないよ」
ふと顔を上げると、金翼の騎士は馬を走らせ、周囲にそびえ立つガラスの柱を次々に突き壊して回っていた。
中に収まっていた半魔たちの体は、油か何かに漬けこまれていたらしく、おもしろいくらいにゴウゴウと燃え上がっている。
「やめろぉーっ! あぁあああ! くそ、お前ら、火を消せ! 水だ、水をかけるんだ!
――はぁあ?! ヌルいこと言ってんじゃねえよ、アレいくらすると思ってんだ! 水がないなら体で消せーっ!」
剣を放り投げ、必死で消火活動に奔走している師匠は、マントを脱ぎ、バサバサと叩き消そうとしている。
不思議と、半魔たちは苦しんでいる様子はなかった
「魔物には善悪なんか、ないからね」
それをぼんやりと眺めていたララさんは、こちらに向き直って、ちょっと首を傾げた。
「ありがとう、アラセ。いままで信じてくれて」
「いままで……って、……いまも信じてますよ! ララさんは神さまです! 人間はこんな風に消えそうになんかならないじゃないですか……絶対にそうです! 見りゃわかります! ……なのになんで……なんで消えるんだよ!」
「泣かないで。……俺、嬉しいんだ」
くそ。
ララさんが……ララさんが目の前に居るのに!
視界が涙で曇って、ぼやぼやで、全然見えやしねえ!
俺は拳を握り、床を殴った。
反動で、ぽたぽたと涙がはねて、落ちていった。
一瞬だけ、ぼやけた視界に、あの笑顔が見えた気がした。
「……ごめんなさい、俺が……!」
「いいの、いいんだよ。謝らなくていい」
「いえ、……俺が、あなたのこと、好きに……なってしまったから!」
「……っ、……」
「神さまとしてじゃなくて、同じ人間だったらって……そう、思うのが止められなくて」
「うん……。うん……」
「好きです……ララさん」
「アラセ……」
「ごめんなさい、好きです……!」
ふわりと半透明のなにかかが、俺の唇を撫でる。
何の感触もないのに、なんだかあったかくって、それがどうしても愛しくて。
好きだって思っちゃいけないのに。
思っちゃ……いけないのに。
「俺も、……」
まばたきをすると、涙がぼろぼろと流れ落ちていって、ぼやぼやに曇っていた視界が晴れた。
そこにはララさんはもう、いなかった。
次話明日お昼投稿予定。次回が最終回。ハッピーエンドです。