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王都に潜入

 デュラハンさんは帰ってこなかった。

 そして俺とララさんは、ドラゴンに乗って空を飛んでいた。


「うわー! すげえ、飛んでる! 見てくださいララさん、お城があんなに小さくなってますよ!」

「ほんとだ〜! なんかかわいい! 手のひらにのりそうだね」


 緊張感無くきゃっきゃ騒いでいる俺とララさんをよそに、背に乗せているドラゴンのクロモジさん――愛称クロさんは、隣を飛ぶホップさんと喧嘩をしていた。


「なんでお前がついてくるんだぞ、クロが神さまとそのシモベをお乗せするのを頼まれたんだぞ!」

「ドラゴンには人間の集落の場所などわかりませんでありましょう? ワタクシに見えないものなどありませんですからして!」

「分からなくても、ドラゴンの翼はどこまでも飛べるんだから、そのうち見つかるんだぞ!」

「それで前回のときのように迷子になってしまっては困るのであります」

「できるだけ遠くへ行ったんだぞ。お腹が減って死ぬかと思ったぞ」


 これから、王都の地下に閉じ込められてるという、魔物の様子を見に行く。

 魔物が総出で王都に攻め入るわけにはいかないから、作戦を立てるために、まずは潜入捜査だ。

 一応、人間なので俺が一人でクロさんに運んで貰うはずだったんだけど、「アラセが行くなら俺も」「ララ様が行くならワタクシも」とこんな大所帯の偵察になってしまった。


 そうだ、捕まったらオワリなんだから、緊張感もって挑まないとな。

 初めて空飛んだから、テンション上がっちまったぜ。


 正直、葛藤がないわけじゃないんだけど……。

 でも、せっかくララさんが――ララさんと俺が生んだ魔物さんたちなんだし。

 絶対に助け出したい。

 でも……助け出したら、人を傷つける事になるかも知れない……。

 でもやっぱり、……でもやっぱり、俺が助けないとダメだ!


 川を越え、山を越え、いよいよ王都が見えてきた。

 いよいよ敵の本陣に乗り込むぞ!

 と、思ったんだけど。

 クロさんは直前でホバリングを始め、 地上で流れている川を指さした。


「あっ、あそこ……クロが生まれた川っぺりだぞ! あの焦げた木はクロが初めて吹いた火でやったんだぞ! 今なら雨なんかで消えたりしないんだけどな〜」

「ほんとだ。そうそう、あの大きい人間の集落の近くに来たら、卵が生まれたんだよね。地下に瘴気が閉じ込められてたせいだったのかなぁ」

「クロは神さまが初めて生んだ魔物なんだぞ!」

「うんうん、そうだね」


 てことは、ララさんと初めて会った、あの場所か。

 ああー、あのときは大変だったなぁ。


「そういえば、なんでクロさんの卵は川っぺりに落ちてたんですか? 落としちゃったんですか?」

「ううん、あの時は信者ゼロだったのに卵生んじゃったからさぁ。フツーに消えかけてたんだよー。手のひらがもう実体化できなくて拾えなかったのー」

「えっ! ぜ、絶体絶命だったんじゃないすか!?」

「アラセもそうだったじゃん。

 ……んふ、そうそう! 聞いてよ〜アラセってば、お腹空きすぎてクロの卵、殻ごと食べようとしてたんだよ〜」

「ちょ……やめてくださいよ〜、てか、見てたんすか!?」

「んふふ」

「ホッホッホ、無様でありますなぁ」

「アッハッハ、卵の殻は食べられないんだぞ、アラセはバカなんだぞ」

「笑わないでくださいよ! 笑い話にするほど心の傷癒えてないんすから!」

「んっふっふ」

「ホッホッホ」

「アッハッハ」


 くそ、これだから魔物は!


 三方向から馬鹿にされつつも、無事に王都に降り立った。

 こんなでっかいドラゴンが降りてきたら潜入もクソもないと思ったんだけど、どうやら鳥とかそういうのとは飛行のしかたが根本的に違うらしい。

 クロさんとホップさんが降りようとすると、すぐにビュウッと強い風が吹いて、――次の瞬間には、王都の大広場通りのど真ん中だった。

 俺はビックリしてキョロキョロしてしまったんだけど、道行く人々は誰も気にしてないみたいだ。


「誰にも気づかれずに降りられるなんてすごいっすね! まずは城門内への潜入、成功です!」

「当然であります。人間風情に見つかるようなヤワなスピードで飛ぶなど、我が翼にとっては逆に難しいことでありますからして」


 人間になったホップさんは純白の頭髪をオールバックにし、明るいグレーのシャツに白衣姿という、めちゃくちゃ白い格好をしていた。


「当然なんだぞ、クロの羽は風ひとつ起こさずに降りられたから、ホップよりも静かだったんだぞ」


 対してクロさんは、長ーい頭髪を一本の三つ編みにしていて、要所要所に敷き詰めたような鋲がバチバチの、気合いの入った黒い革ジャン姿。


 ちなみにララさんと俺は、あらかじめ城を出るときから、下町の子どもっぽい格好を着てきている。


「でも、街中に降りるんじゃなくて、直接地下に潜入できなかったの?」

「あっ……」

「できるぞ! ……あ!」


 ララさんが入れたツッコミに、気まずい沈黙が下りた。


「ま、まあまあ、城門さえ抜けちまえば、こっちのモンすよ。地下にデッカい魔物をいっぱい閉じ込められるような場所って言うと、王城しかないし。お城はあっちです」

「面目ないであります……」

「ごめんなんだぞ」


 歩き出すと、俺の知っている王都とは様変わりしているのがすぐに分かった。

 俺がここを出る直前は、食べるものも仕事もなかったから、通りはがらんとしてて、みんな家に閉じこもって息を潜めてたんだけど。

 それが今は、道行く人々の背中で埋まって、突き当たりが見えないくらいに活気づいている。

 なぜか魔物たちの格好はあんまり不審がられてないようだった。まあ、王都は奇抜なファッションの人もけっこう居るしな。


 なんだかモヤモヤするけど、今はそのほうがいい。


 俺たちは工房通りを抜けて、日当たりの悪い資材置き場のところに向かった。

 そこには誰も使っていない枯井戸がある。

 周囲に誰もいないのを確認すると、俺は井戸の蓋をあけた。


「この枯井戸は、実は秘密の通路になっていて、ここからずーっと地下道を歩くと、王城の地下へと行けるんですよ」

「ホッホウ」

「へぇ〜、すごいね」

「秘密の通路! なんだかかっこいいんだぞ」


 細い井戸の中を通り過ぎると、広い地下の空間に出た。

 順番に一人ずつ、と思ったけど、ホップさんとクロさんは飛べるので、気がついたら先に降りていた。

 ララさんははしごの最後の一段のところでとまっちゃって、木から降りられなくなっている猫みたいになっていたので、俺が抱っこして下ろした。

 じめっとしていて真っ暗だ。トタタタッとネズミの足音が遠ざかっていく。


「ウッ……くさっ! それに、真っ暗ですね。えーと、その辺に松明とかあるはず……」

「ワタクシは暗くても見えるでありますが……」

「ここ、珍しいニオイがするんだぞ。なんだぞ、これ? 忘れちゃったぞ」

「アラセ〜、アラセ〜」


 ララさんがつんつん俺の腕をつついてきたので、覗き込むと、その手のひらにはいつのまにか黒い卵が握られていた。


 あっ、やべ、普通に抱っこしちゃった……。

 瘴気のある場所でララさんと俺が触れ合うと、魔物が生まれちゃうんだった。


 卵は見る間にパリパリと殻を破り、中からポワンと光の塊が飛び上がって、周囲をふわふわ漂い始めた。


「ウィスプですか」

「魔物が生まれたでありますか。やはりここの地下に瘴気が溜まっているようですな」

「久しぶりの新しい仲間だぞ! よろしくなんだぞ!」

「わあ、明るくなった! ねえ、ついてきてくれる?」


 ララさんがニコニコしながら手を伸ばすと、ウィスプさんはその指先の周囲をくるくる回って、楽しそうにピカピカと点滅した。


 ウィスプさんも加わり、さらに五名という大所帯になった潜入捜査、いよいよ大詰めだ。

 グネグネと迷路のような通路を先導して歩き出した。


「一本でも道を間違えると、永遠に迷い続けると言われています。はぐれないように注意してくださいね」

「普通の人間は知らない通路なのでは? なぜアラセくんはこんな道を知っているのでありますか?」

「詳しい話をすると長くなるんですが、……数年前に勇者と一緒に魔王を倒した、パーティーにいた剣士だったんです。その後、功績を認められて勇者は王様に、俺は近衛兵になったので」

「ホウホウ、この道を覚えるのは、仕事の一環だったのですな? なるほど」

「そうなんだ〜」

「よくわからないんだぞ」

「はい。……えっ、それだけすか? 俺は一応今、以前は魔物を殺すのを生業としてたんですよって告白したんですけど」


 ホップさんたちはキョトンとした顔で俺の顔を見つめ返してきた。


「ずっと『勇者の剣』を肌身放さず持っているのに、今更でありましょう」


 あ……たしかに今更か。


 俺は腰に差した剣の柄をちょっと握って苦笑した。


 気の遠くなるような長い迷路を抜けると、ドアがたくさん並んでいる通りに出た。

 ここはちょうど城の真下に位置する場所のはずだ。奥から順に、地上に出る階段、城の中に出る階段、王座の間に出る階段……とそれぞれ階段につながっている。

 しかし、一番手前にある、巨大な石の扉の先は、どうなっているのか見たことがない。


「魔物を捕らえているとしたら、ここしかないと思います」

「ホウホウ、ここはまた広そうですなぁ」

「なんだかすごく嫌な予感がするんだけど……」

「珍しいニオイ、ここからするんだぞ!」


 クロさんはカツンカツンとブーツの底を鳴らしながら、扉の前へ進んでいった。


「あっ、待ってください、鍵が……」


 ドッゴォー――……ン!! バリン! ガン、ガッシャーン! カン、カン……カラカラカラ……。


 止めるまもなく、扉は開いた。というか、なくなった。

 クロさんが扉を手のひらでポンッと押したら、観音開きの扉が両方ともまっすぐすっ飛んでいって、広い部屋の突き当りに激突して粉々になったんだ。


 人の姿になっても、ドラゴンの力はそのまんまなんだな……。

 ――って感心してる場合じゃねえ!


「クロさん! 駄目ですよ、潜入捜査なんですから! あぁあすっげー音した! 誰か駆けつけて来るかも……。逃げましょう!」

「おぉ〜、中は広いんだぞ」

「ちょ、ちょっと〜!」


 ずんずん進んでいってしまうクロさんを追いかけて俺も中に入る。

 すると、その空間の異様さにすぐに気づいた。


 柱が、……透明だ!

 いやこれ、柱なのか?


 奥に向かってと均等に並ぶ透明な円柱は、すべてガラスでできていた。

 継ぎ目も何もない。それでいて薄い。

 こんな精巧で大規模なガラス細工、見たことがない。いったいどんな財を尽くして作られたんだろうか。

 その中は空洞になっていて、中には――、


「ま、魔物……いや、人間?」


 首が細くて、二足歩行で、のっぺりと体毛の薄い生き物。

 どのガラスの柱にも、人間が閉じ込められていた。


 でも……人間、といっていいんだろうか?

 どいつも、一部だけ人間とは言いがたい見た目をしていた。

 体の左半身がいびつに大きく、青く光る鱗で覆われていたり。

 背中や胸、腕や足……あらゆる場所からコウモリの羽のようなものが生えていたり。

 お腹だけが緑色に膨らんでいて、ずらっと蓮の実みたいな穴があいていたり……。

 なんだか半分魔物で、半分人間のような姿をしているみたいだ。


「うっぷ……すごい瘴気でありますぞ」

「くんくん……思い出したぞ、半魔のにおいだぞ、これ!」

「半魔?」

「人間と魔物の血が混ざった個体のことです。寿命が短く、繁殖能力を持たない存在でありますからして、ワタクシもこんなに大量の半魔を見たのは初めてであります」


 彼らがここに閉じ込められていたから、瘴気がここに溜まっていて、循環していなかった……ってことか。

 しかし、ここの大きな地下室は、俺の知る限り、かなり昔からあったもののはずだ。

 それこそ、魔王討伐の旅に出るよりも、もっと前――。


 魔物がいなくなったのは、魔王を倒したからじゃなくて……、魔物を捕らえ、半魔として家畜化していったから、ってことか?


「あっ……ララさん、大丈夫ですか!?」


 しゃがみこんでうつむいている金髪の頭を見て、思わず駆け寄った。

 一瞬迷ったが、ほっそりとした肩を抱き寄せて、頬を撫でる。

 そこはしっとりと涙で濡れていた。


「うっ……ぅう……」


 ララさんは何も言わず俺の胸にすがりついて、肩を震わせて泣いた。

 俺もよくわからないなりに、ぐすっと鼻をすすって、ちっちゃな肩を掻き抱いた。


 ああ、もう、デュラハンさんは帰ってこないんだ。


「お前……アラセ!?」


 はっとして顔を上げると、壊れた扉の向こうから、ドォッと押し寄せてくる兵士の姿が見えた。

 その先頭には、王冠をかぶった男の姿。


「師匠……」


 あっという間に周囲を無数の剣に囲まれて、俺は再び師匠と対峙した。





次話明日お昼投稿予定。

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