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うっそ〜、魔物が生まれないよ〜

 デュラハンさんが生まれてから、数日後。

 実は俺とララさんは……切り立った断崖絶壁にそびえ立つ、おどろおどろしい黒曜石の城にいた。

 城の周囲を取り巻くのは、最初に出てきたデュラハンを筆頭に、ヒュドラー、グリフォン、サイクロプス、ケンタウロス……などなど。


 ……誰だ、魔物が居なくなったって言った奴。

 どいつもこいつも、ポンポン生まれてきやがって。

 どうやら、ララさんと俺が、手を繋いだりくっついたりすると――つまり接触があると卵が生まれるみたいだ。

 それが判明してから、ララさんは俺のことを追いかけ回しては、つんつん触ってこようとするようになった。


 魔物たちはとってもやる気満々で、生まれるなりすぐ、意気揚々と王都を攻め落としに向かおうとしたんだけど。

 それはさすがにララさんにお願いしてやめてもらった。


 なので今は、この城の周りをぐるぐる巡回して、一心不乱に警護してくれている最中だ。

 たまーに王都から騎士団の軍勢が攻めてきて、なんかドンパチやっているみたいなんだけど……。し、死者とか出てません? 大丈夫? 多少の怪我は正当防衛ってことにならない? ならないか……そうですか……。

 魔物のほうも、被害がゼロってわけじゃないもんな。

 う〜ん、でも、遠路はるばるやってきてわざわざ攻め込んでこなければ、アッチにも被害は出ないんじゃね?

 でもでも、魔物はそこに居るだけで災厄をもたらす不吉な存在なんだし、国としても放っておくわけにはいかないんだろうなあ。

 鉄も手に入っただろうし……、こんなに遠出する余裕が出てきたってことは、食糧事情もいくらか潤ったみたいだし。

 魔物が生まれてくると毎回、ララさんはすっごく喜んでくれるんだけど……。

 あぁ〜……。


 いや、まあ。

 魔物が生まれるのがわかってるんなら、そもそも手なんかつなぐなって話だよな。

 モテアピールしてんじゃねえよこのクズ野郎満更でもねぇんだろカスくらいは思われても仕方がない。

 俺が傍から見てたとしたら、こんなお城にのうのうと住んでないで、別れを告げて出ていけばいいじゃん? って考えるかもしれない。


 だってしょうがねーじゃん……。出られないんだもん。

 この城も、卵から生まれてきたんだもん。

 生きてるんだもん。

 プライバシーなんかなんもねえんだよ。

 ララさんが指を一振りすれば、城の最下層のワインセラーから、城の最上階である塔の先端にある見張り台の扉まで一歩でたどり着くようにするのだって可能らしい。

 まあ、それを知ったのは、寝る前にきっちり鍵をかけて窓も板を打ち付けて寝たのに、朝起きたらララさんがギューッて抱きついてスヤスヤ寝てるのを発見したあとだったんだけどな!

 その時も胸元にはコロコロと三個くらいの元気な卵が抱えられていたし……。


 あぁ〜、もうだめだ。

 俺は極悪人だ。死んだら間違いなく地獄行きだ〜。

 嫌だぁ、死にたくねえよ〜。地獄行くってわかってたらますます死にたくねえよ!

 なんなんだよ『死んだら地獄行き』ってシステム? 反対のほうがよくね?

 極悪人は生きてると周りに迷惑がかかるんだから、罪が重ければ重いほど死んだら億万長者でウッハウハになれる仕組みにしたほうが合理的な気がする。

 そうすれば率先して死んでくれるだろ!

 悪人がみんな死ねば、生きてる人はみんな善人で平和な世の中じゃん!

 ……その平和な世の中に俺はいないけどな!


「しかし、人間。お主はよほどの極悪人なのだな……」


 デュラハンさんがつぶやいた言葉に、俺は飲みかけていたコーヒーをブハッと吐き出しそうになった。


 ちなみにララさんはちょうどお昼寝タイムなので、寝室にいる。

 俺は、大広間でつかの間の平和にコーヒーブレイクと洒落込んでいたところである。

 まあ、衣食住が確保されているところはいいよな、この軟禁も。

 アラクネさんとオシラサマが糸を紡いで、小洒落たスリーピースなんかを拵えてくれちゃったりしたし。今なら俺もシルクのパンツ履いてるぜ!

 うーん、自分の生活のために魔物を大量生産する……やっぱり極悪人かも。


 ……しかぁし、人に言われると腹が立つってなもんだ! デュラハンさんは人じゃないけど!


「し、失礼なこと言わないでくださいよ!?」

「む……? 気分を害したのは謝ろう。褒めたつもりだったのだが……」

「褒めてるんですか!?」


 デュラハンさんは、抱えていた自分の生首を前に傾けて、生真面目そうに謝った。

 いやどう考えても褒めてねーだろ。

 極悪人って言われて「やった〜褒められた〜」とかニコニコしてたらヤバイやつだろ。

 それとも、魔物のみなさんは極悪人って言われると嬉しいのかな?

 「ふふ……よせやい」とか言いながら照れるのか? ちょっと見てみてぇな。


「いやあ、俺なんかよりも、デュラハンさんのほうがよっぽど極悪人すよ。せっかく作った夕飯のおかずのなかから、毎回ニンジンだけよけて残すし」

「なんだと貴様! 我を愚弄するか!」


 うそだろ?


 激昂して剣を抜こうとするデュラハンさんをなだめ、剣の手合わせ三本勝負に持ち込んで一生懸命対話を試みたところ、なんとかかんとか落ち着いて話を聞いていただけるようになった。

 ちなみに結果はもちろん、二本先取でデュラハンさんの勝ち。

 強いんだよな、この人。人じゃないけど。

 体がなまってしまうのと、何よりせっかく教わった剣の技術が錆びついてしまうので、定期的にこういう余暇時間に稽古をつけてもらったりもしている。


 って、あー……盛大に話が逸れちゃったな、話を戻してっと。

 つまり、デュラハンさんが言う「極悪人」とはこういうことだったらしい。


「えっ、……こんなに強力でデッカイ魔物をばっかりぽこぽこ生み出しているのは、俺が王様に楯突いた極悪人で、ごっつい瘴気を生み出してるからってことですか?」

「うむ、瘴気というのは、水の淀みや生き物が腐ったことにより生まれる『循環する瘴気』のほか、お主ら人間どもが醜く争い合うことによって生まれる『沈殿する瘴気』があるのだ。おそらく貴様が国家を象徴するあの個体を足蹴にした挙げ句、亡命し、さらに裏切りの末魔物の軍勢に与していることが多くの民に知れ渡ったため、尋常ならざる瘴気をその身に集め続けているに違いない」

「ええっ……なんで俺が魔物の味方だってバレてるんですか!?」

「我が言ったからな。人間の軍勢の前で」

「おぉい!」

「彼奴ら、勇者の剣が魔物軍の手にあると聞いて、絶望していたぞ。クハハハ!」


 このめまいは、手合わせで疲労しているせいだ。

 たぶん。


「勝手なことしないでくださいよ……。こっちから人里に攻め込むことはやめてくれてますよね?!」

「無論。お主だけならばともかく、神から下っためいであるからな……。しかし、こちらからも攻め込まねば、魔物が被害を受けるばかりだ。神はどうお考えなのであろうか」

「……う」


 うつむいて剣をいじいじしていると、お部屋のドアがギィイ〜っ……と不気味に開く音がして、俺とデュラハンさんはそちらを振り返った。


「あっ、アラセ、いたぁ〜」


 そーっと不安げに覗き込んできたララさんの表情が、俺を見つけた途端にホッとしたような表情をして、ふんわりと笑顔を浮かべる。


 うっ……か、かわい……いいぃやいやいや、かわいいとか思ってませんし!

 お、落ち着け。見た目に騙されるな、ララさんは神さまなんだぞ。

 このデュラハンさんだって、窓の外をバッサバッサ飛び回ってるガーゴイルさんだって、ララさんが生んだ卵から出てきたんだから。魔物を生み出すこわーい神さまなんだ。うんうん。


「いなくなっちゃったかと思ったよ〜」


 ぱたぱた小走りで駆け寄ってきたララさんに、危うく抱きつかれそうになったので、そっと手のひらを向けて押し止める。


「むっ……アラセ、最近俺のこと嫌ってる?」


 ララさんはむすっとそう言ったが、立ち止まってはくれた。その代わりにピンクの瞳をじと〜っと細めて、唇を尖らせたけど。


「嫌いとか好きとかそういう問題じゃないじゃないんすよ」

「じゃあどういう問題なの?」

「それは……その、デュラハンさんもいますし……」

「ふむ、我は気にしないが……、邪魔なら退散しようぞ。外で交戦も始まったようだしな。……我らが主よ、大いに子作りに励んでくださいませ!」

「子作り!?」


 というが早いか、デュラハンさんは、ひらりと黒馬にまたがってもくもくした黒い霧を発生させ、その中に消えていってしまった。

 霧が去っていった窓の向こうを覗き込むと、お城が建っている山の麓の方で、ドンパチやっている様子が窺い知れた。


「……あぁ〜もう、また戦ってる。騎士団もわざわざこんなところまで来なきゃいいのに」


 俺がガラスにかじりつきながらぼやいていると、ララさんも隣から覗き込んできた。


「アラセも戦うのが好きなんじゃないの?」

「えっ?」

「いつも朝早くから素振りしてるでしょ。毎日毎日、欠かさず、絶対」

「……そりゃ、その……、だって、剣は師匠から教わったものですから。師匠だって誰かから教わったわけで、……ずーっと続いてるもので、絶やしたらダメというか……。好きとか嫌いとかじゃないです」

「ふーん?」


 ララさんは眉間にしわを寄せると、首をかしげた。


「でも、心配するのは、アラセが好きだからしてるんだよね?」

「はぁ?」


 なぜだかムカッとして、ついララさんを睨みつけてしまった。

 当然ララさんはびっくりして、なっがいまつげをパタパタさせた。


「ご、ごめん。……アラセが、好きなモノは何かなって……知りたかったの」


 なんだ、そうなのか。

 ララさんは神さまだから、人間の心の機微というか、そういうのとはちょっとズレてるのかもな。

 いつもの雰囲気も、ちやほや愛されて育った、おっとりした天真爛漫っていうか……なんか矛盾してるかもしんないけど、そんな感じ。


「あぁいえ、俺こそごめんなさい。……好きなモノかぁ〜」

「好きなメニューとか」

「なんでも好きですよ! 俺、本気になれば木の根っこも食えます! 食べすぎるとハラ壊しますけど」

「……」

「なんでそんな悲しそうな顔をするんですか!? おなかすいちゃいましたか? 木の根っこ食べます?」

「食べない……」


 ララさんを元気づけようと木の根っこの味を解説していると、チリンチリンとドアベルが聞こえてきた。


「失礼しますであります! ララ様は……」


 ガチャリと扉を開けて騒々しく入ってきたのは、俺の肩くらいまでの体長をもつ、でっかくて真っ白いフクロウみたいな魔物さん。

 すっごく物知りなんだけど、慌てると羽をバタバタさせて、部屋にあるものをなんでも吹き飛ばしてしまうんだよな。しかもあわてんぼうだから行く先々で部屋をめちゃくちゃにする。

 なんていう魔物なんだろう。ララさんからはホップさんって呼ばれてるけど。たぶん種族じゃなくて個体名だよな。

 そういえばデュラハンさんにも個体名はあるんだろうか。知らないなあ……まあ彼は俺のこと「人間」って呼んでるからいいか。


「ホーッ!? アラセくんもご一緒でありましたか! これはこれはお楽しみのところ失礼いたしましたであります!」


 ホップさんは俺らの姿を見るなり、さっそくパタパタ羽ばたいて、部屋をめちゃくちゃにした。

 部屋中に飾られている絵画がひっくり返ってドサドサ落ちる。あ〜あ、花瓶もガッシャンガッシャン落ちて床が水浸しだ。

 まあ、絵画は『ドクロが少女をさらっている絵』とか『血の池で溺れている旅人』とか、おどろおどろしい絵ばっかだし、花瓶にいけてある花も時々「ヒヒヒヒ……」とか笑いだして怖いし、いいんだけどさ。

 とか思ってる間に、清掃員のコボルトさんがテクテク入ってきて、ちゃっちゃか部屋の掃除を始めてくれた。


 その様子には目もくれず、ララさんはからっと笑って、肩をすくめた。


「お楽しみなんかじゃないよぉ、今も振られちゃったもん」

「ホウホウ。まあ……今はいくら睦み合っても、卵は生まれないと思いますですが」

「えっ、どういうこと?」


 む、睦み……って。

 まあいいか。


「おっほん、それがまさに今、ララ様のもとへ参上した理由にも直結するのでありますが……瘴気の計測が終了いたしましたであります!」

「本当?!」

「このホップめに見えないものはないのですぞ。ホッホッホ」


 ララさんが色めきだってホップさんのところに駆けていき、ホップさんの羽毛をもっふもっふ叩いた。


「瘴気あった? どこにあった? 魔物何匹分?」

「結果から申し上げますとですな、この城の中に充満していた瘴気は、底をつきましたであります。カッスカスですぞ」

「ええ〜っ!」

「これではヒル一匹生めませんな」

「うっそ〜!」


 うっそ〜、ヒルって魔物だったの!?


「うっそ〜ではありませんぞララ様。うっそ〜だと思うのならば、ためしに生んでみてくだされ。ほれ、アラセくんの手をとって」

「……でも、アラセさっき、俺とくっつくの嫌だって言ってたもん」


 ララさんは自分の爪をカリカリしながらもじもじして、ちらっと俺の顔を見た。

 俺はあわててぶんぶん首を振る。


「嫌だなんて言ってないですよ!」

「じゃあいいの?」

「えぇ〜っ……ほ、ほんとに魔物が生まれないなら、全然いいですよ? でも、いつもポンポン生まれてきちゃってて、なんというか……なんか、ねえ?」

「じゃあ〜、アラセから手、繋いでよ」


 ララさんは手のひらを片方差しだした。


 な、なんか恥ずかしいな。

 せめてホップさんが見てないところがいいなぁ〜……なんて思うけど、「二人っきりにしてください」なんて言ったら逆にもっと恥ずかしいぜ。

 この場を誤魔化す事は出来なさそうだし……。


 俺は思い切ってララさんの手をとった。

 小っちゃくてふんわりとした感触がして、おそるおそる握る。

 すると、すらっとした細い指先が手の甲のほうに回り込んで、キュッと握り返してくれた。

 貝殻の裏側みたいにつやつやの、ピンク色の爪がチマチマとついていて、まんまるにヤスリで整えられている。


 ちらっと目が合うと、ララさんはとっても嬉しそうに、ふわ〜っと笑った。


 う、うわぁ〜……!

 ララさんは神さま、ララさんは神さま、ララさんは神さま……!!

 そ、そうだ! 別に手を繋ぐこと自体が目的じゃないんだっけ!

 卵!

 卵だ!

 あっれー、卵生まれないなぁ〜!?


「……ほんとだ〜、何も生まれませんね」


 ちょっと結論を出すの、早かったかな。

 でもなんかドキドキしちまって、時間が経つのが長く感じるんだよ。

 今俺めっちゃ手汗すごいかも。すんませんララさん。


「うっそ〜、なんでぇ?」

「うっそ〜ではありませんぞララ様、現に生まれてないではないですか。

 ……まあ理由は、瘴気がなくなっているからでありますが。

 瘴気がなくなっているのは何故でしょうなぁ? アラセくんの犯した罪は『国家反逆罪』といいまして、そりゃ〜もうこの上ない極悪非道なので、この先もずっと高い数値の瘴気を噴き出しまくって将来安泰のはずでありましたのに〜」

「ホップさんまで極悪とか言わないでくださいよ」

「案外、アラセくんのことを悪者にするのも飽きてしまったのかも知れませんな。国とは言っても所詮人間の集まりでありますし」


 えーなんだよそれ。

 俺は悪い事したとは思ってないし、後悔もしてないけど……。

 悪者にしたり、飽きたり、なんか勝手だ。

 まあ、ひっそりとでも生きていられればありがたい限りなんだけどさぁ。


 俺もたぶん顔に出ちゃってただろうけど、ララさんもまた、ぷっくりとぽっぺを膨らませて不満を露わにした。


「でも、人間と戦いに行って、帰ってこなかった魔物は? ちょっと悲しいけど……死んだら瘴気になって、戻ってくるんでしょ。それでまた魔物を作れるんじゃない? そうパパに教わったよ」

「それなんでありますが、どうやら、生け捕りにされて、連れて行かれてしまっているようでありますぞ! 人間の作った一番大きい集落の地下に、膨大な瘴気だまりが形成されておりますからして」

「えぇーっ!? さ、攫われちゃったのぉ? うっそ〜!」

「うっそ〜ではありませんぞララ様! このホップめに見えないものはないのです!」

「一番大きい集落って、王都の地下に幽閉されてるって事ですか?」


 魔物が人間に攫われて……閉じ込められてる?


 あっ。

 デュラハンさん、帰ってくる……よな?




次話明日お昼投稿予定。

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