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配慮済みすっぽんぽんシーン

「――大丈夫っすか!?」


 ドラゴンが飛び去ったあと、ものも言わずドサッと倒れてしまったローブの人を助け起こす。


 ドラゴンに命令できるなんてただ者じゃないだろうけど、だからといって倒れている人を放っておけないもんな。


 しかし、気を失ってしまったのか、ぐったりと体重を預けてきて反応がない。

 はずみで、顔の大部分を覆っていたフードがはずれ、たっぷり水気を含んだ布がびしゃりと腕に張り付いた。


 うわ……すっげえ綺麗な人だ!


 煙色の厚ぼったいローブの下から現れたのは、目がくらむほどの美貌だった。

 そんなに俺と年齢は離れてなさそうに感じる。身長は俺のほうが高いし。

 鼻にかかるほど長い前髪は、流星のしっぽを束ねたみたいなサラサラの金髪。

 しめやかに閉じたまぶたに蓋をする、ながーいまつ毛も金色だ。

 もしかして……この国の出身じゃないんだろうか? 肌が浅黒い。今はもう飲めない嗜好品――クリームたっぷりのあまーいカフェオレのような、明るめの茶褐色をしたきれいな肌色。

 さっき聞いた声の感じだと、ちょっとハスキーな女性だろうか、声が高い男性って感じだろうか……ヴェールでちょっとこもっているのもあって、どっちか判断ができなかった。


 まあ、どっちでもいいや。助けないと!


「うっ……すげえ熱だ!」


 そりゃ、こんなずぶ濡れじゃ風邪も引くよな……かわいそうに。

 俺も下着までグッショグショだし、どこかで服を乾かそう。


 周囲を見回すと、明るくなったおかげで、木々の隙間に家の屋根らしきものを発見することができた。


 なぁ〜んだ、こんな近くに人が住んでたのか。よかったぁ。

 よし、あそこの家の人に助けを求めよう。


「がんばってください、今屋根のあるところに運びますから!」


 そう決意すると、空腹でフラフラだった全身に力がみなぎってきた。

 さっき俺の頭に落ちてきやがったリンゴを半分だけ齧りながら、ローブの人を背中におぶってその建物を目指す。


「ごめんくださ〜い……」


 えっちらおっちら崖を登り、雨上がりの木漏れ日を浴びて佇む小屋へと歩み寄る。

 中を覗き込んで声をかけてみても、ガランとしていて誰も居ない。


 ……残念ながら、人は住んでないみたいだ。


 どうやら、人が定住するために建てられたものじゃなくて、狩猟小屋だな。

 壁には糸が切れてしまった釣り竿が何本かぶら下がり、弓矢とかロープのような狩猟道具が、崩れかけの棚から転がり落ちていた。

 かなり長い間、使われてなかったっぽい。

 いろんなドアを開けてタンスも開けて、家探しをしちゃったけど、当然ながらどこもからっぽで着替えや寝具になりそうなものはない。


「せめて暖炉とかがあればよかったんだけどなぁ……」


 ローブの人の額に手を当てると、火傷しそうなほどに熱く、汗が玉のように浮かんできていた。


 このままじゃ死んじまう!

 魔物をかばっていたように見えたけど……それだけで悪い人だって決めつけるのはよくないし。せめてこの人自身に話を伺ってから判断しよう。

 いや、たとえ極悪人だったとしたって、このまま放っておいたら、俺の方が悪人だぜ。


「ごめんなさい、このままじゃどんどん体温が奪われてっちゃうと思うんで……脱がせますね? いいですか?」

「……」

「うぅ……、じゃ、無言の肯定ってことで……失礼しま〜す……」


 ――頼む、男の子であってくれ!!


 俺は一心にそう願いながら、ローブの胸元を留めている留め紐をほどいて、はだけさせた。


「あっ、なんだ……よかったぁ」


 ブローチに彩られたフリフリのドレスシャツが中から出てきたときはドキッとしたが、ベストを脱がすと真っ平らな胸が現れて、ホォ〜ッと肩の力を抜く。


 よかった、男の子だ!

 ……いや、女の子だったら嫌とか駄目とかそういうんじゃないんだけどさ。

 同性だとわかるとやっぱり、いろいろするのに気が楽だ。


 ちょうど角度がイイ感じになったのか、窓からポカポカと日差しが差し込んできた。

 暖かい窓の近くに運び、ひとつひとつボタンを外して、なんだかやけに高そうな服を脱がせていく。

 このシャツ……陽の光を浴びるとふわっとした光沢がすごくきれいだ。シルクかな?

 俺は着たことがないけど、師匠が王様になってから着ている服にそっくりだからわかる。

 ていうかこんな作りの服始めて見たぜ。なんだこれ? こんなところにボタンがあったら、自分じゃ外せないじゃん。

 きっと一人で脱ぎ着する服じゃないんだな。

 周囲に沢山の人を侍らせて、存在を尊重され、敬われている――貴い身分の方だ。

 それこそ、王様のような。


 これは、絶対に死なせらんないな!


「神さま、どうか命をお救いください。もとどおり、元気に回復しますように……」


 すでにびしょびしょではあるんだけど、傷でもつけたら大変なので、一つ一つ祈りを込め、丁寧にボタンを外して脱がせていく。


 うーん、パンツはどうしようかなあ。


 パンツ一丁になったローブの人(パンツなのかローブなのか変な言い回しになっちゃったけど)を見下ろしながら、俺は腕を組んだ。


 日差しが温めてくれたせいかだんだん血の気が戻ってきてるし、体調的にはこのままでも大丈夫そう。

 大丈夫そう……だけど、パンツもやっぱりシルク製みたいなんだよなー。

 たしかシルクって直射日光じゃなくて、陰干ししないとダメなんだよな? そもそもこのままだとお尻側が乾かないし。おなかこわすかもしんないし。

 えーい、脱がせちゃお! 男の子だし。


「あれっ……!?」


 パンツの下から現れた衝撃の事実に、ザァッと血の気が引いた。


 な、ない!? ついてない!

 えっうそ、女の子?

 ……いや違う。妹のオムツ替えた時にも見たことあるけど、女の子とも違う。

 でっぱってるわけでもなくひっこんでるわけでもなく……つるっとしていて、本当になんにもない。

 男の子でもなくて、女の子でもなくて、とどのつまり……、

 ……とどのつまり、どういうこと!?


 顔面じゅうにはてなマークを敷き詰めた俺がぽかんとその裸体を見下ろしていると、赤みを取り戻したほっぺたに落ちる、まつげの影がぴくぴくと動き出した。


「う……うぅ〜ん……?」

「ひぇっ!?」


 褐色の手足をしなやかに動かし、伸びをすると、のっそり起き上がった。

 俺は慌ててその眩しい肢体から目をそらす。


「ご、ごめんなさい、見てませ〜ん!

 いや、見ましたけど!

 見るべきものがなかったっていうか!」


 あたふたしながら自分でも何を言っているのかよくわからない言い訳を述べていると、その人は、ぽそっとつぶやくように聞いてきた。


「俺のこと、呼んだのは、キミなの?」


 呼んだ、とは?


 顔どころか全身をはてなマークで埋め尽くしつつも、心のどこかで、裸に剥いたことを咎められなかったことに安心する俺なのだった。


 ……ていうかよかった、言葉が通じるんだな!

 よし、ご事情を説明しよう。話せばわかってくれるはずだ!


「……? えっと、あの、お、俺の名前はアラセといいます! えーと、あなたすっごい高熱だったんで、風邪かな? って思って、その、服を乾かそうと思って……脱がせたんですけど、ついてな……あいや、それはいいんですけど、その、体調は大丈夫ですか?」


 まさか「ちんちんついてないですけどどっかで落としました?」とか聞くわけにも行かないので、ボヤッと全体的に体調を伺ってみることにした。

 さっき熱もあったしな。


 すると、その人は一糸まとわぬ自分の体を見下ろし、――しかし恥じらうそぶりも隠す仕草もなく、納得したようにうなずいた。

 背中まである長い金髪が、さらりと陽光をうけて輝く。


「そかそか、俺が人間に見えて、病気なんじゃないかって心配してくれて、それで、なんとかなったのかぁ」

「えっ?」

「ううん、だいじょうぶ。ありがとう!」


 その人は、すらっとした指先を伸ばして俺の手を取り、じっとこちらを見上げてきた。

 俺は視線をどこに置いたらいいかわからず、とりあえず「へらっ」とぎこちない笑みを浮かべた。


「俺はアステラ・ラムダ・メルロク。杖界メルロクで十一番目にエラい人神ってイミなんだけど……長いから、『ララ』って呼んでいいよ〜。神さま集会でもみんなそう呼ぶし!」


 神?


 俺の脳裏には、厚い雲の狭間から陽の光が差し込んできて、パァーッと後光をまといながら神さまがご降臨なさる光景が思い浮かんだ。


 えぇ〜、神さまぁ?

 う〜ん……。

 なんか、神さまって感じじゃなくね?

 俺より背ぇちっちゃいし、手足も細っこくって折れそうだし。

 さっきは顔の造形が整ってるから綺麗だな〜って思ったけど、やっぱりこう、デーンと巨大だったりしないと、荘厳さみたいなのは出ないんじゃないかな。

 俺が教会の聖画で見た神さまはもっとこう……ムキムキで、フワッとした衣をまとってて、後頭部が謎に発光してた。


 でもまあ、神さまかどうかはさておいても、人間じゃなさそうだなぁとは思う。

 さっき不思議な炎を出してドラゴンを操ってたし。

 本当に神さまなのかな?

 もしかして宗教が違うだけで、本当に神さまなのかもしれない。


「神さまって……あの神さまですか?」

「あのって、どの?」

「えーと、……麦を実らせてくれたり、戦いに勝利をもたらしてくれたりする、神さまですか?」

「そうそう。その神さま。でもね、豊穣は八十番目だから俺のほうがぜーんぜん偉いよ。闘神はもっと雑魚だもん、だって……あれっ、何番目だったか忘れちゃったぁ。百五十……いくつだったかな? まあそんな感じだし。だからぁ、俺はアラセが思っている神さまより、もっとすごぉ〜い神さまなんだよ!」

「そ、そうなんすか〜。神さまって……ご飯とか食べる必要ないんですか?」

「えっ? ……ああこれ?」


 ララさんはぱっくりと自分のお股を広げる。


 見せなくていいです。


「かっこ悪いよねぇ? コレ、前回の会議で決まったの。なんか最近うるさいじゃん? ここについてるモノの処遇。俺たちの体は一応、信仰を象ったものだから〜、清らかじゃないとだし? でも清らかって、どっちに寄せてもカドが立つからさあ。いったんなくしてみましょうかって話になって〜。俺なんかそれまではそりゃ〜もう、ムッキムキでバインバインのナイスバディーだったのにさぁ」


 ぷっくりと頬を膨らませながら、ララさんは不満そうに腕と足を組んだ。


 んん〜、神聖性ってそんな……トンチみたいな話なのか?

 まあ、()()()なければ、穢れようもないというかなんというか……、理屈はわからなくもないけど。

 人間の意識の変化に振り回される神さま、なんだかかわいそうじゃねえ?


 神さまも会議で色々決めるんだなぁ。

 そして神さま同士でも意見があっちゃこっちゃいって、わけのわからない決定が下っちゃって、みんなが苦しむんだなぁ。

 あ、それもまた人間がやってるから振り回されてるのかな?


 ていうかムッキムキでバインバインって、……結局どっちなんだ!?


「でも、今はあんまり力が無くて、ポンコツ神さまなの……。だってもう俺の姿、ちんちくりんのちびっこみたいに見えてるでしょ?」

「……ちんちくりんかどうかはさておき、たしかに大きいとか、強そうとかには見えないっすね」

「わぁあ〜どうしよう、このままじゃどんどんちっちゃくなって消えちゃうよ……!」


 しばらくきれいな金髪をグッシャグシャにかきむしって悶絶していたララさんだったが、ぱっと顔を上げ、ピンク色の瞳を見開いてじっと俺を見つめた。


「……ねえ、呼んだよね?」

「え、呼んでませんけど?」

「ううん、絶対呼んだ! さっき俺が寝てる時『神さま』って呼んだでしょ! ウソ言ったってだめだよ、こっちは時間を巻き戻して確認できちゃうんだから!」

「あ、ああ〜……!」


『――神さま、どうか命をお救いください。もとどおり、元気に回復しますように……』


 あれかぁ。

 ララさんが神さまだとは思ってなかったけど、まあ、確かに言ったなぁ。

 別に本気で神さまが出てきて助けてくれると思って言ったんじゃないけどな。教会でそう教わったからそうしてるというか……なんていうか……。決意表明みたいな感じ? 俺はこの人に助かって欲しいって本気で思ってるんだーって、自分に言い聞かせてるみたいな?

 でも、確かに、ララさんはこの通り命がつながって、素っ裸で過ごしてても平気なくらい元気になっちゃったし。叶ったのか。

 へー、すげー。


「あ〜はいはい、言いました言いました」


 俺がヘラヘラしながらカルぅくうなずくと、ララさんは、手のひらを合わせて「にこっ」と笑った。


「やっぱり! 俺たちは、ああやって人間が祈ってくれれば、いろんな奇跡が起こせるんだよ〜。望んだ通りのことが起きたでしょ?」

「起きました起きました」

「すご〜い、アラセは信心深いんだね! ねえねえ、信者になってくれない!? おねが〜い! 信心深い人間が祈ってくれれば、力が戻ってくるの! そうすれば、消えなくて済むはずなんだ!」


 そういうもんなのか。

 なんだか神さまっても大変なんだな。

 でもまぁ、消えちゃうのはかわいそうだし、祈るくらいなら、いっか。


「あんなんでララさんが助かるなら、全然いいっすよ!」

「ほんと!? やったぁ〜!」


 ララさんはぴょーんと飛び上がると、「わーい、わーい!」と部屋中をぴょんぴょん飛び回った。


 うーん、おしりまるだしでぴょんぴょこ跳ねながらはしゃぐ神さまかぁ。

 微笑ましいなぁとは思うけど……、ちゃんと信仰できるか自信がないぜ。

 でもあれかな、ウサギの神さまとか、お祭りの神さまとかなら案外それでもいいのかもな。

 ていうかやっべ、何の神さまなのか知らずに「全然いいっすよ〜」とか言っちまった。


「ちなみに、ララさんは何の神さまなんですか?」


 そう聞くと、ララさんはくるっと金髪をなびかせて振り返り、ぺったんこな胸をドーンと叩いてふんぞり返った。


「ふっふっふ……我こそは魔物を生み出して世界に厄災と破滅をもたらす、魔神ララ様なのであ〜る!」

「えっ」

「えっ?」


 えっ。





次話 明日お昼投稿予定。

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