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腹ペコ王都

毎日お昼12時頃投稿。24日ごろ完結予定

「待てーっ! その剣を返しなさーい!」

「このやろ、逃げんなー!」

「待て、ドロボーっ!」


 はぁ、はぁ、はぁ……!


 激しい雨の降るなか、王都の石畳を転がるように駆け抜ける。

 弾む息をなんとか飲み込み、俺は胸に抱えた大剣を必死で抱え直した。


 追っ手の狙いはこの剣。

 ただの剣じゃない。師匠が魔王を討ち取った、勇者の剣だ。

 それをあいつらは、溶かして鉄くずに変えてしまうっていうんだから、逃げるしかねーだろ!


 チラッと肩越しに振り返ると、追っ手は三人がかりで、ガッチリと兵士さんらしい鎧を着込んじゃってる。

 対して俺はくたびれたシャツに軽鎧を着込んだ格好。良く言えば剣士見習い、悪くいえばチンピラっぽい。


 うぅ〜、道行く人たちの、あの目!

 完全に犯罪者を見る目じゃん。

 やばい。完全にもうお尋ね者だ。

 どうしよう! どこに向かって走ってるんだ、俺!?

 もうこのまま王都から逃げ出すか!

 でもそれからどうする? 金なんか無いし、行くあてもないし!

 あぁ〜、マジでヤバい!


「あっ……!」


 城門を出て、お堀を超える橋を渡りかけたところで、急停止!

 突然目の前に立ち塞がった影に立ち止まり、俺は剣を庇うように体をナナメに構えた。


「おい、アラセ……いい加減にお縄を頂戴しやがれ!」

「し、師匠……!」


 立ち塞がったのは、ゆるっとウェーブがかった黒髪にキンキラキンの王冠を載せた、眼帯の男。

 じつはこの国を未曾有の危機から救った英雄にして、現国王だ。

 俺の師匠でもある。


「まさか師匠までこの剣を渡せとか言うんすか!?」


 俺は胸元に抱えた剣をぎゅーっと抱きしめながら半泣きで叫んだ。

 後ろを振り返ると、追いついてきた兵士さんたちにまで挟み撃ちにされてしまっている。


「何がまさかだ。魔王はもう倒したんだから、剣は要らねぇだろ!」


 師匠は真っ赤なマントを重そうに払い、色とりどりの宝石が飾る指輪だらけの手のひらをこちらに差しだした。

 さすが魔王を倒して王になった男。あんな重そうなマント着てアクセサリーもジャラジャラつけて走ってきたのに、息ひとつ乱れていない。


 俺はぶんぶん必死に首を振った。


「嫌です!」

「おいおい、ワガママいってんじゃねえ。もう魔物がいなくなっちまったから、鉄が手に入らねぇんだよ!」


 そう。世は深刻な魔物不足!

 居なくなって初めて気づいたけど、魔物ってすごく良い資源だったんだ。

 血は火をつければ燃料に、骨は砕いて鍛えれば金属に、肉は畑の肥料や虫よけになったし、毒なんかもう最高で、質の良いガラスや石鹸などを作るのに欠かせない材料になった。


 もちろん薪や鉱石で良いんだけど、魔物素材のほうが効率が良くてさ。

 一回、便利な生活を経験しちゃうと元に戻れないんだなって痛感したぜ。


「ただの剣ならまだしも……これは師匠が魔王討伐で振るった伝説の剣でしょ! お鍋の底の穴を埋めるのに使うなんてあんまりですよ!」

「いや、鍋の底じゃねぇぞ! 地下牢の格子がさぁ〜……もうガタが来てて。危ねぇじゃん?」

「どこでもダメですー! その首飾りとか指輪を溶かせば良いじゃないすか!」


 俺は師匠の指先やら首で燦然と輝く、ジャラジャラのアクセサリー類を指さした。


「こ、これは……駄目だ! この国に代々伝わる由緒正しいナントカカントカって話だったし……」

「ナントカカントカ?」

「だぁあ、とにかくこの首飾りとかは使うの! それに比べて、剣は使わねーだろ、魔物がいねーんだから! だから寄越せ!」


 師匠が強く踏み込んだ足元で、バシャンッと水たまりが飛沫を上げた。

 後ずさって後ろを見ると、三人組の兵士さんたちがバッチリ退路を絶っている。

 左右を見回すと、手すり越しに、橋の下をごうごうと流れていく増水した川の流れ。


「……くそっ!」


 俺は剣を脇に抱え、手すりに取りすがってよじ登った。


「あっ、バッ……おま、やめろアラセ! 死ぬぞ!?」


 師匠は慌てて俺に駆け寄り、取り押さえようとしてきた。


 ──カァンッ!


 俺はがむしゃらに背後に向かって蹴りを放ったんだけど。

 さすがに元勇者。顔面に食らうようなヘマはしなくて、あっさり避けられる。

 だけど、ここ最近被りだしたばっかりの、似合っていない王冠までは計算に入ってなかったらしくって。

 結局、俺のつま先は王冠だけを蹴り飛ばしてしまった。


「あっ! ヤベ……」


 師匠が動揺して拘束が緩んだ隙に、むちゃくちゃに暴れまわった結果――、


 ザッパァアアン!!


 真っ逆さまに橋から落ちた俺の視界は、暗い水と泡に覆われた。

 剣の重みでぐいぐいと体が沈んでいく。

 意識もぐいぐいと暗闇の底に沈んでいく。

 それでも俺は、剣を抱いた腕を、離さなかった。

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