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金木犀の香りのする頃に

作者: 須田凛音

ある秋の休日の事。僕は買ったばかりのパジェロJトップを故郷の田舎の山の村の方へと走らせていた。あの日彼女と約束したことを果たしに行くために。 「10年後、金木犀の木の下でまた逢いましょう。」という言葉を信じて。


10年前僕が森宮香織と知り合い、そして程なくして去っていったのも正にこの季節なのであった。 金木犀の花の香りのように甘く、儚い思い出を残して彼女はある日突然去っていった。


そして約束の10年後、僕はこうしてまた故郷に戻ってきた。

また逢えたら今度こそ・・・・今度こそ、あの時伝えられなかった気持ちを・・・・

そう考えながら、僕はアクセルを踏む右足に更に力を入れた。



森宮香織は僕の高校時代のクラスメイトだった。高校生とは思えないほど、大人っぽく凛とした美しい顔立ちに、艶やかな黒髪の長髪、スラッとした華奢な身体付き。まるで人形か何かのように整っていて正直言って、こんな片田舎では浮いてしまうほど美しい子であった。

所謂、高嶺の花ってやつである。


性格は誰に対しても淡泊・・・・というか刺々しくて冷淡であまり人付き合いを好まないらしく、クラスではいつも一人でいた。とは言え、その魅力的な容姿に惹かれる男子は数多く、多くの男子がアタックしては玉砕していった。一方で女子のグループからもその魅力的な容姿、そしてその性格から妬まれ、孤立する要因の一つになっていた。あまり社交的ではなく、かつ女性とロクに言葉を交わしたことのない僕が、何故そんな彼女と関わるようになったかというと、ある一つの出来事がキッカケになったのであった。






ある夏の日の事、帰り道を一人自転車で吹っ飛ばしながら走っていたら、道端に自転車を止めて、何やらチェーン部分を覗き込んでいる森宮を見かけた。なんだか不穏なものを感じたので近くに自転車を止め、駆け寄って勇気を振り絞り、声をかけた。


「お、おい大丈夫・・・?チャリが何かあったのか?」


「あ、芹沢くん・・・・別に大したことないわ・・・」


「あるじゃんか。チェーンが切れちゃってる。」


「別に歩いて帰れるから・・・・。」


「今歩いて帰れてても、


森宮の自転車のチェーンは途中で切れ、抜けかかっていた。


「ちょっと待ってて。家から工具とチェーン取ってくるから。」


とだけ言い残し僕は一旦自宅に戻り、鞄を置き、用意をしてから彼女の元へ戻った。


戻った僕は手際よく彼女の自転車のチェーン部分を直し、しっかり注油も済ませ、直した。


「あなた凄いじゃない! ・・・ありがとう。本当に助かったわ。」


普段笑わない森宮が、まるで天使のような優しい微笑みを浮かべたのを見て僕は少しホッとしたのと同時にドキッとしてしまった。 あまり異性に心動かされたことのない僕だけれど、この時ばかりはときめいてしまった。


少しまだドギマギしたままに僕は


「じゃ、じゃあそれで・・・・」



と言って立ち去ろうとした。すると、自転車にまたがろうとした僕の腕を掴むや否や、森宮は


「待って!・・・・お礼・・・させて? うち来て。」


と少し笑みを浮かべながら話してきた。


一瞬僕は躊躇ったものの、少しばかりの好奇心と森宮の目に負け、僕は森宮の家に行くことになった。


森宮の家は村の少し外れた山の方にあった。おおよそこの山の中には似つかわしくないほどの白い壁が特徴の洋風のお屋敷で、少し古ぼけてはいたが中々洒落た風貌であった。 多分、森宮家は金持ちなんだろう。


お屋敷の門を潜り、屋敷の入り口のとこに二人そろって自転車を止めると、森宮が玄関のドアのカギを開け、少し軋むような音と共に開いた。


「さ、入って。」


森宮に言われるがままに僕は家の中に上がった。


「お、お邪魔・・・します。」


上がると、まるでアニメ映画に出てくるような沢山のドアがあって部屋が多数あるだだっ広い空間がそこには広がっていた。


「とりあえず付いてきて。」


と言われ、僕は森宮の後ろをついて歩いた。 長い廊下はあまり日の光が差し込んでいるわけではなく、暗くて薄気味悪かった。床も軋むし、まるでお化け屋敷みたいな・・・・。


しばらく行くとリビングのようなところに通された。雰囲気は何処か古くて暗いけれど、趣味は悪くなさそうだった。 今時テレビすら置いてないのはびっくりであったが、代わりに(?)大きな本棚と、古美術品を飾る大きな棚、そして庭を全て見渡さん限りの大きな窓があった。 そこからは大きな金木犀の木が見えた。


とりあえず僕は椅子に腰かけさせてもらった。クッションのない古い木製の椅子なのだが、不思議と座り心地が良く感じた。


その後すぐに森宮が


「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」


とたずねてきた。一瞬迷ったけど、僕は「紅茶で。」と頼んだ。


こくんと頷いた後、森宮はリビング横のキッチンの方に消えていった。


森宮がキッチンにいる間、何となく僕はリビングの大きい窓から見える金木犀の木を眺めていた。


僕は昔から金木犀が好きだった。人によっては便所の匂いのするやつだ、なんて言ってバカにする人もいるけれど、その独特の甘い香りと控えめに咲く小さい花、そして1週間かそこらで散っていってしまう儚さに何処か惹かれていたからだ。


花言葉も中々素敵だった記憶がある。・・・・・確か・・・・・・


「謙虚、謙遜ね。 花言葉。」


わわっ!?っと僕は思わず慌てふためいてしまった。まるで心を見透かされたのかと思った。


「あ、ごめんごめん。庭の金木犀の木、ジッと見てたからさ。好きなのかなと思って。」


「あ、うん・・・まあ、好きだよ。金木犀。」


と僕はしどろもどろになりながら答えた。


「うちに昔から生えてる木なのよ。私も小さい頃からここで眺めていたわ。 あ、これ紅茶ね。それと・・・・。」


と言いながら、森宮はお皿に乗った何かを差し出してきた。


「はい、これがお礼。自家製のチーズケーキよ。どうぞ紅茶と一緒に食べて。」


「あ、ありがとう・・・・。」


お皿に乗ったそれを見てみる。 所謂ベイクドチーズケーキというやつの様だ。


先ずは一口口に運んでみる。スッと鼻の中を流れていく香りと共に濃厚なチーズの味わいが口いっぱいに広がった。 今まで食べたどのチーズケーキよりもおいしい気がした。


「こりゃ美味いな・・・。すげえよ。」


「お口にあったようで何より。いっぱいあるから食べられるだけ食べて頂戴。」


という感じで僕は暫く森宮特製のチーズケーキに舌鼓を打っていたのだが、流石に沈黙の空間が続くのも気まずいなあと思ったので、僕は勇気を振り絞って森宮に話を振ってみた。


「な、なあ森宮ん家って何人家族なんだ? こんな大きい家に住んでたからさ。」


「二人よ。私とお父さん。まあ、お父さんは仕事忙しくてあんま帰ってこないけどね。お母さんは私を生んですぐに死んじゃったみたいだし。」


「そ、そうだったのか・・・・。なんか悪いこと聞いちゃったな・・・・。すまん。」


「別にいいわよ。隠すようなことでもないし。 芹沢くん家はどうなのよ?」


「僕の家?・・・・一応いるよ親父もお袋も妹も。みんなしてフランスの方行っちゃったけど。」


「フランス?どうして??」


森宮は首を傾げた。


「昔から妹がピアノやってたんだけど、それが神童って言われるほどめちゃくちゃ上手くて、国内の賞総なめにしてたら向こうの関係者からスカウトされたみたいでね。いわゆる留学ってやつ。そんで親共々向こうに行ったってわけさ。僕を祖母ちゃんの家に置いて。」


「ふーん・・・・。でもなんで付いていかなかったの? 寂しくないの?」


「別に寂しくなんかないさ。僕は出来のいい妹と違って凡人だし、根暗だし、落ちこぼれだし・・・・。元引きこもりの機械オタクだし・・・。あの空間にいるのはあまりに辛いよ。 親二人だって妹二人にかかりっきりだしさ。俺なんか空気に徹してるくらいで十分さ。 それに俺は人と話すことだってままならないんだぜ。正直学校だって居てて 今こうして森宮と話すのだっていっぱいいっぱいさ。 ・・・・俺はこうしてここでひっそりしてるくらいが丁度いいよ。」


「・・・・ふーん。でもそんなに卑屈になる事ないんじゃない?貴方だって機械弄れるって才能があるし、少なくとも凡人ではないんじゃないかしら。そのおかげで私を助けたわけなんだし。 そういうのをもっと大事にした方がいいんじゃないかしら。・・・・まあ、根暗でいつも一人なのは私も同じだし、人の事言えないけど。」(改)


「いや、凡人さ・・・。結局のとこクソほど役に立たない能力なんだし・・・。」



また二人の間に沈黙が流れた。 ふとこうして言われると、僕は自分の才能というか得意なことについて考えたことがなかったように感じた。僕は小さい頃からの乗り物が高じて機械に興味を持ち、色々な機械をいじったり買ったり直したりを繰り返していた。そうしていくうちに機械の扱いには凄く慣れたし、分解修理などはお手のものになっていた。


でも別に単に趣味として楽しんでいただけだったし、いかんせん友達もいなかったからまず誰かにどうこう言われたことがなかったのだ。 だから、乗り物、機械は大好きではあるけど自信を持つなんてのはおろか、人に言うのだって恥ずかしく思っていたくらいだった。


「・・・・・まあ、そうかもしれないけれど、自分にとってずっと好きなもの、得意なことを持つのって素敵なことだと私は思うわ。人間、割と没頭できるもの、心から打ち込めるものを持っている人ってそうはいないものよ。・・・・・・何か一つでもそんな事を持って極められるようになれば、きっと、人生豊かなものになると思うの。」




「ね、庭の金木犀の木のとこ、行ってみない?」


「お、おう。」


森宮に手を引かれるままに、僕は玄関から飛び出して庭の金木犀の木の元へと連れていかれた。 森宮の手は暖かかった。


近くで、この金木犀の木を眺めてみるとリビングで見るよりもずっと強い生命力と迫力を感じた。強く、凛々しく、美しく、そこに存在していた。


「いい木でしょ。普通の金木犀の木に比べてもかなり大きく丈夫に育ってるの。・・・・私も小さい頃からこの姿にエネルギーをもらっていたの。」


森宮は金木犀の木に手を当て、瞼を閉じ、フッと木に語りかけていた。そして金木犀の木も、それに応えるかのようにふわっと葉を揺らした気がした。


そのどこかファンタジックで神秘的な風景に思わず見入っていると


「私もあなたと同じように好きで得意な事、あるのよ。私は木や植物が好きなの。そして、こうして触れたり世話したりするのが・・・・好き。」


森宮はそう呟いた。 そこにはいつもの冷たく近寄りがたい姿とは無縁な、好きなものに触れて心から嬉しそうにしている一人の少女がいた。僕はその姿に思わずときめいてしまっていたし、自分ももっと自分の好きなものをずっと信じていられるようになりたい・・・と強く思った。



「芹沢君。この場所が気に入ったのなら、たまにいらっしゃいな。同じ根暗同士、自分の好きな物事だったり何なり、色々語らったりしましょ。もっと自分の好きなものについて、互いに深め合いましょ。あなたが嫌じゃなければ。」


お、おうと僕は頷いた。 ぎこちなく答えてしまったけれど僕はなんだか嬉しくなってしまっていた。



その後、暫く森宮家自慢の庭を眺めて回り、僕はお暇させてもらうことにした。


そして僕は、この日を境に森宮の家をよく訪ねるようになった。








暫く山を登っていくと、森宮宅・・・いや、「元」森宮宅がそこに佇んでいた。


てっきり取り壊されているかもな、と思っていたが10年経ってもまだ現存していたようだった。(雑草がぼうぼうにはなっていたが。)


あの大きな門にはツタが絡みついていたし、所々に傷みが出ていて10年という時の流れを感じさせた。自慢の庭もどうやら荒れ果てていたようだった。僕はとりあえずパジェロを門の横にそのまま止めて屋敷の敷地の中に入った。そして、暫く「森宮~!」と呼びながら敷地の中をグルグルしていた・・・・がどこにも人の気配はなく、森宮もいなさそうなのであった。

うーん、やはりあの時の約束は方便だったのか・・・・。と考えを巡らせながら、ふと庭にまだあった金木犀の木の元へ向かってみた。あれから長い年月を経ていたから、もう朽ちているかもしれないと思っていたのだが、そう考えていた僕に「久しぶりだな」と言わんばかりにこの金木犀の木はガッシリとした幹と、鮮やかな葉・・・・・そしてあの時と同じ甘い金木犀の木の匂いを漂わせ、佇んでいた。


初めてここに訊ねた時の事、その後また遊びに来た時の事、勉強会を開いた時の事・・・・・その時の記憶が全て昨日の事だったように頭の中に蘇ってきた。


いつ見てもこの木は、どこか他の木とは違う風格と威厳を感じる。


暫く見とれていると、零人は金木犀の木の枝に、何やら封筒が挟まっているのを発見した。


なんでよりにもよってこんなところに引っかかっているんだろう??と不思議に思いながら、少し背伸びをしてそれを取ってみると、中には手紙が入っていた。


広げてみると、この手紙にも見覚えのある字で、こう綴られていた。



「零人君へ。 よく約束を覚えててくれたね。ありがとう。---------------でも実はあの時言った『金木犀の木』は実はこことはまた別のものなの。もちろん、ここの木も本当に大好きな木なのだけれど。多分、あなたならどの金木犀の木なのか探し当てる事ができると思う。もう少しだけ、探してみて。待ってるわ。」



「他にあるったってどこを当たればいいんだよ・・・・・金木犀の木なんてこの村のそこら中にあるぞ・・・・。」


零人は頭を掻きむしりながらそう言った。小さな村とはいえ、この近辺には金木犀の木がいくつもあった。一つずつ当たっていたらキリがない。どうしたらいいものか・・・・。


考え込んでいた時、ふわっと大きな風が吹き、またも金木犀の強い香りが零人の周りを包んだ。 そしてまた、零人の頭の中に香織とのいくつもの思い出がまばらに蘇ってきて、頭の中を駆け巡り始めた。


そうだ・・・・香織とは短い間ながらもあれだけ思い出を作ったんだ。僕ももっと記憶を辿って探してみなきゃな・・・・。 とりあえず、村の中を走り回りながら思い当たりそうなところを回ってみよう。


零人はパジェロに乗り込み、その心臓に火を入れ、旧森宮宅を後にした。





その後は、僕は思いつく限り、金木犀の木が植わっている、森宮との思い出の地を駆けずり回った。

母校の高校、その通学路、たまに一緒に訪れた公園等・・・・・思い出をただひたすらに思い起こしながら。


一緒に木の手入れをしたこと、自販機で買った飲み物を片手に他愛もない話で盛り上がった事、河原で水切りで遊んで秋なのにびしゃびしゃになった事、色んな場所を巡るたびに思い出たちが昨日のことのように頭にふわっと蘇ってきて零人は得も言われぬ気持ちになった。




探し回って探し回って気づいたら夕方になっていた。あらゆるところを探し回ったがまだ見つからない。もう、思い当たる場所は残り一つ。そこに最後の望みをかけるしかない。僕は最後の場所に向かって、パジェロを走らせていた。



それは小高い丘の上にある金木犀の木。村の様々な行事が行われるところである、公民館から少し登った所に佇んでいる。

もう自分で思いつくところはここしかなかった。必死に記憶を掘り起こして掘り起こして・・・・・ここにいてほしい・・・・いてくれ・・・・・そう祈り続けながら必死に丘の上の金木犀の木を目指して、全力で駆け上がっていった。



夕日の光が差し込み、金木犀の木を黄金色に染め上げる。金木犀の木は眩い光を浴びながら、思わず酔ってしまいそうなほどの甘い香りを放っていた。―――――――――――――そして金木犀の木の下に「彼女」は佇んでいた。




「・・・・・・随分と待たせるのね。もう帰ろうかと思ってたところよ。」


「こちらこそあんな訳わからん手紙一枚残して探し回らせやがって・・・ったく、後で借りは返してもらうからな・・・・・・香織。」


そんな憎まれ口を早速たたき合いながらも、僕は少しだけ泣き出しそうになってしまっていた。やっと逢えた・・・・・やっと・・・・・約束通り10年後に・・・・・・。



「ちょ、なに泣き出しそうになってるのよ。大の男の癖して。」


そう言ってあの眩しいばかりの笑顔を香織は僕に向けてきた。10年前のあの頃と何も変わらないままの、本当に素敵な笑顔を。


「でも、なんでここなんだ?てっきり俺、最初は元香織の家の木の下だと思ってたわ。」


「なんでって?・・・・・もしかして、本当にわからなかったりするの?」


うん、っと頷くと少し呆れたような表情を浮かべた後、少しフッと笑いながら


「覚えてないの?10年前の秋祭りの事。」


「秋祭り・・・・・・・・あっ・・・・・・」


その瞬間、零人の中で全ての記憶のピースが繋がった。 



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



10年前の秋祭りの日の事。僕と香織は祭りのメインステージから少し離れた小高い丘の上の金木犀の木の下に二人並んで座り込み、見下ろしていた。僕らは出会ってからまだ一か月ようやく経ったくらいであったけど、すっかり信頼を置いて話し合えるほど良き友達になっていた。今まで趣味について語ったり教え合ったりすることのなかった僕は、今までにない会話の楽しさを知った。・・・・・そして僕は気づかぬ間に彼女に惹かれていってしまっていた。それとなく想いを伝えようと僕はこの場所まで香織を連れて・・・・・来たのはいいのだが、結局中々切り出せずにいた。ほんの少しの勇気を出せれば・・・・そんなことを考えながら、いつもの様に他愛もない会話が続く。


「ねえ、もう進路は何処にしようか考えてるの?」


「おう、もちろん。同じ県内の理工系の大学に進みたいと思ってるよ。いつか、どこかの自動車メーカーに入って、技術開発やりたいな、と思ってさ。なんだか最近勉強にも身が入るようになってきた気がするよ。・・・・センターまでもうそれほど時間があるわけじゃないけど、自分なりにできることは、頑張ってるよ。」


「・・・・そう、よかったわ。人間、何か目標が見つかれば、自ずと頑張ろうと思えるものね。・・・・・応援してるわ。目標、実現しちゃって頂戴。」


なんだか今日の香織は様子がおかしい。いつもより歯切れが悪い気がしてならない。スパスパものを言う香織らしくなかった。


「なあ、香織?今日はなんかいつもより暗くないか?何かあったのか?」


「別に何もないわ。いつも通りよ。」


「そんな感じじゃないだろいつも。どうなんだ?正直に言ってみろよ。友達だろ?」


すると香織は隠してもしょうがないしね、と言いながら目を閉じてフッと笑い、こう続けた。


「実はね。もうすぐお父さん共々この場所から離れる事になったの。それも渡米することになって。ちょっと理由は言えないけれど・・・。だから、暫く会えなくなる。」


余りにも唐突すぎる話で僕はびっくりした。もちろん、大学生ともなれば県外に行くことなんてザラだし、下宿したりとかはあるけど、まさかそんな遠くまで実家共々いなくなってしまうなんてことは想像しえなかったからだ。


「まあ、新天地もよくまだ私も分からないし、何があるかわからないけど、私は私で新しい地で好きなことをちゃんと追いかけ続けるからさ・・・・・だから零人君も、きっと・・・きっと、夢を叶えてね。」


余りにも唐突でなんだか感情が揉みくちゃになっていた僕だけど、僕は何とか自分で言葉をひねり出した。


「お、おう。もちろんだ。香織も・・・香織もちゃんと好きな事、追いかけ続けろよ。」


もちろんよ、そう言いながら香織は少し寂しさを含んだような表情を浮かべながら微笑みを浮かべていた。


結局思いを伝えるチャンスがないまま、時間は過ぎていき、祭りも終わりごろになりいよいよ別れの時が迫っていた。


「芹沢君。また・・・・ね。」


「うん・・・・・あ、あの・・・さ、香織。お、俺・・・」


そう言いかけた時


「あと一つ、10年後、金木犀の木の下でまた逢いましょ!! その時までに、お互い好きな事を極めておくように!!」


「え?お、おう。もちろんだよ!」


そう言うと、満足げな笑顔を二ッと浮かべたまま、香織はそのまま走り去ってしまった。



そして、次の日の朝にはもう森宮邸にも、学校からも、香織の姿は消えた。・・・・そして金木犀の花も香りも、同じころに消えていった・・・・。金木犀の花ことばの一つに『初恋』とあったが、僕の初恋はとうとう持ち越しになってしまったようだった。





「そうか・・・・そういえばそうだった・・・・・。」


「ようやくわかったの。鈍感ね。そう、ここは最後、二人ともが自分の好きな事を追い続けるって誓い合った場所・・・・よ。私にとってはあの庭の金木犀に負けないくらい、思い入れのある木・・なの。」


香織は木をさすりながらそういった。 すると金木犀の木はまた匂いを強くしたような気がした。甘く、陶酔するような・・・・香り。


そしてこう続けた。


「で、芹沢君はどうなのよ?目標、達成できたの?」


「そりゃもちろん。大学卒業してから、行きたかった会社に入れたし。・・・・・本当につらいことも沢山あったけど、やっと最近頑張りが認められるようになって・・・・頑張れてるよ。」


「そう・・・よかったわ。私もね、アメリカの大学で植物科学について学んで、博士号まで取って・・・やっと今度は日本の研究所で研究者として働けることになった所よ。」


「すげえな。研究者にまでなったのか!正に、好きこそものの上手なれって感じだな。・・・・・お互い、好きなことを極められて、よかったな。」


そうね、と香織は微笑んだ。


「でも・・・・一つ、あと一つだけ、極めたい好きなものがある。」


「え?あと一つ?あと、なんかあtt・・・」


その瞬間、香織は僕に飛び掛かり、唇が重なった。香織の柔らかい唇、身体、全てが感触として伝わってきたけど、あまりの情報量の多さに僕はフリーズしかかってしまった。


「っん・・・ふう。 もう一つ、私が好きだったもの、それは・・・・・・芹沢君、あなたよ。」


「ふうう・・・・おめっ・・・・・そりゃ卑怯だよ・・・・・。俺だってお前の事好きで告白のチャンスずっと伺ってたのに・・・・・10年前の時から。そしたらそんなクサいセリフ吐いてお前からくるなんて・・・・。」


「ちょっ・・・・・クサいセリフとは何よ。これだって頑張って考えたんだから・・・・芹沢君が中々言ってこないんだから、不器用なりにやるしかないと思ったのよ!」


香織は頬を赤く染め上げながらそういった。 確かに、僕が臆病すぎて中々言い出せなかったのも原因と言えば原因だ。致し方ないかもしれない。


「・・・・で、どうなの?告白の返事は・・・。」


「そら、いいに決まってるだろうよ!!!お互い、好きなものを極めたんだし・・・その・・・今度は・・・今度こそはお互いの事をもっともっと・・・・好きになって・・・いこうよ。」


「フフフ、じゃ、決まりね。 これからは離れずにずっと・・・・ずっと一緒にいられるわね。」



そうだな、と僕は答えた。 


自分の好きな物事を大事にすること、ずっと好きでいる事。そしてそれを受け入れてくれる、大事にしてくれる誰かとずっと一緒にいられること。 


僕はこれからも自分の「好き」を、もっともっと大事にしていきたいと思う。


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