決断とお説教
...レイドは執務室の扉の前でガルドルフ達の話を聞いていた。生まれて初めての「戦」に行かねばならないという恐怖が湧いてくるようだった。
(父さんから戦争で死んだ友人の話は何回か聞いたけど自分が行くかもしれないなんて..)
レイドは好戦的な性格ではない。人を殺すことなんて考えたこともないし、ましてや自分や自分の家族が死ぬなんて考える気もなかった。
そのため、英雄譚のようにすぐさま闘志が湧き上がるわけでもなく、ネガティブな思考になることは無理もないだろう。だが、会話の最後に父が放っていた言葉がレイドの心に残っているのだった。
(僕と兄さん...どちらかが...戦争へ..)
レイドは木剣を手に持ち、おもむろに庭へ出て素振りを始めた。自分の決意を...判断を研ぎ澄ますように...
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その日の午後はメリーナとプリムと一緒にレスター領にある「図書館」に行くことになったレイド。
なぜ図書館がこんな辺境の領地にあるかと言うと、三百六十年前に旧アルスラーク、現レスター領で起き、レスター家が出来るきっかけとなった「アルスラーク二国大戦」と呼ばれる戦いで、
アルダイラ帝国と三百六十年三倍もの兵力差があったにも関わらず、当時、一般兵であったレスター家初代当主ガイストの活躍により引き分けまで持ち込み、そのガイストが使っていた理術が本を用いるものだったことにちなんで王都以外に「図書館」を作ることが許された。まあそのような事はレイドやメレーナは知らないと思うが。
(ところで、なんでメレーナ姉さんは僕を図書館に...?)
..図書館に着くなり、メレーナがこう切り出した。
「レイド。貴方はアグルお兄様が勝とうが負けようが無理やり戦争へ行くつもりね?」
「ッッ!」
「これは推理と仮定の話よ?例えば、もし貴方が負けたとして、アグルお兄様をどこかに閉じ込めるなり、模擬戦が終わった後、密かにアグルお兄様の腕や足を折ることをしてまでもアグルお兄様を行かせずレイドが行く気だとするわ。」
「......」
「もし、もしそれでアグルお兄様が行けなくなり、レイドが戦争へ行き、戦死してしまった時」
「アグルお兄様は自分を責めるでしょうね。なぜならアグルお兄様も貴方と同じように貴方を死なせたくないからこそ「自分が行く」とお父様に言ったんだと思うから。」
「なぜ....」
「なぜ分かったのかって?簡単よ。」
「貴方もアグルお兄様も酷い顔してるんだもの。お父様からレスター家の者全員に話があった今日の朝から..いや、お父様が全員に話す前から貴方とアグルお兄様は酷い顔してたわね。ということは執務室に行った時にその話を聞いたのかしら?まあ、いいわ。私が言いたいのは..」
「そんな考えは捨てなさい。アグルお兄様はそのような手は絶対にとらないわ、なぜならそれが勝った者の勇気を汚す行いだから。いい?」
レイドは小さく頷いた。
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図書館に入るとメガネをかけた女性がカウンターの椅子に座り、本を読んでいた。
「カルーさん。こんにちは」
「あぁ、メレーナ様。いらっしゃいませ。レイド様が来てくださったのはご領主様が連れてこられた時以来ですね。たくさんの本があるのでゆっくり読んでくださいね」
メレーナにカルーさんと呼ばれた女性は、レイドを見るなり思い出したようにそう言った。
メレーナはここに来るのに慣れているようでさっさと目的の本を探しに行った。
何を読もうかと適当な棚の本を眺めていると一冊の本に目が吸い寄せられた。
【ガイストの日記】
そう書かれた本は古びてはいたが丁寧な革張りで鋲が打ち込んであった。
「これは....」
「お決まりになられましたか?」
その本を開こうとした瞬間にカルーが話しかけてきた。
「あら?【ガイストの日記】...?こんな本あったかな...?」
なんとここの司書を務めているカルーでも見た覚えのない本のようだ。レイドはそのことを不思議に思いながらもこの日記を読んでみる事にした。
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王国年三百四十年 冬の刻 水の日
私も十五歳になった。誕生日の贈り物としてわざわざこのような立派な日記帳を貰ったため、日々のくだらない一兵士の出来事を綴っていこうと思う。
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日記はこの日付から始まっていた。その後の日記は普段の兵士生活の訓練の辛さや失恋した事などが綴られていた。
だが、レイドの目を引く記述があった。
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王国年三百五十二年 夏の刻 炎の日
私に謎の理術が使えるようになった。何も書いていない白紙の本を生み出す理術だ。どう使うのかは分からないが、理術の発現のさせ方を教えてくれた同僚には感謝しかない。
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僕が受け継いだ理術だ...!
この理術の効果が...わかるかもしれない!!
そんな期待をこめ、ページを巡るが...何ページ捲っても理術の効果は書かれていない。レイドが落胆しそうになった時、一文だけ書かれていた箇所があった。その日付はあの「アルスラーク二国大戦」の開戦日の前の年だった。
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王国年三百五十九年 秋の刻 木の日
帝国の動きが活発化してきたそうだ。なんでも国内外問わず物資をかき集めているらしい。おそらく...このエルガルド王国に攻め入る気だろう。
まあ一兵士の私にはそんなことを考えても無駄だとは思うが...いざとなったら"この理術"を使うしかない。もし名前を付けるとしたらなんだろうか...「時を刻み込むモノ」とでもいうか。
なにより、戦争があるとしたらここから先に行かせる訳には行かない。
ここアルスラークの【ガルドリック砦】で食い止めなければ帝国の侵攻を許し、無能な中央貴族共は簡単に軍門に下るか食い破られてしまう。それだけは絶対に、避けなければ。
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「時を刻み込むモノ」。その言葉を見た瞬間にレイドの脳裏に自身が更に幼かった頃の映像が再生された。
『レイド!お前は今日から父さんの役目である「時を刻み込むモノ」を受け継ぐんだ!』
父さんはこの理術の効果を知っているのだろうか
レイドはふと、そう思った。というのも、理術の発現の仕方はガルドルフが感覚的すぎて伝わらず、マリーナに教わったのだが、もしこの理術が代々引き継がれているのならばガルドルフも持っているはずだ。
(帰ってから父さんに聞いてみよう。)
そう思って、レイドは次のページを捲った。
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王国年三百六十年 夏の刻 満月の日
...ついに帝国からの宣戦布告が届いたそうだ。私もこの日記は戦争から帰ってくるまで書くことは出来ないだろう。ただ私は遺書は書かないし、この日記にそのような文言を残す気もない。
私は意地でも帰ってくる。
腕が飛ばされようが足が飛ばされようが地面に這いつくばり、人間としての矜恃を捨てようが必ず生き残る。生き残って生き恥を晒してやる。あわよくば戦果を立てて貴族になってやる。
それくらいの「生」に対する執着心と野心がなければ兵士などは務まらないだろうからな。
さあ、訓練に勤しもう。明日にはガルドリック砦へと移動しなければならないからな。
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所々穴が開いてしまっている所を見るに、よほど力を込めて書いたのだろう。手でも震えていたのか字もそれまでの流麗さはなりを潜め、荒々しく書いてある。
だが、そこにはこれを書いたガイストのとても強大な「生」への執着心となにより、今自分が感じていることと同じ「死に対する恐怖」が渦巻いているように感じられた。
なにはともあれ、自分の理術に対するヒントをガルドルフに聞くことができるのだ。
(理術を使えるようになれば、アグル兄さんに勝つ確率も上がる)
ひとまずはアグルとの模擬戦に勝つこと。そのために様々な方法を模索していこうと決意したレイドだった。