『おやすみ』
本当はもう少し、漂っていたい。
今ここで散るとしても、
貴方といられるのなら本望かしら。
最後に目に映るのが、貴方でよかった。
また、60年の時が過ぎた。
私も柊希も、すっかり歳を取って変わってしまった。
結局、私がスマートフォンとやらの機械に慣れることは無かったし、特にこれと言った凄いことはしなかった。
強いて言うなら、柊希と二人で色んなところへ旅行へ行くことが多くなったことかしら。
実際には、残る限りの魔法を使った不法滞在だけれど。
色んなところで色んなものを見て、食べて、写真を撮った。
「今まで、楽しかったわね、柊希。」
ベッドに入って、思いを馳せる。
布団があったかかったのだろうか。目を瞑ると寝てしまいそう。
「そうだねぇ、やりきった、って感じだね」
相変わらずののんびりとした声で柊希は言った。
「"今度"は、何がしたい?」
ぎゅ、と手を握る手は、布団以上に温かく感じる。
「そうね…」
私は少し悩んで、こう告げる。
「私、今度も貴方と一緒にいたいわ。今よりもずっと。」
本心だった。
叶うなら、一緒にいたい。
出来るだけ長く。
今度は離れ離れにならないような、そんな人生であってほしい。
「あは、それって、どれだけ長く一緒にいるつもりなの?また魔女にでもなる気?」
冗談っぽく笑った。
「ふふ、それも良いかもしれないわ。」
笑い返す。
「それじゃあ、おやすみなさい、柊希。」
最後に私の手を握っていた彼の手に口付けをし目を閉じる。
すぐに意識は遠退いて、
深い、深い、二度と覚めることのない眠りに堕ちる。
「うん、おやすみメアリー、僕の魔女、僕の愛しい人。どうか、どうか良い夢を。」
その言葉が聞こえたかどうかは分からない。
力が抜けて、眠くて仕方ない。
君の手を握って、まだ温かさの残る額に口付けてから、
「おやすみ、メアリー。」
そう言って目を閉じた。
22××年の、家の薔薇の美しい、春の日のことだった。
23××年のある春の日。
少女達は誕生日を迎える。
「姉さんただいま、ケーキ買って来たよ。」
「あら、おかえり、シュナイザー!
ケーキ、今年は作ってくれないの?私、シュナイザーの作ってくれるのが一番好きなのに。」
「姉さん」、「シュナイザー」とたがいを呼び合い、そんな話をしながら、仲良く食事の準備をするのは、
薄い茶色の髪と、水色の瞳がお揃いの男女の双子だった。
-END-
君は、最後まで僕を『柊希』として見てくれた。
それは誰よりも美しく、弱かった君の最後の強がりか。
寂しかったよね。
今度は、離れることのないように
僕らは硬く手を繋いで眠る。
もっと沢山一緒に居させてと、
信じても居ない僕らの神様に願った。