63. ラナさんのお母さん救出作戦 - 12
そう言われて、床に転がっているドラゴンの鬣を手に持ってみる。軽い! それにドスモさんの言うように魔力を流してもほとんど抵抗がない。鬣といっても真っ直ぐで固く、わずかに弾力があるが、私の力ではほとんど曲げることが出来ない。試しに念話を送ってみる。
<< ドスモさん、ありがとうございます。素晴らしいです。>>
<< それはそれは、お役に立てて重畳でござる。>>
実際、ドスモさんの鬣の使い心地は素晴らしいものだ。ひとつ問題が解決してホッとするが、ドスモさんから念話が来たこと自体が問題なんだと気付き、
<< ドスモさん、それでご用件は? >>
と恐る恐ると尋ねる。
<< おお、そうでござった! 実は儂と同じように神にお仕えする聖獣が儂の他にも3匹おっての、そいつらを目覚めさせて良いか女神様のご意向をお伺いしようと思ったのでござる。>>
何?? 聖獣って何? ひょっとしてドスモさんと同じ様なドラゴンが後3匹いるってこと? 冗談じゃない。ドスモさんだけでも持て余しているのに、後3匹って...。何とか引き続きお眠りになって頂く方法は無いのだろうか。仕方が無い、トスカさんに相談してからと考えていたが、その時間はなさそうだ。ドスモさんと直談判するしかないだろう。
<< ドスモさん、実はお話したいことがあります。そちらに伺ってもよろしいでしょうか? >>
<< ここへでござるか? 魔物だらけで危険な所でござるぞ。いや神にとって危険な場所などなかったでござるな。じゃが、魔力遮断結界だけは解除しないでくだされ。さもないと魔物たちが驚いてまた逃げ出してしまう。>>
<< 分かりました。ありがとうございます。>>
私はラナさんにドラゴンの所に言って来ると告げて、驚くラナさんを置いて瞬間移動した。
転移した先は洞窟の中の様だった。だが暗くは無い、洞窟の壁が淡く光っているのだ。明るいとまでは言わないが、不自由のないレベルだ。そして目の前にドスモさんが居た。近くで見るとますます迫力がある。ドスモさんと話をしたことが無ければすぐにでも逃げ出していただろう。
「ドスモさん、急に押しかけて申し訳ありません。」
「なんの、女神殿に尋ねて頂くなど光栄なことじゃわい。こちらこそ礼を言いたいぐらいじゃ。」
「実は話と言うのはその事なのです。前にも言いましたが私は女神ではありません。」
そんなことはありえないと言うドスモさんに、少しだけ時間を頂き、私が生まれつき前世の記憶と魔力があったこと、他の魔導士と知り合いになったこと、魔導士のララ女王とラストさんが女神様から頂いた魔晶石の魔力を使ったら、急に魂が大きく成長したことを話し、
「....ですので、私の今の魔力が神レベルだということであれば、それは魔晶石に充填された女神様の魔力を使ったからです。きっと一時的なもので時が経てばもとに戻るに違いありません。」
と締めくくった。
私の話を聞いたドスモさんはしばらく考え込んでいたが、
「女神、いや、イル殿。一度、魂をじっくり見させていただいてよいか?」
と訪ねて来た。魂を視てもらうのは良いが、そのために魔力遮断結界を解くと魔物が怖がるのでは? と尋ねると、ドスモさんの方でドスモさんと私を包む巨大な魔力遮断結界を張るので大丈夫とのことだ。了承して魔力遮断結界を解くと、顔を近づけて睨んで来る。正直怖い! その巨大な顎にパクッとされそうで、本能的な恐怖が湧きあがり身体が震える。ドスモさんは1分くらい私の魂を観察していたが、その後は目を瞑りしばらく考え込んだ。そして再度目を開いた時には決心がついた様だ。
「イル殿の魂は本物じゃ。魔力も一時的な物では決してないでござる。儂ら聖獣の力は神より与えられたものじゃが、それとも違う。イル殿の力は自分の魂から出ておる。女神の魔力が充填された魔晶石を使ったことが魔力が増えるきっかけになったのではあろうが、決して女神の魔力を取り込んだから力が上がったのではない。魂自体が成長しているでござる。その意味では神としての資格を有しているでござる。じゃが、問題もある。神となるには余りにも経験不足でござる。この世界に生を受けて僅か6年とは思いもしなかったでござるよ。前世の記憶があると言ってもおぼろげなものなのでござろう? それでは心もとないでござるな。神を名乗るにはせめて1000年分の経験が欲しい所でござる。」
ドスモさん、今さらっととんでもないことを言ったね。1000年分の経験って、私そんなに生きられませんけど。いや、確かに寿命を延ばす魔法はあって、ララ女王やラトスさんは500年以上生きている様だけど、私はそんなに長く生きるつもりは無い。アマルと結婚して、一緒に歳をとるつもりだからね。
「私、1000年も生きられませんよ。」
「未来のことは誰にも分からないから面白いのでござるよ。儂は1000年後を楽しみにしてもう一度眠るとするでござるよ。目覚めた時にまた会えることを楽しみにしておるでござる。」
おおっ、話が都合の良い方向に進んだ。でも、これで良いのだろうか? そう言えば私のことばかり話したが、私はドスモさんのことを何も知らないのに気付いた。
「あの、前の神様がおられた時、ドスモさんはどんなお仕事をされていたんですか?」
「儂か? 儂の役目は人族の共通の敵となることじゃった。人族は良く戦争をしおっての、そんなときには、儂が戦場まで出向いて両方の軍隊に脅しをかけるんじゃ、山のひとつも吹き飛ばしてやれば十分じゃったの。儂が両方の国を滅ぼすと宣言すると、どちらの国もあわてて手を結んで協力して儂に向かってきおる。適当な所で儂が退散すると戦争は終結じゃ。その後は儂がいつ攻めて来るか分からんもんじゃから、仲たがいをしてる暇はないと言う訳じゃよ。神からは「損な役回りですまん」と良く言われた物じゃが、儂はそれで良いと思っていたでござるよ。神の役に立てるのでござるからな。」
なんと、そんな憎まれ役を引き受けていたなんて、ドスモさんは何て良い人なんだろう。
「そうなんですね。そういえば神様はどんなお方だったんですか?」
「そうじゃの、結構ひょうきん者じゃった。あと、女にはだらしがなかったでござるな。」
「えっ、前の神様って女神様じゃないんですか?」
「いや、男神だったでござるよ。」
あれ? 話がおかしい。ララ女王とラトスさんは女神様にあって力を貰ったんだ。でもドスモさんが活躍していた時の神様は男神だという。男の神様がこの世界を去った後で女神様が現れたということか? でもそれなら、その時ドスモさんが目覚めなかったのはなぜだろう?
「それでは儂は眠るでござる。じゃが、用があったらいつでも起こして下され。」
といってドスモさんは洞窟の奥へと消えて行った。きっとそちらに寝室があるのだろう。私はラナさんの待つ宿の一室に瞬間移動しながら、神様っていったいなんだろうと考えていた。
宿に帰ると、精神的な疲れがどっと出て、側で心配そうに見つめるラナさんに思わず抱きついた。ドラゴンのドスモさんに間近で見つめられるのを耐えるのはかなりのプレッシャーだった。ラナさんの顔を見て気が緩んだのだ。その後はラナさんにドスモさんとの会話の内容を説明して、「まるで神話のお話を聞いている様です」と呆れられた。そんなこんなで、トスカさんに念話を飛ばすのをすっかり忘れていた。もっとも、トスカさんからも呼び出しが無かったからお互い様ではあるが。
翌日になって、私とラナさんは宿でドレークさんを待っていた。ドリアさんを受け取りに朝一番に奴隷商人の店に一緒に行く約束なのだ。だが、いつまで待ってもドレークさんがやって来ない。結局ドレークさんがやって来たのは昼も過ぎた頃だった。なんだか気落ちしている雰囲気である。驚いたことに、ドレークさんは私たちの前まで来ると、頭を深々と下げ、
「済まん。ドリアを買い取ることはできなくなった。」
と言い出した。驚くラナさんと私。とにかく事情を聞かせて欲しいと宿の食堂のテーブルに着き、お茶を飲みながら話を聞くことにした。
ドレークさんの話をまとめると、農園主が突然農園を売却することに決めたらしい。同時にドレークさんは農園を解雇されることになった。農園を解雇されるということは収入が無くなると言うことだ。それではドリアさんを養って行けないと、ドリアさんを買い取るのを諦めることにしたらしい。その場合は、ドレークさんは奴隷商に違約金の金貨一枚を支払い。ドリアさんはもう一度オークションにかけられることになる。
「なんでそんな事に...」
と言うラナさんの当然の疑問に、ドレークさんは「あくまで噂なのだが」と断った上で話をしてくれた。なんと、農園主は昨日逮捕されたコントラと関係があったらしい。その為多額の賠償金を払わなければならなくなり、農園を売却するしかなくなったとの噂だ。
「私が余計なことをしなければ...」
と悔やむ私を、ドレークさんとラナさんのふたりが慰めてくれる。私が手を出さなければ、ドリアさんはコントラの物となり最悪の事態になっていた。それに比べれば、再度オークションにかけられるとしても、コントラに入札される心配のないオークションなら遥かにましだと言ってくれる。でも、ドレークさんに落札してもらったと喜んでいるはずのドリアさんはガッカリするだろうな...。
その時閃いた。トスカさんだ!元々の計画通りトスカさんにドリアさんを買い取って貰えば良いんだ。その上で、もしドリアさんが私たちと一緒に草原に来るのを嫌がったらトスカさんの奴隷にしてもらったら良いのでは?我ながら良いアイディアだよ!ドレークさんとラナさんも賛成してくれたので、トスカさんに念話を飛ばした。
<< トスカさん、イルです。相談があるのですが時間を取れませんか? >>
<< イルちゃん! 良いところに!頼む、すぐこっちへ来て助けてくれ! >>
「あー、君たち、今から大切なお客さんが来るんだ。済まないがこの話は又次の機会に...。」
「違うって、女じゃ無い、いや、女には違いないけれど、君たちが焼く様な相手じゃないから...」
念話にトスカさんの思考が混じっている。何だか文句を言われている雰囲気だ。どうしよう。でも助けてくれって言われたし、今一好きになれないけど、トスカさんにはお世話になったのも確かだしなあ。仕方がない、揉め事に飛び込むのは嫌だが、ここは協力するか。




