55. ラナさんのお母さん救出作戦 - 4
確かドリアはラナさんのお母さんの名前だ。体調のことを聞かれるということは病気なんだろうか?
「ドレークさん、わざわざ済みません。私は大丈夫です、ただの風邪ですよ。昼からは働けると思います。」
「無理はせん方がいい。まだ熱も下がってないじゃないか。きっと、ラナちゃんのことで心労が溜まっていたんだ。大丈夫だ、奴隷商人達は全滅したらしいが、ラナちゃんの入っていた檻だけは見当たらなかったんだ。きっと生きているさ。」
「そうですね。そうですとも、あの子は強い子です。死ぬなんてありえません。私はそう信じてます。」
「その意気だ。それとな、臥せっているところ悪いんだが、明日のことだが...。」
「分かっています。覚悟はしてました。気にしないで下さい。」
「済まん。旦那様には考え直してくれる様にもう一度お願いしたんだが、無理だったよ。明日の朝、奴隷商人に引き渡すとさ、そのまま町に連れて行かれて競りにかけられるらしい。力に成れず申し訳ない。」
「いいんですよ。元はと言えば、ラナのことで気落ちして働きが悪くなっていた私が悪いんです。ドレークさんにはずっと庇ってもらってばかりでしたね。ありがとうございました。お元気でいて下さいね。」
「ドリアもな。いいご主人に買われる様祈っているよ。」
ここまで聞いていたラナさんが、スッと立ち上がり宿舎の扉の方に歩き始めた。あわてて手を引いて止めるが、
「ドレークさんなら大丈夫です。きっと私達のことは黙っていてくれます。」
と返してくる。ドレークさんて、確かラナさんが言っていた奴隷監督の人か? 本当に大丈夫なんだろうか? でもここはラナさんを信じることにする。
ラナさんは小走りに宿舎の扉に近づくと、そのまま扉を開け中に飛び込んだ。私も後に続く。宿舎の中は大きなひとつの部屋になっており、粗末なベッドが沢山、整然と並んでいる。奴隷の人達の寝室なんだろう。その内のひとつに横になっている人影にラナさんが、「お母さん」と話しかけた。途端にドリアさんが叫ぶ様に声を発した。
「ラナ!!!」
ラナさんはそのままドリアさんに走り寄り抱き着く。
「ラナ! ああっ、ラナ!! 本物よね? いえ、幽霊でもいい、また会えるなんて夢の様...。」
とドリアさんが目に涙を一杯溜めながら言う。
「馬鹿ね、お母さん。幽霊じゃないわよ。勝手に殺さないで。」
とラナさんが泣き笑いしながら答えた。
そのふたりのやり取りを、ドレークさんがあっけに取られた表情で眺めている。黒髪に髭を蓄えた中年の小柄な男性だ、ちょっとお腹が出て居る。ドリアさんは少しやつれているが、ラナさんと同じ金髪の美人さんである。
「ラナちゃん、これはいったい...。」
とドレークさんが漸く声を発した。
「ドレークさん、お久しぶりです。母の面倒を見て下さり有難うございます。」
「いや、そんなことより、どうやって助かったんだ。奴隷商人達は全滅したと噂で聞いたぞ。」
「はい、草原でオカミの群に襲われたんです。他の人達は全員オカミの餌食になったんですが、私だけが檻に入っていたのでオカミも手出し出来ず助かりました。でもオカミが去ったあとも檻から出ることが出来なくて、飢え死にしかけていたところを、こちらのイル様のお兄様、ヤラン様に助けて頂いたのです。今はイル様のご一家と一緒に住まわせて頂いてます。」
「そうか、それは良かったな。うん、顔色もいい。服もちょっと変わってはいるがちゃんとした物を着せてもらっている様だし、酷い扱いは受けて無いようだな。良かったじゃないか。」
「はい、私は幸せです。それと...」
と、左手の指輪をドリアさんに見せながら続けた。
「私、もうすぐヤラン様と結婚するんです。そのことをお母さんに知らせたくて...」
「まあ! おめでとう、ラナ。 それで、ヤラン様ってどんな方なの?」
「とっても素敵な方よ。お母さんも会ったら絶対に気に入ると思う。」
と顔を赤らめながら幸せそうに言うラナさんを見て、ドリアさんも満足そうだ。
「俺はちょっと出て、夕飯の時まで誰もここに帰って来ない様に手配してくるからな。ゆっくりしていくと良い。」
「ドレークさん、ありがとうございます。でも大丈夫ですか?」
「なあに、これでも奴隷監督だからな、偶にはその権限を使わせてもらうさ。」
と手を振りながら言って、ドレークさんは退室していった。ドレークさん、本当に良い人の様だ。
それから、ドリアさんにラナさんと私がここに来た経緯を詳しく説明した。合わせて、私が草原の魔導士であることも知らせておいた。さもないと、ふたりだけで大草原からトシマル山脈を越えてここまで来たと言っても信じてもらえないだろうからね。私が魔導師である証明も兼ねて、ドリアさんの風邪を治療したら信用してくれたようだ。一方でドリアさんの近況も聞いた。先ほど長耳の魔法で聞いた内容が気になっていたが、やはりドリアさんは明日奴隷商人に売られ、町で奴隷オークションに掛けられる。どうやら、この農園の持ち主から働きの悪い奴隷とみなされてしまったらしい。ラナさんが居なくなって気落ちしていたところに体調を崩したのがその様にみなされた原因の様だ。ドリアさんがそうなった原因は、持ち主が高額の買い取り金額の提示に目がくらんで、ラナさんを奴隷商人に売り渡してしまったことなのだから腹が立つ。最後に私はドリアさんに提案した。
「ドリアさん、ラナさんはもうすぐ私の兄と結婚して名実共に私達の家族に成ります。ラナさんの母親であるドリアさんも私達の家族です。この国を出て私達と一緒に暮らすつもりはありませんか? 私達は遊牧民です、贅沢な暮らしは出来ませんが、毎日の食事に困らないだけのものは得ることが出来ています。なによりラナさんと一緒に暮らすことが出来ますよ。」




