49. アトル先生王座を目指す - 5
トーラさんとトルムくんもアトル先生と同行しているらしい。ラトスさんだけランドルフ伯爵の屋敷に留まっている。まずい、すごくまずい! アトル先生はランドルフ伯爵の庇護の元にあったから比較的安全だったのだ。それが領外に出て、ラトスさんも一緒じゃないとなると、王妃や宰相にとっては邪魔者を消す絶好のチャンスだ。
<< この役立たず! 何が何でもアトルを探し出すんだ! 私らもすぐにそっちに向かう! >>
ララさんはそう宣言して念話を切った。
私達は急いで北に向かう。途中で、アトル先生を探すなら手分けした方が良いと言うことになり、今は3人が別々のルートで北上中だ。途中で何度か信者さん達の団体に会った。全員が私と同じ北に向かっている。3日前にアトル先生はランドルフ伯爵領で王への就任宣言を行った。この情報は噂となって国中に広がりつつある。神からの神託で新しい王に仕え、守る様にと言われた信者さん達が、アトル先生が滞在しているはずのランドルフ領に向け駆け付けているのだろう。だが、今はランドルフ領にアトル先生はいない。シナリオが狂ってしまった。
私も北に向かう途中では、何度も探査魔法でアトル先生を探し、念話でも呼びかけているが今の所応答はない。だがまだトワール国の半ばまで来ただけだ。これからが正念場である。次の瞬間移動で嫌なものが見えた。軍隊だ! 王妃側か宰相側か不明だが、私と同じ様に北上している。アトル先生を探しているのだろうか? アトル先生がランドルフ伯爵領を出たという情報がこんなに早く伝わるとは思えないが...。いや、あり得る、ランドルフ伯爵領にも王妃や宰相のスパイは居るだろう。それに通信の魔道具を持っている可能性もある。通常の通信の魔道具の伝達距離は精々50キロメートルくらいだが、何台もの魔道具があれば伝言リレーで遠くまで情報を伝えることも可能だ。今やアトル先生は王妃や宰相にとって、目の上のたんこぶも良いところだ。当然排除するための努力は惜しむまい。ますます焦りが募る。
何度目かの瞬間移動で、ついにアトル先生が探査魔法に引っ掛かった。急いでアトル先生の居る方に向かう。ララさんとトスカさんにも念話で連絡済みなのですぐに到着するだろう。近くに人が居る所に瞬間移動でいきなり現れるとまずいので、少し離れた場所に転移し様子を見る。アトル先生はどこかの信者さん達の団体と一緒の様だ。数百人は居るだろうか。探査魔法での反応からして、カルルもトーラさん、トルムくんも一緒だ。良かったと安堵した時、ララさんが私の傍に転移した。ララさんもアトルくんが無事と分かって安心した様だ。
「何とか間に合った様だね。どれ、ラトスの奴に知らせるか。」
と言いながら亜空間から、通話の魔道具と直径1メートルほどもある巨大な魔晶石を取り出した。魔晶石にはとんでもない量の魔力がチャージされているのが分かる。見詰めていると引き込まれそうになる。
「ひょっとして、それも女神様に貰ったと言う魔晶石ですか?」
と私は思わず尋ねた。でも女神様に貰った魔晶石は、地竜退治で使ってしまったはずだ。
「ああそうだよ。言ってなかったかい、女神様からは全部で4つの魔晶石を貰ったのさ。今残っているのはふたつだけだけどね、ラトスと私がひとつずつ持っているよ。遠距離での念話に必要だからね。」
ララさんは通話の魔道具から出ているコードを魔晶石に繋ぎながら答えてくれた。そうだったのか。女神様からもらった魔晶石はひとつだけだと勝手に思い込んでいた。ラトスさんとの連絡も取れたので、私とララさんが歩いてアトル先生の方に向かおうとした時トスカさんから念話が届いた。
<< 気を付けろ! 騎馬の軍隊が南方からそちらに向かって進軍中だ。距離は約2キロメートル。>>
私はララさんと顔を見合わせた。私の頭に以前兄さんが言った言葉が蘇る。「戦いでは誰かを助けるために、誰かを殺さなければならない」と兄さんは言った。アトル先生達を守るには軍隊の人達を殺さないといけないのだろうか? 軍隊は盗賊と違って犯罪者ですらない。ひとりひとりにその人の帰りを待っている家族も居るだろう。その人を殺したら、父さんを殺された時の母さんや私みたいな思いをする人が増えるのだ。
いつの間にか私は震えていた。ダメだ、私には出来ない。そんな私を見てララさんが優しく言ってくれる。
「心配しなさんな。私がやるよ。」
ララさんが杖を掲げる。軍隊はもう一人一人がはっきり視認できる距離まで近づいている。ララさんに「止めて」と言い掛けて止めた。ララさんが何もしなければ、今度はアトル先生やトーラさん達が危ない。一緒にいる信者さん達だって、私達の偽の神託を信じてここにやって来たのだ。彼らに何かあったら完全に私達の責任だ...。戦わずに皆を守る方法はないか? 防御結界で囲うには人数が多すぎる。しかも軍隊は兵の数が多い、1000人は居るだろう。少々驚かしたくらいでは引いてくれないだろう...。私にもっと力が有れば...。
「ララさん! 魔晶石を出して!」




