34. 大金を貰いました
今日はアトル先生の最後の授業だ。最後の授業は暗黒地帯についてだった。暗黒地帯というのは通称で、私達がまだ知らない地域という意味だ。トワール王国の北にあるタイガ地帯。トシマル山脈の西端からハルマン王国の南に続く密林地帯、南の小国群の沖合にある暗黒島と呼ばれる大きな島(海流の関係でこの島には船が近付けない)、大きな地域は上記の3つだが、小さなものは各地に点在している。大草原の北の砂漠も暗黒地帯のひとつだった。これらの領域にはほとんど人が足を踏み入れたことがなく、沢山の魔物が生息すると伝えられているが詳細は不明らしい。まあ、私には縁の無さそうな所ばかりだ。最後に 「これ以上は教えられることは無いからね。」と締めくくったアトル先生。
「アトル先生、今まで本当にありがとうございました。」
と、私は深々と頭を下げた。アトル先生には感謝してもしきれない。先生のお蔭で、この世界の状況がかなり正確に把握できたと思う。なにより読み書きができる様になったことが大きい。これからは自分で本を読んで知識を深めていくことが出来るのだ。
「アトル先生、よかったら使って下さい。」
と言って私は手作りの帽子を渡した。せめてものお礼だ。ヤギルの毛から作った布を縫い合わせた帽子に刺繍をしてある。いままでで一番の出来だ。
「ありがとう。」
と言ってアトル先生は受け取ってくれ、さっそく頭に被ってくれる。「似合うかな?」と聞かれたので、「はい、とっても」と答える。実際に似合っている。我ながらうまくできたと思う(少し母さんに手伝ってもらったのは内緒だ)。先生の授業が無くなるのは寂しいが、アトル先生は姉さんと違って同じ居住地に住んでいるのだ、会いたくなればいつでも会いに行ける。
アトル先生が自分の天幕に帰ってしばらくして、久々にラトスさんから念話が届いた。
<< イル嬢ちゃん、元気かの? >>
<< ラトスさん! お久しぶりです。はい、元気です。>>
<< それは良かった。しかしその歳でもう弟子を取るとはのお。驚いたわい。>>
弟子? と考えて漸く気付いた。ラナさんのことだ。さすがはラトスさん、いち早くラナさんの魔力に気付いた様だ。ラナさんの魔力遮断結界の扱いがまだ拙いこともあるけれど。
<< いいでしょう。若くて美人の弟子ですよ。>>
<< なんだと! なんと羨ましい。どうじゃ、その弟子、儂に譲る気は無いかのお? 悪い様にはせんぞ。>>
一瞬迷った。ラトスさんならトワール王国にたくさんの伝手があるだろう。ラトスさんの弟子になれば、ラナさんはトワール王国で魔法使いとして出世出来るかもしれない。金持ちにもなれるかもしれない。でも次の瞬間にはその考えを否定する。ラナさんが望んでいるのはそんなことじゃない。女の勘だ。
<< だ~めです。若くて美人の弟子は自分で探して下さい。>>
<< つれないのお...。>>
まあ、魔法使い自体が珍しいからね、その中で若くて美人でかつフリーの人を探すとなると難しいのはわかる。頑張れラトスさん!
<< まあ、しっかりと教えてやることじゃ。魔法使いとして生まれた以上、魔法がうまく使えるに越したことはないからの。せめて魔力遮断結界くらいは使いこなさねばのお。>>
<< そのつもりです。ご助言ありがとうございます。>>
さすがラトスさん、魔力遮断結界が使えるものの使い方が拙いことまで見抜いている。それにしても、魔力遮断結界は魔法使いであることが見つからないために必要だと思って教えたけれど。それ以外の魔法も教えた方が良いのだろうか。一度ラナさんの希望を聞いてみるのも良いかもしれない。
<< それでじゃ、今日は地竜の女王からとれた魔晶石を販売した金を渡しに来たのじゃよ。トスカから聞いておるとは思うがの。>>
<< はい、伺ってます。わざわざ届けて頂きありがとうございます。そちらに行けばよろしいですか? >>
<< そうしてくれるかのお。そちらに転送しても良いが、何せ大金じゃからのお、直接渡した方が良いじゃろう。>>
<< 分かりました。>>
私はラトスさんの近くに瞬間移動した。ラトスさんは以前と同じように小さな天幕の前に座っていた。ひょっとしたら、この天幕はこの状態のまま収納魔法で持ち歩いているのだろうか。だとしたらなかなか良いアィディアだ。旅をするときには便利この上ない。
「ラトスさん、ご無沙汰しています。お元気そうで何よりです。」
「イル嬢ちゃんもな。それでこれがイル嬢ちゃんの取り分じゃよ。」
と言ってラトスさんの足元にある袋を指さす。袋は4つあって、大きな袋がひとつと小さな袋が3つだ。
「全部で大金貨1,283枚じゃ。大金貨は大きな町じゃないと使いにくいからな、一部は金貨、銀貨、銅貨にしてある。」
と小さな3つの袋を指さす。ということは大きな袋に大金貨、小さな袋3つにそれぞれ金貨、銀貨、銅貨が入っているのだろう。
「ありがとうございます。」
と言って収納魔法で袋ごと亜空間に仕舞った。
「中身は確認しなくて良いのかのお?」
「大丈夫です。ラトスさんを信頼していますから。」
「それは嬉しいのお。だが扱いには注意した方が良いぞ、なにせ小さな国の国家予算並みの金額じゃからな。町のひとつやふたつは簡単に買えてしまう。」
えー! なんとも、とんでもない金額だね。
「魔晶石ってそんなに高価なんですか!?」
「今回は地竜のそれも女王の魔晶石じゃったからのお。その分売却するにも時間が掛かってしまったわけじゃ。」
「分かりました。取扱いには十分注意します。それと、もし弟子をお取りになるのなら、以前頂いた本はお返しした方がよろしいですか?」
「さっきのは冗談じゃよ。もし儂の本が要らなくなったら、イル嬢ちゃんの若くて美人の弟子にやってくれれば良い。美人に使われれば儂も書いた甲斐があるというものじゃ。」
「まったく男って奴は...」 というララ女王の声が聞こえた様な気がした。トスカさんといいラトスさんといい、目の前に若い乙女がいるのに失礼じゃないだろうか。もちろんラナさんに本を譲るのは問題ない。そういえばラナさんは字が読めるかな? 奴隷だったラナさんに教育を受ける機会があったとは思えないから、たぶん無理かな。でも私がこれから読み書きを教えてあげれば良いわけだ。魔法より読み書きの方が先だよね。読み書きができればラトスさんの本で魔法の勉強は出来るものね。
「分かりました。そうさせて頂きます。」
「ところで...。」
とラトスさんが改まって聞いてきた。
「あの本の中にイル嬢ちゃんが知らなかった魔法はあったかのお?」
なるほど、それが気になっていたか。なにせあの本に記載された魔法はラトスさんが一生を掛けて研究した成果なのだ。
「ええありましたよ。光魔法で自分の姿を自由に変える魔法は面白そうですね。いつか使ってみたいと思います。」
と笑顔で答えたのだが、何故かラトスさんの表情は暗い。
「知らなかったのはひとつだけかの? これは恐れ入ったわい。」
ありゃ、しまった落ち込ませてしまった様だ。なにせラトスさんが人生を掛けて研究した成果だったからな。こんな小娘がほとんどの魔法を知っているとなるとガッカリするのも無理はない。私の場合は前世の記憶があるから特別なのだがそれを話す訳にはいかないし。
「大丈夫ですよ、私の若くて美人の弟子にはあの本を使って修行させますから、きっとラトスさんのことを尊敬すると思いますよ。」
とフォローすると機嫌が直った。なんかチョロいぞ...。




