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33. ラナさんの悩み

「大丈夫、ヤラン兄さんはそんな心の狭い人じゃないよ。妹の私が保障する。」


と励ますが、ラナさんの顔は暗いままだ。ここで私は一計を案じる。


「ねえ、ラナさんは刺繍が出来る。」


「とんでもない。縫い物はしたことがありますが、刺繍なんて私達奴隷には縁がありませんから。」


「私、母さんから刺繍を習っているんだけど、それなら一緒に習わない? それでね、素敵な刺繍を完成させて兄さんにプレゼントするの。」


「わ、私がですか? 無理です、刺繍なんてしたことが無いんですよ。」


「そんなの、私も同じ様な物よ。それじゃ、もしうまくできたらで良いじゃない。気に入らなければ自分で使えばよいのよ。」


「そ、それでしたら...。」


となんとか、刺繍をさせるのに成功した。後はハンカチに刺繍したものを兄さんにプレゼントすればよい。兄さんのレナさんを見る時の態度からして、きっとうまく行くと思う。これには母さんのお墨付きもある。


 昼近くになって、ヤラン兄さんを含む偵察隊の面々が帰ってきて、長老にオカミ達の群は遠くに行ってしまった様だと報告した。これでこの騒ぎはひとまず終着を迎えたわけだ。


 さっそく、その日から裁縫と刺繍の授業にラナさんも加わった。ラナさんは裁縫の方はある程度出来る様なので、主に刺繍を練習することになった。奴隷時代にも自分達の服は自分達で縫わなければならなかったので裁縫は必須技術だったらしい。最初は私がヤラン兄さんの誕生日に作った小さな花の刺繍からだ。小さな刺繍だが、母さんが言うにはこれにはすべての刺繍の基礎が含まれているらしく、これを発展させていけば色々な刺繍が作れる様になるとか。


「ラナさんもここで結婚するんなら、花嫁衣裳の刺繍は自分でしなければならないからね。しっかり覚えないとね。」


と母さんが言うと、戸惑った表情になる。


「結婚ですか? 私は奴隷ですよ、結婚なんて...」


「ラナさん、ここには奴隷なんていないわ。あなたは私達の客人よ。それにヤランから聞いたの、昨日は魔法でこの居住地を守ってくれたんですってね。ありがとうね。」


「いえ、とんでもないです。」


とラナさんは恐縮している。


「ラナさんは器用そうだから、きっとすぐに上達して、素敵な花嫁衣裳が作れるわよ。頑張ってね。」


と母さんが言う。隣でアイラ姉さんの顔が引き攣っているのはご愛嬌だ。それにしてもラナさんは自分が奴隷だという考えから未だに抜け出せない様だ。ヤラン兄さんも私も何度も奴隷じゃないと否定しているんだけどな...。


 ラナさんは生まれた時から奴隷だったそうだ。お母さんも奴隷だったのだ。お父さんは誰だか分からないらしい。生まれた時から「お前は奴隷だ」と言われて育ったのだ。それで自分は奴隷だという考えが染みついているのだろうか。そんな奴隷制度が残っている南の小国群にすごく腹が立つ。トスカさんが奴隷制度なんかぶっ潰してくれれば良いのに。ラナさんがトスカさんは女奴隷の待遇改善のために尽力してくれていると言っていたけれど。もしかしたら本当に奴隷のことを考えてくれていたりして...いや、あのトスカさんに限ってありえないとは思うけど...。


 ちなみに私は昨日の行動について母さんから叱られなかった。どうやら兄さんはラナさんが私達を守る為に尽力してくれたことだけ報告して、私のことは黙っていてくれた様だ。


 それから数日して、ソラさんが姉さんを迎えに来た。約束の一月が過ぎたのだ。こちらで1泊してから、ソラさんは姉さんと一緒に自分達の居住地に向かって出発した。出発前にもう一度姉さんのお腹を診察するが、赤ちゃんは元気だ。これなら大丈夫だろう。


「時間は掛かっても良いから、ゆっくり行くのよ。それとお腹を冷やしてはダメよ。」


と母さんは最後まで姉さんに注意する。姉さんは、それを 「ハイ、ハイ」と受け流している。無理もない、もう何度も聞かされたものね。母さんが少し寂しそうな顔をしている。私もだ。一月とはいえ、姉さんが戻ってきて昔の我家に戻った様な気がしていたのだ。その日の夕方、姉さんに念話を飛ばして無事にソラさん達の居住地に到着したことを確認した、姉さんの体調にも異常はないとのこと。それを母さんに報告すると緊張していた顔が穏やかになる。私もいつか母さんにこんな思いをさせる時が来るのだろうか。今日は思いっきり母さんに甘えようと思う。

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