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30. 奴隷の少女 - 3

 天幕の中に入ってから、私はラナさんの手の甲にある奴隷の印を魔法で消した。こうして、ラナさんは私達の客人として一緒に暮らす様に成った。ヤラン兄さんが急いで長老の天幕に行ってきたのは、ラナさんのことはもちろん、近くにオカミの群が来ていることを報告するためだ。遊牧民にとってオカミは天敵だからね。長老は兄さんの報告を聞いて直ちにヤギルの群を呼び戻しに行かせたらしい。明日からはオカミの為の見張りを設置した上で放牧を再開するとのこと。


 翌朝からラナさんに遊牧民の仕事を覚えてもらう。まずは私とヤラン兄さんと一緒にヤギルの乳搾りだ。ヤギルを見るのも初めてらしい。最初はおっかなびっくりやっていたが、意外に器用だ。魔法使いとしての力が発現するまでは、農業奴隷として畑仕事をさせられていたらしい。「農業と遊牧では仕事の内容がまったく異なるから、大変だろうけど気長に覚えれば良いから」と兄さんが励ましている。ラナさんがヤラン兄さんを見る目は特別だ。一緒にいるとしょっちゅう兄さんの方に視線を向けているし、何かうっとりしてる様に見える。この前、母さんに指摘されたが、私もアマルと居る時にはあんな感じなんだろうか? これは完全に恋に落ちてますね。ラナさんの話では檻の中で飢え死にしかかっているところに最初に駆け付けてくれたのがヤラン兄さんらしい。その後も檻から出られないラナさんを励ましてくれ、水やナンを用意し、一生懸命檻の鍵を探してくれたそうだ。一種のつり橋効果ってやつかもしれないが、もともとヤラン兄さんはかっこいいから、そんなことが無くても好きになっても不思議ではない。獣人族と人間族でも結婚できない訳ではない、トワール王国には獣人族と人間族の混血の人達も多く住んでいるらしい。問題は女嫌いのヤラン兄さんの方だよね。


 乳搾りが終わると、朝食を挟んで馬やラクダルの世話の仕方、天幕に帰ってはバターやチーズ、ヨーグルトの作り方と続く。馬とラクダルの世話の仕方は兄さんが教師役、バター、チーズ、ヨーグルトの作り方は母さんが教師役だ。ラナさんは一生懸命覚えようとしている。そして、夕食が終わってホッとしているところを申し訳ないが、今度は私が魔法を教える。教える魔法は魔力遮断結界だ。魔法使いはトワール王国から常に探されていると思った方が良いらしい。ラナさんの魔力では近くでないと感知できないし、こんな草原の中まで探しにくることはめったにないと思うが、それでも用心に越したことはない。魔力遮断結界を常時展開できる様になるまで安心は出来ないのだ。


 まずはお手本を見せるために、私の結界をいったん解除する。途端にラナさんの顔が引きつる。何だろう? と疑問に思ったが、長い間魔力遮断結界を解除していると危険なので、その疑問は無視し、結界の張り方を説明しながらもう一度魔力遮断結界を纏うと、ラナさんが大きなため息をついた。


「すごいです。」


「そうでしょう。魔力遮断結界は魔力をほとんど漏らさない優れものなの。」


「違いますよ、イルさんの魔力です。すごいです。」


「あっ、言ってなかったっけ? 私が草原の魔導士なの。」


と言うと、ラナさんの口があんぐり開いた。


「わ、私、魔導士様にご教授いただいているんですか?」


「そうなるのかな。じゃあ、ラナさんは私の初めての弟子ですね。よろしく。」


「こ、こ、こちらこそよろしくお願いします。魔導士様に教えて頂けるなんて夢の様です。」


こんなに感激されるとは思わなかった。魔導士って、一般の人や魔法使いにはどんな風に思われているんだろう?


「そう言えば、南の小国群には南の魔導士のトスカさんがいるはずですよね。」


「はい、トスカ様は私達奴隷、特に女奴隷の境遇を改善するのに尽力なさってくださっています。とても素晴らしい方です。」


いや、きっと若くて美人の女奴隷限定で、待遇改善に努力しているんじゃないかと思うのは気のせいだろうか。でもラナさんの夢を壊さないために黙っていよう。


「草原の魔導士様と言えば、北の砂漠で何百という地竜をおひとりで退治されたんですよね。」


とラナさんがうっとりした口調で言って来るので、誤解を解くために、あれはララ女王の宣伝で、実際は4人の魔導士の共同作業だと経緯を説明するが、


「それではイルさんが最初に、しかもおひとりで女王地竜を仕留められたのですね! やっぱりすごいです!」


と誤解を解くはずが、ますます尊敬されてしまった。何故だ?....。


と言う訳で1日目の魔法の授業は話をしただけで終わってしまったのであった。まあ、1日、2日で身に付くものではないから気長に行こうと思う。


 10日くらい経つと、ラナさんも遊牧民の仕事に大分慣れてきた。ヤギルの乳搾りは、もともと子供の仕事で難易度は低いから当然として、ラクダルや馬の世話もできる様になった。聞くと農作業でも農耕馬を使っていたそうで、馬の世話については経験があった様だ。ラクダルの世話も基本的には馬と良く似たものだ。チーズやバターの様な乳製品を作ることもできる様になった。もちろんこれ以外にも覚えなければならない仕事はいっぱいあるが、とりあえず仕事を行う上での戦力としてカウントできる様に成ったと言うことだ。魔力遮断結界も張れる様に成った。ただし長時間はまだ無理だ。これを寝ている間も張っていられる様になるには1年はかかるかもしれない。

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