第9話「私、激戦。新たな手下と共に」B
前回のあらすじ。
神を討つ狼「フェンリル」を仲間にした火花は前の飼い主に会う。最近冷えますので皆さまも体調にはお気をつけください。
紫色の肌をした気色のワルイ天使が起き上がっていた。
【フェンリル、あなた魔族を裏切る気?】
「ま、魔族?」
その巨体はまるで私達に見向きもせずフェンリルの頭をそっと撫でた。その顔はまるで子を見守る母のような優しいほほ笑みを見せていた。この時の空気はとても穏やかで、私やミシロちゃんはただ茫然と見つめるしかなかった。
【なるほど、だからこの魔族の少女と旅に出たいと……?あなたがそんなことを言うとは思いませんでした。そこの少女とエルフよ】
「なんですか?」
「は、ひゃい!?」
【このフェンリルを共につけてやってはくれないでしょうか。私はここで静かに死を待とうとしていましたが、このフェンリルはまだまだ若い。どうか。】
「い、いいんですがフェンリルはなんて言ってたのですか?私日本語しか対応してないので」
【ニホンゴ……。なるほど。奴と同郷か。このフェンリルは神を討つ使命を課せられています。しかし神を討つ前にこの世界は人間によって、空の審判の天使によって滅びようとしている。それが気に喰わないと。】
「だから私と人間を滅ぼす旅に出てくれると?」
【ええ。このフェンリルは強情、頑固者ですが貴女と戦って少々変わったようです。】
「ありがたく頂戴します。頂戴でいいのかわからないけど。」
「あっあの火花様発言の許可を」
「許可とかいらないから自由に話してよ?」
「ありがとうございます。あの、魔族様!この国では一体何が起きたのですか?」
【ここでは私が眠っている間に人間同士が戦争になったのです。それはこの間の、たった50年前の出来事です】
「たった50年て……」
「そんな短い間になにが……」
どうやら私だけ時間間隔が違うようで変な壁を感じた。ちょっと寂しかった。
【50年前、この国の王は不死の国を作ろうと魔術師を集め魔法研究に力を入れたのです。あらゆる魔法使い、異種族が集められついに魔法は完成した。しかしそれは人間が望む不死ではなかった。先ほど貴女達が戦ったあれが結果です。そして命を尊ぶ者達が反対するのも目に見えていた。わかるかしら?】
「だいたいそういう命どうのこうの言うのは、宗教……」
【ええ。宗教と王国の戦争です。国民は私を信じる「アングルボザ教」と王国を信じる民との戦争になった。】
「アングルボザ!?伝説の魔族の一人!まさかこの世にいたなんて……」
「誰?」
「簡単に言うとフェンリルのお母君で、神を討つ魔物の始祖、誕生を司る魔族と言われています」
【よく知っているわね。そして結局人間の争いなんて最後は知れています。共倒れ。王国側は魔法を戦争に使い、最後はみんな自滅していった。】
「それがこの有り様ってわけですか。ほんとこの世界の人間は救いようのないゴミですね。」
【そう悪く言わないであげてください。たとえ愚かでも、命の短さと儚さをこの王国の人間は知っていた。だからこそ魔族であり誕生を司る私を信じた。最後は道を誤ったけれど、それが信じた道なのだから】
【それに私は、信じるだけで何も手を貸すことはできなかった。人間の選ぶ道を無理矢理変えてしまうのではないかと、恐れて。人間の前へと進む力を信じて……】
そうアングルボザさんはとても悲しそうな表情をしていた。信じていたが、結局ここの人間達は変わらなかったという悲しみ。自分の力が及ばなかったという悔しさ。
「そう……ですか。」
そう聞くと、私はなんだか自分のやっていることに不安を感じた。
【そんな顔しないで。貴女も自分の信じる道を進んでください。たとえ結果がこの王国のようになったとしても、それは進んだ者にしかわからないのだから】
「はい。私、進みます。」
【さぁ行ってください。貴女に私がただ消えゆく前の、この思いを託せた。この王国の民は私と一緒に連れていくことにします。フェンリル、元気にね。他の子達に会ったら母は魔界で待っている、と。魔族の少女、エルフの子、最後に名を】
「東雲火花」
「ミシロ、です」
名を聞いたアングルボザさんは静かに微笑むと目を閉じ、私達に祈った。
【ヒバナ、ミシロ、貴女達に魔族の幸運を。】
私とミシロちゃんはフェンリルに乗ると、一気に王国の外まで飛び出した。その刹那王国はまるで灰のようにさらさらと風に消えていく。不死者達の安らかな声と共に。
「………」
ミシロは初めて火花の切ない顔を見たのだった。その眼は悲しみと憂いに満ちていた。
「アングルボザさんは、人間を信じていたのかな。」
そのまま火花はフェンリルの背中に顔をうずめた。
「最後まで信じていたのかもしれません。どこかで道を戻すかも、と。誕生を司る存在でしたから。」
「私は、最初からここの人間なんて信じてない。けど………」
「けど………?」
「フェンリルの毛皮めっちゃもふもふじゃん!気持ちいいいい!!」
「えっ!?今のしんみりした流れからどうしました!?」
「けどね、私も私が信じる道を進むことにするよ。」
私はいつの間にか右手の薬指にはめられた指輪を王国に向けて眺めた。フェンリルの目に似た真っ赤なルビーのような宝石がキラキラと輝き、美しくも悲しみに染まっていた。
「人間を信じていた思い、受け取りました。」
そして私は振り返らず、フェンリルと共に次の街へ駆けだした。
次回は明日更新予定。