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第八十九話 尖塔の戦い 

 見上げれば(おぼろ)なる月明り。雲間からもれいずる星明り。


 そんな空を背景に、跳ねるように中央棟の壁面を駆け上がっていくジャミロのシルエットが微かに見えました。


「上に逃げてどうするつもりなのかしら?」


≪そんなもん決まっとるがな。城壁の外へ飛び降りる気や≫


 ワタクシは独り言のつもりだったのですが、メタルフリーデが呆れたというニュアンスでそれに応えました。


「飛び降りる?」


≪たぶんこの高さから飛び降りても大丈夫なんやと思うで。アイツ、猫やし。シミュレーション上は、尖塔のてっぺんで踏み切れば一気に城壁の外に飛び降りられるはずや≫


 苦し紛れに上に逃げただけ、そう思っていたワタクシは焦りました。


 ここまで無茶苦茶にされて、あの男を逃がしてしまったら、お義兄(にい)さまになんと詫びれば良いのか想像もつきません。


「メ、メタルフリーデ! なんとかなさい!」


≪ほな、登らなしゃーないな≫


「は? 登るって……壁を?」


≪せや。大丈夫、大丈夫。そのための進化やで。何も心配あらへん、お嬢は登ろうと思うだけでええねん、後はワイがええ感じにやるよって。オートマやから、ワイ≫


 つまりサル型に進化したのは、壁面を登らねばならない状況になることが分かっていたから。そういうことなのでしょう。


「でも、暗くてジャミロの姿はほとんど見えませんわよ」


≪基本オートマやから、見えんでも問題ないんやけど……。まあええわ、熱源視覚(サーモヴィジョン)に切り替えたろ≫


 メタルフリーデがそう口にした途端、視界が青のグラデーションに染まりました。


 見上げれば、壁面を跳ねながら登っていくジャミロの姿だけがオレンジ色に浮かび上がっています。


≪温度の高いもんが(あこ)う見えるんや。これやったらはっきりわかるやろ。ほな、お嬢! いきまっせ≫


「わ、わかりましたわよ!」


 ワタクシは意を決して壁に手をかけます。その瞬間、耳元でメタルフリーデのやけに平板な声が響きました。


≪ジャイロバランサー起動、登攀モードに移行、オートパイロットを選択≫


「え、なに? きゃっ!?」


 途端に、戸惑うワタクシをよそに勝手に手足が動き出しました。


 メタルフリーデは石壁のわずかな隙間に指先をかけて、ものすごい勢いで壁面を駆け上がり始めます。


 壁面はギシギシと(きし)んで、砕けた石壁がポロポロと零れ落ちます。当然です。生体甲冑(ヴィヴァンデッド)の重量は人間の比ではありません。統一王国時代の古い建造物がそんなものに耐えられるわけがないのです。


 ですが、メタルフリーデはそれをものともせず、崩れ落ちる前にさらに上、さらに上へと飛び移っていきます。ワタクシはただただ目を見開いて、それを見ているだけです。


 メタルフリーデは進化と言いましたが、たしかにこの形状にならなければ、とてもではありませんが、こんな垂直の壁を登ることは出来なかったでしょう。


 先をいくジャミロとの距離はおよそ十シュリット(約七メートル)ほど、すでに三階を越えて尖塔の壁面に手をかけています。


「急いでくださいまし!」


≪まかしときっ!≫


 メタルフリーデがそう答えた途端、伸ばした腕、石壁の隙間を掴んだ指の辺りで唐突に赤い色が広がっていくのが見えました。


 石のブロックの温度が急上昇したのです。そして『ボンッ!』と軽い音を立てて、その部分が砕け散りました。


「なっ!?」


 途端に、メタルフリーデの巨体がバランスを崩して揺らぎます。


≪こなくそっ!≫


 メタルフリーデが、腕を伸ばしてそのすぐ隣の石へと手をかけるも、そこもまた真っ赤な色が広がっていきます。


「メタルフリーデ! 呪言(ムガンボ)ですわ」


 私は思わず声をあげました。ワタクシの目には、はっきりと見えたのです。メタルフリーデが手をかけた石のブロック、そこに十字の傷が刻まれていたのを。


接触禁止(ムシュモネ)』――先ほどコフィさんが壁に呪言(ムガンボ)で空間を作って逃れようとした時に、ジャミロが使ったまさにそれでした。


 恐らくブロックに傷をつけて、メタルフリーデとの接触を禁じたのでしょう。


 一つの石が爆ぜたら、メタルフリーデは隣の石へと手を伸ばします。次々に砕け散っていく石壁。落ちる! 自分の顔が恐怖に引きつっているのが分かります。


「ははははは! 落ちろ! 落ちやがれ!」


 上の方から、ジャミロの勝ち誇ったかのような笑い声が降ってきます。そして、ついにメタルフリーデの両手が壁面から離れて、ぐらりと上半身がのけぞりました。墜ちる! 背筋をひんやりと冷たいものが駆け抜けたその瞬間――


生体甲冑(ヴィヴァンデッド)ナめんな、ボケぇ!!≫ 


 メタルフリーデは、いきなりエビぞったかと思うと壁面を蹴りつけてぶち破り、突っ込んだ足を支えに身を起こして、今度は壁面を殴りつけました。


 轟音とともに砕け散る石壁。一瞬、石のブロックが赤熱しかけるも、メタルフリーデは関係ないとばかりにそれを打ち砕き、空いた穴に腕を差し込んだかと思うと、壁面を穴だらけにしながら、再びものすごい勢いで壁面を登り始めました。


「何考えてやがる! 頭おかしいんじゃねぇのか!」


 顔を引きつらせながら、ジャミロは慌てて尖塔を登り始めます。


 そして、ワタクシたちが屋根の上へとたどり着く頃には、ジャミロはすでに尖塔の頂上にまでたどり着こうとしていました。


「くっ……間に合いませんわ」


 ワタクシが思わず唇をかみしめると、メタルフリーデが耳元でささやきました。


≪お嬢……お兄はんに、ちょび――――っとだけ怒られるのと、アイツ取り逃がすんやったらどっちがええ?≫


「は?」


 その問いかけに、ワタクシは思考を巡らせます。


 ここでジャミロを逃せば、また復讐しに戻ってくるに決まっています。ましてや、このままではお義兄さまになんと申し開きをすれば良いのかもわかりません。


「ちょびっと……ですのね?」


≪ちょびっとやで≫


 見上げれば、尖塔の上では、ジャミロが今にも飛び降りようと身をかがめているのが見えました。あとはもう手を放して跳躍するだけ。もう、一刻の猶予もありません。


「じゃ、じゃあ怒られる方で……」


≪まあ、しらんけど≫


「ちょ! ちょっとぉおおお!」


 思わず声を上げるワタクシを無視して、メタルフリーデが唐突に尖塔にしがみつきました。


「ど、どうするんですの!」


≪こうするんや!≫


 そう答えると、メタルフリーデは長い腕を尖塔に這わせて、力任せに揺らし始めたのです。


 ギシギシと(きし)む石壁。積み上げられた石と石の間から石礫が飛び散って、尖塔の上でジャミロが大慌てで尖った屋根にしがみつくのが見えました。


「な、なんだ!? お、おい、やめろ!」


≪もう遅いわ、ボケ! お前のせいでお嬢がお兄はんに怒られんねんぞ!≫


 違います。どう考えてもアナタのせいです。


 もはや、ワタクシの心には波風一つ立っていません。明鏡止水、ダメだコイツの境地です。


 下の方に目を向ければ、熱源視覚(サーモビジョン)のカラフルな視野の中でいくつもの赤い点が、潮が引くように移動していくのが見えます。中庭の兵士たちが身の危険を感じて、逃げまどっているのでしょう。


≪死んでお嬢に詫びなはれ!≫


 むしろお前が詫びろ! と、ツッコむより先に、すさまじい音を立てて尖塔がへし折れて倒壊し始めました。ゴゴゴッと音を立てて崩れ落ちる尖塔、私たちが立っている屋根にもピシピシとひびが走り始めます。


≪ほな、とどめや!≫


「……え? きゃあああああああ!!」


 その瞬間、メタルフリーデは尖塔にしがみついたまま落ちていくジャミロに向かって跳躍しました。落下する感覚、背筋にゾワッとした感覚が走ります。おもわず顔を引きつらせるワタクシ。そんなことなどお構いなしにメタルフリーデが気持ちよさげな声を上げました。


≪食らえ! 超必殺ゥ! ニードロップや!≫


 視界には大きく目を見開いたジャミロの絶望的な顔。その向こうにものすごい勢いで地面が迫ってきます。ワタクシは恐怖のあまり、思わず目を瞑りました。


 視界が閉ざされると、風斬り音とジャミロの絶叫が耳に突き刺さります。そして突然の静寂。次の瞬間、大地と鋼の甲冑がぶつかり合う凄まじい轟音とともに、激しい衝撃が全身に襲い掛かってきました。

お読みいただいてありがとうございます。

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