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第八十七話 逆転、逆転、また逆転 中編

 振り上げられた棍棒。


 子供をその身で(かば)う母親。私はその上へと覆いかぶさるように飛び込んだ。


 一撃。たった一撃耐えればいい。


 腕が折れようが、足が折れようが、頭をかち割られようが関係ない。


 その棍棒の一撃を耐えきったら、徹底的にぶちのめしてやる。


 悪は必ず滅びる。いや、滅ぼしてやるのだ。


 私は身を固くして(きた)るべき衝撃を待ち受ける。


 閉じた(まぶた)に、知らず知らずに力がこもる。


 だが……いつまでたっても棍棒は落ちてこない。


 その代わり、頭上から(こぼ)れ落ちてきたのは――


「ぐぅっ……」


 (うめ)くような男の声だった。


 私は恐る恐る顔を上げる。すると棍棒を振り上げた態勢のまま、ケケモットが目を血走らせながら、その身を小刻みに震わせていた。


 よく見てみれば、ケケモットの首と振り上げた棍棒には、その背後から伸びた黒い縄が巻き付いている。


 私はあわてて、子供ごと母親を抱きかかえると、その場から飛びのいた。


 そして、母親と子供を下ろして、ケケモットの背後へと目を向ける。


「……なんで、お前がこんなところにいる! 縄使い!」


「ワタシだって来たくて来たわけじゃないわよ。かわいいお嬢ちゃんに泣きつかれたら、仕方ないじゃない」


 私の視線の先には、左右それぞれの手に掴んだ縄でギリギリとケケモットの首と棍棒を締め上げて引き吊り倒す女兵士の姿……いや、()()()()()()()の姿があった。


 身長はスラリと高く、黒髪は腰に届きそうなほどに長い。透き通るような肌の美女……何も知らなければそう見えることだろう。だが男だ。


 ヤツの背後には、おどおどと心配げな表情のギュネさんの姿。おそらくムィ君を城砦へと運ぶ途中で、この男女(おとこおんな)に出会って助けを求めたということなのだろう。


 ……よりによって、こんなヤツに。


「お前の助けなんぞ、いらん」


「よく言うわ、ビビッてたくせに……かっこ悪いわよ」


 この男女(おとこおんな)の名はモルドバ。


 私がまだ王都で悪徳貴族を狩っていた頃に、何度もやりあう羽目になった凄腕の傭兵だ。いや、元傭兵か。


 マグダレナさまとともにこの城砦に配属された時に、兵士の中にコイツがいるのを見つけて、正直目を疑った。


 こんなところにいるというだけでも驚きなのに、完全に女になっていたからだ。見た目は。


 確かに元から美男子だったが、流石にこれは二度見した。マグダレナさまも二度見してた。綺麗な二度見だった。あの方が二度見するぐらいだから相当なものだ。


 だが、認めたくはないが、そんな頭のおかしい見た目とは裏腹に腕は確かだ。


 マグダレナさまですら、私よりもコイツの方が上だと思っておられる節がある。


 確かに私とコイツとの勝負は一勝二敗。だが最後の一敗は、ちょっとした邪魔が入った結果であって、実力の問題ではない。


 こいつの方が私より強いなんて絶対に認めない。


 なにより金さえ払えば、悪人ですら平然と守るようなヤツだ。


 断じて、コイツに正義などありはしないのだ。


 地面へと引き倒されて呻くケケモットをよそに、睨みあうモルドバと私。


 もはや誰と誰が敵対しているのかも怪しい険悪な空気が立ち込める。


 だがそんな中、モルドバの背後から顔を覗かせたギュネさんが意を決したように声を上げた。


「だ、だ、大丈夫です! ……パーシュさまはかっこ悪くなんてありませんから!」


 途端に、何とも言えない微妙な空気が険悪な空気を押しのけて、


「あ……うん、まあ……そういうことにしておくわ」


 と、モルドバがバツの悪そうな顔で苦笑した。


 だが、それとほぼ同時に、地面に引き倒されて呻いていたケケモットが声を荒げる。


「な、なんだ……テメェらはっ!」


「よそさまの庭で勝手に大暴れして、なんだテメェらとは酷い言い草ね」


 モルドバが呆れたといわんばかりに肩を竦めると、ケケモットは怒り狂った様子でさらに大声を上げた。


「テメェらまとめてぶっ殺して、動く死体に変えてやる!」


 モルドバは私の方へと向き直ると、ため息交じりに、こう問いかけてきた。


「……だってさ。どうする?」


「そんなもの決まっている」


 考えるまでもない。私はケケモットの方へと歩み寄りながら、拳を固く握りしめる。


「悪は滅ぼすのみだ」


「そうなるわよね」


 その瞬間、ケケモットの顔が盛大に引き攣った。



 ◇ ◇ ◇



「はははっ、そいつは実にくだらん男だが、こういう使い道もあるってことだ」


 盛大に笑い声を響かせながら、生体甲冑(ヴィヴァンデッド)の巨体を踏み越えて、ジャミロがこちらへ、一歩一歩と近づいてきます。


 慌てて確認するも、どこで落としたのか、私の手に連接棍(フレイル)は既に無く、抗う手段はありません。


 私とロジーは、コフィちゃんとミュリエ・ボルツを背後に(かば)って、ジャミロを睨みつけました。


「お下がりなさい!」


「私たちに指一本でも触れれば、坊ちゃまが黙っておられませんよ!」


 もちろん、素直に言うことを聞いてくれるとは思っていませんけれど、他に言葉が出てきません。正直に告白すれば……怖いです。逃げ出しそうになる身体を押さえつけて、強がるのが精一杯です。


 ジャミロは目の前まで来ると、私の目を見据えました。


 そして、ニヤッといやらしい(わら)いを口元に張り付けたかと思うと、次の瞬間、無造作に右腕を振るって、私の身体を薙ぎ払いました。


「きゃっ!」


「うっ!」


 それは、まるで羽虫でも払うかのような挙動。石壁に叩きつけられた衝撃で、目の前に星が飛び散ります。胃の()が締め上げられるような感覚を覚えて、はしたなくえづいてしまいました。


 ですが、ジャミロは興味がないとばかりに、それ以上私たちには目もくれず、コフィちゃんの方へと歩み寄っていきます。


「手間をかけさせやがって、このクソガキが!」


「にゃぁ……」


 ジャミロに見据えられて、コフィちゃんはぐったりとしたミュリエ・ボルツの身体にしがみつきながら声を震わせました。


「……コ、コフィはどうなってもいいのにゃ、だ、だから、み、みんなには手を出さないでほしいのにゃ」


「ダメだ」


 途端に、コフィちゃんの両目にジワッと涙があふれてきました。


「……といいたいところだが、こいつらは人質として、他の連中を大人しくさせるのに必要だからな。だが……お前はダメだ」


 ジャミロのその言葉に、コフィちゃんがわずかに安堵の表情を浮かべるのが分かりました。


 ダメです。そんなの絶対にダメです。あんな小さな子が犠牲になって、私たちが助かったとして、そんな命に何の価値があるというのでしょうか。


「コフィちゃん……逃げて……」


 私のそんな声を全く無視して、ジャミロが楽しげに口を開きます。


「そうだな……今度は、空気と接触禁止にでもしてやるか……」


 空気と接触禁止!? 


 馬鹿な! そんなことをされたが最期、息を吸えば喉が焼けただれ、肺が燃え上ってしまいます。いえ、それ以前の問題でしょう。空気の無い場所などどこにもありはしません。瞬時に絶命してしまうことでしょう。


 思わず後ずさるコフィちゃん。それを、逃げるとでも思ったのでしょうか。


「逃がすかよ!」


 ジャミロは慌ただしくナイフを引き抜くと、右腕を一閃しました。


「にゃあ゛ぁあああああぁぁぁ!」


「コフィちゃん!!」


 途端に、耳を塞ぎたくなるような悲鳴が響き渡ります。


 目の前でコフィちゃんの小さな額に、斜めに傷が走って血が飛び散りました。こらえきれずに涙が溢れ出て、視界が滲みます。なんということを! こんな小さな子になんということをするのでしょう。

 

「あと一本傷をつければそれで終わりだ。はははっ、いい顔になったじゃねぇか、コフィ」


「う、うぅっ……にゃぁぁん」


 額から滴り落ちる血と涙がまじりあって、コフィちゃんの頬を滴り落ちました。


 こんなこと……こんなこと、絶対に許してはいけません。


「姫さま……」


「ええ!」


 私とロジーは互いに頷きあうと(きし)む身体を強引に起こして、ジャミロへと飛びつきました。


 それはただの願望かもしれません。ですが、一瞬、ほんの一瞬でも隙を作れば、コフィちゃんを逃がすことができるかもしれません。


 私とロジーは二人がかりで、ジャミロへと体当たりしました。


 ですが……現実は無情です。弾き飛ばされたのは私たちの方でした。まるで固い岩にでもぶつかったかのような感触。私たちはなすすべもなく石畳の床に、再びその身体を打ち付けられました。


「ちっ……うっとおしい連中だ」


 ジャミロはそう吐き捨てると、私の方を一瞥(いちべつ)して言いました。


「人質は一人いれば十分だ。オマエの方が身分が高いみてぇだし、こっちはいらねぇな」


 ジャミロはそう言って頬を歪めると、倒れこんだロジーの背中めがけて足を振り下ろしました。


「かはっ……っ!」


 ロジーが苦しげに顔を歪めると、ジャミロはますます力を籠めて、彼女の背を踏みにじります。


「やめてっ! お願い! お願いだから! もうやめてぇえ―――!」


 私が溜まらず声を上げたその瞬間、私たちの背後で、『ビーッ! ビーッ!』と短い警報音が幾度も鳴り響きました。


「……なんだ? テメェ、何しやがった!」


「えっ? えっ?」


 そんなことを言われたって、戸惑うことしかできません。私は本当に何もしていないのです。


 警報音は生体甲冑(ヴィヴァンデッド)の、無残に潰れた頭の辺りで鳴り響いていました。


 戸惑う私の目の前で、生体甲冑(ヴィヴァンデッド)の首の辺り、甲冑の隙間から、生々しい肉色の触手のようなものが、ワサワサと這い出してくるのが見えました。


 そして例の、甲高い、男の子のような、女の子のような声が響き渡りました。


≪損傷チェック、損傷チェック、修復を開始――進化パターンDを採用します≫

お読みいただいてありがとうございます。

前後編ですませるつもりだったんですが、予想以上に長くなってしまったので前中後編にわけさせていただきました。じれったくて申し訳ないのですが、ご容赦いただけるとありがたいです。

次回の更新は、土曜日の予定です。


挿絵(By みてみん)


あと一週間で発売です。どうぞよろしくお願いします!

とりあえず特典SSの内、二つが発表になりましたのでご報告いたします。

メロンブックスさまの特典は

「血を吸う婚約者」ロジーとディートリンデのお話です。

とらのあなさまの特典は

「マグダレナさんは心配性」文字通りマグダレナさんのお話です。


応援してやんよ! という方は是非、ブックマークしていただけるとうれしいです。励みになります! どうぞ、よろしくお願いします!

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