表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/100

第八十三話 知り合いの話という前置きはだいたい自分の話

「ムトゥ……お前がこんなに役立たずだとは思わなかったぞ」


 巨漢の猫耳族の男が呆れたような声を漏らすと、股間を押さえて(うずくま)っていた小男が、顔をしかめながらもあわただしく飛び起きました。


「ジャ、ジャミロさま! 違うんです。今のはちょいと油断しただけでさぁ!」


「なら、とっとと済ませろ、オレの手を煩わせるんじゃねぇ!」


「へ、へい!」


 小男はわずかに怯えるような顔になった後、あらためてこちらへと向き直り、私を睨みつけました。


「ただじゃ済まさねぇ、思いっきり惨めに殺してやるっ!」


 そう言って、小男が突然頬を膨らませます。


 嫌な予感しかしません。


 何かを吹き付けられそうな、そんな気配を感じて、私は思わず手で顔を隠そうとしました。


 ですが……忘れていました。今、私の手はロジーとつながっているのです。


 ぐっと引っ張った勢いでよろめいたロジーが、私と向い合せの体勢になりました。


「え?」


「あ……」


 小男が口から赤い液体を霧状に噴き出したのは、まさにその瞬間。


 真っ赤な液体がロジーの背に吹きかかって飛び散ったのです。


 ぴちゃ、ぴちゃとスカートの裾を伝って、彼女の背中から滴り落ちる赤い雫。


 何とも言えない沈黙が、私たちの間に舞い降りました。


 目の前でロジーの眉がピクピクと痙攣しています。


「……………………今、私を盾にしましたね?」


「ふ、不可抗力です」


 ワタクシがそう言って明後日の方向へと目を泳がせたその瞬間――


「きゃぁあああああああっ!!」


 突然、激しい衝撃が襲い掛かってきて、目の前で星が飛び散りました。


 なにが起こったのか分かりませんでした。


 宙に浮く身体。視界に映るすべてが速度を失ってゆっくりに見えました。ロジーは大きく目を見開いて、驚いています。小男すら同じような表情をしていました。


 視界の端で、大男の腕が弧を描いているのが見えます。


 いつの間にそんなところにまで近寄っていたのか、小男の背後にいたはずのあの大男が、私のすぐそばで腕を振るっていました。


 それに気づいた時点で、私は自分に何が起こったのかを理解しました。私は侮ってしまっていたのです。あの大男がこれだけ機敏に動けるとは思ってもみませんでした


 私を薙ぎ払ったのは、あの丸太のように太い腕。


 二の腕の辺りに灼熱感、痛みがじわりと這い上がってきます。私はあの大男に殴りつけられたのです。


 吹っ飛ばされた私は窓の外へと投げ出され、手でつながったままのロジーもそのまま引きずられるように窓枠へと叩きつけられました。


「きゃぁあああああああああ!」


「ううっ!」


 私自身の悲鳴と、ロジーの痛々しい呻き声が響き渡りました。


 私自身の身体の重みが肩へと襲い掛かってきます。


「ぐっ! うっうううう!」


「うっ! うぁああああああああ!」


 私とロジーが同時に苦悶の声を上げました。


 当然です。私の全体重が、ロジーの片腕にかかったのですから。


 窓の外に彼女の細腕一本を支えに宙づりになる私。


 肩に襲い掛かってくる痛みに顔を歪めながら下を見れば、目もくらむ高さ。三階とはいえ、ここから石畳に叩きつけられれば、恐らく命はないでしょう。


「うぅぅぅっ……」


 ロジーは目を閉じて痛みに顔を歪めています。肩が外れていてもおかしくはありません。


「ロジー! 私のことは良いから! 手をお放しなさい!」


「そ、そ……そういうボケはもっと別のタイミングでお願い……します」


 ボケたつもりはなかったのですが……。


 そうです、忘れていました。


 今、私たちは手を離せないのです。


「じゃあな」


 ロジーの背後から、大男の低い声が聞こえました。


 そして次の瞬間――


 突き落とされたのでしょう。ロジーの身体が窓枠の外へと滑り落ちました。



 ◇ ◇ ◇



 バンッ! 


 乱暴に叩きつけられた扉が、大きな音を立てて閉じる。


「あーあ、怒らせちまいましたね」


「やれやれ……」


 サッキが他人事のように声を漏らすと、マグダレナさんが小さく肩をすくめた。


 どうやら『女らしさが足りない』は禁句だったようで、レナさんはふてくされて、当てつけのように大きな足音を立てながら、隣の部屋へと戻っていった。


「しかたありません……後はわが王、どうぞよろしくお願いします」


「はぁあああ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ」


 さすがにそれは無茶ぶりが過ぎる。


 怒らせたのはどう考えてもアンタでしょうが。


 表情で不満を表明したつもりなのだけれど、マグダレナさんは、そんな僕の様子を気に掛けることもなく、ニコリと微笑んでこう言った。


「まあ、結婚生活を先取りするつもりで」


「は? どういう意味ですか?」


「男性にとって結婚生活の大半は、奥さんの機嫌をとることに費やされます」


「夢も希望もない!?」


「結婚に夢や希望を抱いておられたのですか? まあまあ、それはお可愛いこと。女というのはかまってもらえばつけあがるし、かまってもらえなければ拗ねる。そういう生き物なのですよ」


「あなたも女の人でしょうに」


「ええ、ですから、私は女に生まれてよかったと思っていますよ。女と結婚しなくて済むのですから」


 この人、本当に無茶苦茶だ。


 ――マグダレナさんもそのうち結婚できればいいですね。


 胸の内でそうやり返しながら、(※もちろん口には出せない)僕はあきらめて扉をノックする。


 だが、返事はない。


 そっと扉を開けると、その向こうは薄暗かった。


 開けっ放しの窓からもれいずる月明りに浮かび上がるのは、わずかな荷物と、敷きっぱなしの寝具だけ。


 レナさんの姿はどこにも見当たらない。


「レナさん?」


 部屋の中に足を踏み入れて見回すも、そこには誰の姿もない。


 誰もいない部屋……開きっぱなしの窓。


「まさか!?」


 慌てて窓に飛びつくと、僕は外へと身を乗り出して周囲を見回す。


 月明り、星明りの他には、なにもない夜の荒野。暗闇の向こう側へと目を凝らしてみても人影は見当たらない。


 確かにお家蟲(うちむし)の速度はそれほど速いわけではないから、飛び降りることも出来るだろう。


 けれど、さすがにこの短い間に、見えなくなるほど遠くへ行ってしまうことは出来ないはずだ。


 すると、真上からレナさんの声が降ってきた。


「なーに、慌ててやがんだ、バーカ」


 慌てて見上げると、お家蟲(うちむし)の平らな屋根の上に腰かけて、彼女がこちらを見下ろしていた。


「何やってんです! 危ないですってば!」


「ばーか、何があぶねぇもんか、結構気持ちいいぞ、ここ」


 たぶん窓から身を乗り出して、這い上がったんだろうけど、女らしくないと言われて怒った割には、やってることが全く女の子らしくない。


「お前も来いよ。って……ははは、わりぃ、わりぃ、お前の背丈じゃ届かねぇな」


 そう言ってニヤニヤするレナさんに、僕もちょっとカチンときた。


「……生命の樹(レーベンバウム)


 僕は外壁に手を当てて、『恩寵(ギフト)』を発動させる。


 すると、窓の横の壁面が膨らみ、そこから武骨な石の腕が伸びてきて、僕を屋根の上まで運び上げた。


「……ズルいだろ、それ」


「これはこれで僕の力ですし、文句を言われる筋合いはありません」


「かわいくねぇやつだな、おまえは」


「大丈夫です。レナさんよりはかわいいですから」


「ぶっ殺すぞ」


 僕はレナさんの隣に腰を下ろすと、彼女は平たい屋根の上にごろんと横になって空を見上げた。


 僕も彼女の視線を追って空を見上げる。煌々と明るい満月。空気は澄んで星は明るい。夜だというのに風は生温かった。


 気が付けば、僕らが王都を出たときには冬だった季節が、夏になろうとしていた。


「わりぃな……つまんねぇことに巻き込んじまった」


「どうしたんです急に。らしくありませんよ?」


「うっせ」


 そう言って彼女はわずかに口を尖らせる。


「俺だって、自分が女らしくねぇことぐらいわかってるんだよ。ずっと、そこから遠ざかろうとしてたんだから、当然なんだけどな」


「遠ざかる……ですか?」


「ああ、アホな話だけどな。誰よりも強くなれば、いろんなことから逃げ出せる気がしてたんだ。っていうか、それしか思いつかなかったんだよ」


「思ったより後ろ向きの理由なんですね」


「うっせ」


 そう言って、レナさんは自嘲ぎみに口元を歪める。


「だが、今度は逃げ出すために、女らしくしろとは……ね。一体、オレは何をやってきたんだろうな」


「えーと……レナさんは何から逃げ出したかったんですか?」


「聞くか、普通? デリカシーって言葉知ってるか?」


「……すみません」


 僕が素直に謝ると、レナさんは苦笑する。


「これは、あくまでオレの知り合いの話なんだが……」


 その前置きは、どう考えても彼女自身のことに違いないと思わざるを得なかった。

お読みいただいてありがとうございます。

応援してやんよ! という方は是非、ブックマークしていただけるとうれしいです。励みになります! どうぞ、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ