第八十二話 連携プレー
「許しませんわよ―――――! 戻ってきなさい! エルフリーデ・ラッツエル!」
私は遠ざかっていくエルフリーデ・ラッツエルの背に向かって声を上げました。
ですが、彼女は止まるどころか、ちらりともこちらを振り返る様子はありません。
一方、ロジーにもたれかかっているミュリエ・ボルツは、なにやら朦朧とした様子。
どこを見ているのかわからないような虚ろな目をして、ガクン、ガクンと小刻みに頭を振っています。その額には、うっすらと血がにじんでいました。
「……ミュリエ・ボルツは、一体?」
さきほどまでミュリエ・ボルツを羽交い絞めにしていたのは、エルフリーデ・ラッツエルです。
ミュリエ・ボルツのこの痛々しい様子をみる限り、エルフリーデ・ラッツエルの仕業とみて、間違いないでしょう。
ならば、二人はどうして仲間割れをしたのでしょうか?
私が思わず首を傾げると、
「それで……あなた方はどちらさまでしょう?」
ロジーは、廊下の奥へと向かってそう問いかけました。
そこには剣呑な雰囲気で、こちらを見据える砂猫族の男たちの姿が見えます。
先ほど不幸な事故に見舞われた、頭陀袋のようなものをかぶった猫背の小男と、その向こう側にはやけに大きな男性の姿が見えました。
ひげで毛むくじゃらの顔に、ひと際大きな猫耳。猫耳はともかく、そのお姿は私の好みとは正反対の殿方です。
ですが、その男性たちが答えるより早く、コフィちゃんがロジーの背から顔を覗かせて、声を上げました。
「ジャミロにゃ!」
「じゃみろ?」
私が首をかしげると、ロジーがいつも通りの無表情なままに指を立てました。
「ああ……確か、坊ちゃまが始末したという、コフィさまの叔父上のお名前ですね。どうしようもないならず者だとか……」
「そうにゃ! 仕返ししにきたんだにゃ!」
なるほど! ということは……。
「エルフリーデ・ラッツエルが手引きしたのですね!」
「お怒りはわかりますが、落ち着いてください。どう考えても偶然でしょう」
「むー」
ロジーがアホの子を見るような目を向けてきたので、私は思わず唇を尖らせてしまいました。
しかし、そんなならず者を相手に、女の細腕で太刀打ちできるとは思えません。
どうやら、私たちは知らず知らずのうちにピンチを迎えていたようです。
もちろん、これもエルフリーデ・ラッツエルのせいです。
「ともかく……逃げた方がよさそうですわね」
「さきほど、三人まとめてかかってきなさいと、そう仰っておられたと記憶しておりますが?」
「私の細腕で殿方に敵うわけがないじゃありませんか? なにを仰ってますの?」
「……ごもっともです。では」
一瞬、なにか言いたげな顔をした後、ロジーはコフィちゃんへと語りかけました。
「コフィさま。ミュリエさまと一緒にお逃げください。ここは私と姫さま……主に姫さまが、時間をかせぎますので」
「なんで、私に押し付けましたの!?」
ですが、そんな私のことは全く無視して、ロジーはコフィちゃんへと語り掛けます。
「逃げ切ったら、出来ればどなたか応援を呼んでいただけると助かります」
コフィちゃんが戸惑うような素振りを見せたその瞬間、
「何をごちゃごちゃ言ってやがる!」
と、小男が声を荒げました。
「お行きなさい、早く!」
私がそういって手を伸ばすと、コフィちゃんは「にゃっ!?」と飛び上がって、手から逃れるように身をよじり、ミュリエ・ボルツの手を取って走り始めました。
何でしょう……ちょっと傷つきました。
コフィちゃんたちの方を目で追うと、ミュリエ・ボルツは、ふらふらしながら引きずられているような有様です。
あの調子では、すぐに追いつかれてしまうことでしょう。
ここは、どうあっても私たちで時間を稼がねばならないようです。
「どきやがれ! 不細工ども! てめぇらは関係ねぇ、見逃してやるからどこへでも行きやがれ!」
そんなことを言われても、コフィちゃんたちを追わせるわけには行きません。
……というか、今、少し気になるフレーズがありました。
「ぶさいく?」
「姫さまに対してなんという暴言」
「私にだけ言ってるわけじゃありませんわよね!!」
「そんな、姫さまを差し置いて恐れ多い」
「遠慮するふりして、人を貶めないでくれません?!」
ロジーはやはり、性格が悪いと思います。
「なにをゴチャゴチャ言ってやがる! 耳も尻尾もねぇような、不細工ども!」
ああ、なるほど、それでよく分かりました。
砂猫族の男性は、少し美的感覚が違うようです。
なんとなくホッとしたその途端。
「ああ、もう、めんどくせぇ!」
小男が腰にぶら下げていた短剣を引き抜いて、こちらへと襲い掛かってきました。
「姫さま!」
「ロジー!」
私とロジーは互いに頷きあって、二人のつながった両腕、その石化した部分を、男が突き出してきた短剣に向かって掲げます。
キン! と甲高い金属音が響いて、短剣の一撃を防がれた男は苛立ちまじりの声を上げました。
「この野郎ぉおおお!」
野郎ではありません。
ですが、そんな反論をする暇もなく、小男は左の壁際へと飛びのいて、今度はロジーを狙って飛び掛かりました。
「姫さまっ!」
「はいっ!」
短剣がロジーへと届くまさにその瞬間、私はぐいと腕を引いてロジーの身体を引き寄せます。空を切る短剣。今度はこちらの番です。男が態勢を立て直す前に、私は手にした連接棍を振りあげ、小男の頭上へと振り下ろしました。
「食らうかっ!」
小男は短剣を掲げて、それを受け止めます。
ですが、次の瞬間――
「ぐあっ!?」
男は声を上げて、石畳の床へと倒れこみました。
この男の目には私の手に握られているもの。恐らくそれが、鉄の棒に見えたことでしょう。
ですが、連接棍は短い鎖につながれた二本の鉄の棒。
柄の方を短剣で受け止めたところで、遠心力のついた先端がそのまま小男の頭上へと襲い掛かったのです。
手ごたえはありました。
ここまで綺麗にヒットするということは、もしかしたら、砂猫族には連接棍のような凝った武器はないのかもしれません。
ですが、気絶させるところまでは至らなかったようで、小男は呻き声をあげながら、頭を押さえてよろよろと立ち上がりました。
受け止めたはずなのに、後頭部を打ち据えられたことが不思議らしく、戸惑うように背後を振り返っています。
男はぶるりと頭を振ると、
「こんの、雌が!」
まさに怒り心頭といった様子で、今度は私の方へと、襲い掛かって参りました。
「ロジー!」
「はいっ!」
私たちがそう声を掛け合うと、先ほど躱されたことが頭を過ったのでしょう。男の視線がわずかに泳ぎました。そして、私を逃すまいとこちらを凝視してきます。
その隙を、この腹の黒いメイドが見逃すはずはありません。
ロジーはスカートの裾を片手でつまむと――
「えいっ!!」
と、男の股間をけり上げました。
「ぎゃひっ!?」
男が、まるで蹴られた犬のような声を上げて飛び上がりました。砂猫族なのに。
「あら、お下品」
「痴漢の扱いにはなれております」
私が思わず口元に手を当てると、ロジーは静かに目をつぶり、そう言い放ちました。
「そもそも、わかりやすいところに弱点をぶら下げておられるのですから、男性という生き物はつくづく欠陥品ですね。ただし坊ちゃまを除きます」
「ぶ、ぶらさげ……って」
私が思わず恥じらうと、小男が床の上で芋虫のように身を捩りながら、血走った眼でこちらを睨みつけてきました。
「ぶっ殺す! てめぇら! ズタズタにしてやる!」
お読みいただいてありがとうございます。
さて、ツギクルブックス公式さんがTwitterにカバーイラストを発表されておりました。
何がとはいいませんが、エルフリーデ……デカいです。
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