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第七十九話 誤爆ラリアート

「ミュリエさま! お早く! 捕まったらとんでもない目にあわされますわよ!」


「あうぅっ……!」


「ど、どんな目にあわされるのにゃ?」


「八つ裂きは免れませんわね……たぶん。裸踊りもあり得ますわ」


「にゃ、マヂでっ!?」


 いや、たぶんコフィさんは大丈夫だと思いますけど。


 ワタクシはミュリエさま、コフィさんと一緒に、廊下を走り抜けます。


 中庭の方がやけに騒がしいですが、それどころではありません。こちらは生きるか死ぬかの瀬戸際なのです。


 何がヤバいって、部屋に踏み込んできた姫さまの手に連接棍(フレイル)が握られていたことです。


 王家の人間は護身術として、連接棍(フレイル)の使い方を学ぶことは有名な話。姫様がそれを手にしているということは、ガチで()りに来ていると思った方が良いでしょう。


 実際、ワタクシとしては、お二人のためを思ってやったことなのですから、そこまで怒らなくても……と思うのですけれど。


 ちなみに、メイド長さまの方は、表情からはなにも読み取れません。


 ですが、それがまた、とんでもなく恐ろしいのです。


「コフィは先に行くにゃ!!」


「ああっ! ズルいですっ!」


 顔を青ざめさせたコフィさんが、四つん這いになって獣のように走り始めます。そして、ものすごい速さでワタクシを追い抜いていきました。


 やがて、随分先へと行ってしまった彼女が、廊下の突き当りの角を曲がろうとしたところで、


「にゃはん!?」


 角をこちらへと曲がってきた人物とぶつかって、跳ね飛ばされるのが見えました。


「コフィさん! 大丈夫ですか?」


「あう……だいじょぶ?」


 ミュリエさんとともに、慌てて駆け寄って助け起こすも、コフィさんの様子が変です。彼女は目を見開いて小刻みに身を震わせています。


「にゃ……にゃ……っ」


 彼女が震える指先で指し示す先、彼女がぶつかった人物の方へと視線を向けると、そこには、口元に薄笑いを張り付けた猫耳族の男性が立っていました。


 レヴォさまか、あの夜会で襲い掛かってきたゴドフリートとかいう大男にも匹敵しようかという巨漢。ひげで毛むくじゃらの顔にひと際大きな猫耳。どうみても堅気とは思えないような凶悪な顔つきの男性です。


 そして、その背後には頭陀袋みたいな布を頭巾のようにかぶった、やけに猫背の小男がつきしたがっていました。


「こりゃぁ、探す手間が省けた。なぁ、ムトゥ!」


「仰るとおりで」


 男の言葉に背後の小男が太鼓持ちのように、コクコクと頷きます。


 コフィさんの怯え方は尋常ではありません。


 ワタクシはコフィさんと男の間に立ちふさがり、あえて傲然とした態度をとります。


 こういう時は嘗められたら負けなのです。


「なんですの、あなたたちは! レディにぶつかっておいて……それが殿方のとる態度ですの!」


「あん? なんだテメェは?」


「ふふん、聞いて驚きなさい。ワタクシはエルフリーデ・ラッツエル。お義兄さまから、この国を預かった国王代行。つまり今、この国で一番偉い人ですわ!」


「ですわ!」


 胸を張るワタクシとミュリエさまの姿に、大男と小男は顔を見合わせます。


「つまり、テメェが(おさ)ってことか?」


(おさ)? ま、まあ百歩譲って似たようなものですわね」


 さあ、ひれ伏しなさい!


 ところが、そんなワタクシの胸の内とは裏腹に男はにやりと笑って、こう言いました。


「そいつは都合がいい。テメェを人質にとりゃ、この集落はオレのものって訳だな」


 あれ? なんだか思ったのと違う反応が返ってきました。


 その時、背後でコフィさんが声を上げました。


「に、逃げるのにゃ! そいつがジャミロにゃ!」


「ジャミロ?」


 ワタクシは思わずミュリエさまと顔を見合わせて、首を傾げます。


 どこかで聞いたことがあるような気もするのですが……?


「こっちにゃ!」


 コフィさんはそれこそ猫のような動きで素早く壁の方へと飛びついて、壁面に手を押し当てます。途端に壁面に裂けめが生じ始めました。彼女の呪言(ムガンボ)です。


 ですが、


「させねぇ!」


 大男は手近な壁面に手を伸ばし、手にしたナイフを突き立てて十字の傷を描きました。


 途端に


「にゃっ!? 熱いにゃ!」


 壁面に手を当てていたコフィさんが、弾けるように飛びのきました。


「にゃにゃにゃ! 接触禁止(ムシュモネ)にゃ!」


 コフィさんが悔しそうにそう声を上げると、大男はけたたましい笑い声を上げました。


「わはははははっ! 逃がすかよ! わざわざテメェらに復讐するために、地の底から舞い戻って来てやったんだ」


 その言葉で、ワタクシもこの男が誰なのか、やっと思い当たりました。


「……お義兄さまに生き埋めにされたならず者」


 そうです。確かお義兄さまが猫耳族の集落で生き埋めにしたというならず者の名が『ジャミロ』だった筈です。


「おい、コフィ! 姪だと思ってその場で殺さずにおいてやった、オレさまの慈悲を無にしやがって。もう容赦しねぇ。てめぇの首を引きちぎって、部族の連中に見せつけてやりゃ、おとなしくオレに従うだろうよ」


 慈悲だなんて、よく言えたものです。


 私たちがコフィさんたちを見つけた時には、この男の呪言(ムガンボ)で太陽との接触を禁じられたせいで、日光を浴びれば身が焼けただれるような状態でした。


 コフィさんをその身で日光からかばっていたクワミさんの背は焼けただれ、虫の息といった有様だったのです。


「おい、ムトゥ。コフィを捕まえろ!」


「がってんでさぁ!」


 小男がコフィさんの方へ駆け寄っていきます。


「ミュリエさまっ!」


「がってんでさー!」


 コフィさんの方へと迫る小男。ですが、小男が伸ばした手がコフィさんをつかむよりわずかに早く、ミュリエさまの手が小男の腕に触れました。


「あうっ! 『石化フェアキーゼルング』!」


 途端に男の腕が石になって、男は「ぎゃああああ!」と声を上げてその場に(うずくま)ります。


「コフィさん! 逃げて!」


 驚き顔で硬直していたコフィさんは、ワタクシがそう声を上げると、ハッとした顔になって、元来た方へと駆け出そうとしました。


 ですが、


「くっ! 逃がすかよ!」


 その足を、小男が石化していない方の手で掴んでいました。


「ミュリエさま! もう一度『石化フェアキーゼルング』を!」


 この三人の中で、多少なりとも抗える力をもつのはミュリエさまだけです。


「あいっ!」


「同じ手を何度も食らうかよ!」


 手を伸ばしてくるミュリエさまに、男は口に含んでいた赤い液体を吹きかけました。


 うわっ!? 汚っ! 


 そう思った次の瞬間、ミュリエさまは力なくその場にしゃがみ込むと、床に向かってガンガンと自分の頭をぶつけ始めます。


「ミュリエさまっ!?」


 ワタクシは慌ててミュリエさまを羽交い絞めにして、身を起させました。ですが彼女は尚も抗うように地面に頭を打ち付けようとします。


「何をしているんですの! あなたは!」


「たのしーの!」


「楽しいんですの!?」


 この奇行はどうみても、先ほど吹きかけられた赤い液体のせいでしょう。


「にゃあああん、離すんだにゃ!」


 小男に足を引っ張られているコフィさんが悲鳴じみた声を上げます。ですが、ワタクシが手を離せば、ミュリエさまは、自身で頭をかち割ってしまうことでしょう。


 一体どうすれば……ワタクシ一人なら逃げられそうですが……。


 あ、一人なら逃げられるんだ。


 ワタクシの思考がそこに思い至ったのとほぼ同時に、廊下の向こう側からタッ、タッ、タッ! と、誰かが駆けてくる足音が聞こえてきました。


 数は二つ。


 姫さまとメイド長さまに違いありません。


「姫様っ! メイド長さまっ! 来ちゃダメですっ!」


 ワタクシは慌てて顔を上げます。


 ですが、それと同時に、


「ぐぼぁっ!?」


 小男の身体が宙へと弾き飛ばされるのが見えました。


「え? ええぇっ!?」


 思わず驚愕の表情を浮かべるワタクシ。


 小男の両脇を駆け抜けた姫さまとメイド長さま。石化してつながった二人の両腕が、通り過ぎざまに、小男の喉元へと襲い掛かったのです。


 ドサッと音を立てて、床に落ちる小男。


 お二人は足を止めると、こちらを振り返って、こうおっしゃいました。


「いけません、姫様。誤爆です。エルフリーデではない方を殺ってしまいました」


「あらホントに、次はちゃんと仕留めないと」


 どうやら、お二人は助けに来てくださった訳ではなさそうです。

お読みいただいてありがとうございます。

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