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第七十八話 「ラブラブ愛され妻」という言葉に含まれる頭の悪さ

「に゛ゃぁあああああぁぁぁ!!」


 剣を振り上げて宙を舞うクワミ殿。完全なる不意打ち。あの間合いでは(かわ)すことも、受け止めることも出来はしない。


 私は男の頭が真っ二つに断ち割られるところを想像して、思わず顔を(しか)める。いかに兵士の身であったとしても、血の流れる光景は見たいものではない。


 だが、次の瞬間――


「に゛ゃっ!?」


 予想に反して、クワミ殿の驚愕の声が響いた。


「な、馬鹿な!?」


 目の前で起こった出来事に、私は思わず目を見開く。


 クワミ殿の湾曲刀(ショーテル)が男の頭に届くまさにその寸前、硬質な金属音が響いて、激しい火花が散る。それは、あまりにも非現実的な光景に思えた。


 剣をかざしたところで間に合わない。それは誰の目にも明らかだった。だが、男は親指の先ほどのわずかな幅しかない剣の(つか)で、クワミ殿の斬撃をあっさりとはじき返したのだ。


 クワミ殿は大きく目を見開き、蜻蛉をきって背後に飛びのくと、再び剣を掲げて身構える。


 それを見据えて、男は、その茫洋とした顔立ちに不似合いな猫耳を、ピクピクと揺らした。


「ふむ……今のは少し危なかったな。少しな」


「化け物だ……」


 私のすぐ隣でキップリング殿が呆然とそう呟く。


 どんな動体視力をしていれば、あんなわずかな幅しかない剣の(つか)で、刀身を受け止められるというのか。確かに、化け物以外の言葉が思い浮かばない。


 だが、我々も呆気に取られてばかりではいられなかった。


「部長殿! ご指示を!」


 我に返って目を向ければ、狂乱した兵士たちの一部が、剣を振りまわしながら、こちらへと向かってきている。


 彼らは明らかに正気ではない。だが、ただ操られているだけならば、殺してしまうという訳にもいかないだろう。


「殺すんじゃないぞ! 剣を叩き落すんだ!」


 声に出して叫んではみたものの、それがどれだけ難しいことかは私にだって分かる。


 だが、狂乱した兵士たちを取り押さえるにはそれしかない。すぐに資材部や他の部署の兵士たちが応援にきてくれるはずだ。それまで持ちこたえるしかない。


 私が剣を抜きはらって身構えたその時、


「きゃぁ―――――! 殺さないでぇええ!」


 東棟の方から、女の子の悲鳴が響き渡った。


 見上げた二階の窓の向こうに、慌ただしく廊下を駆けていくエルフリーデ嬢の姿が見える。


「くっ……城砦内にも侵入を許したのか!」


 今すぐにも東棟へと駆け付けたいところだが、このままではどうにもならない。


 胸を焦りの炎が焦がしていくのを感じながら、私は、襲い掛かってくる兵士たちへと向き直った。



 ◇ ◇ ◇



「へぇ……パーシュさんが西通りの猟犬べステンシュトラーセハウンドねぇ……。人は見かけによらないというのにも、程があると思うんですけど……」


「見かけはともかく、彼は元々、貧民街の生まれですから……。生きていくために身に付けた強さなのでしょう」


「貧民街? でも算術が得意だと……?」


「算術は寺院で習ったそうです」


「……なるほど」


 寺院や教会では、慈善事業として教育を行っているところもあると、そう聞いたことがある。


「出会った頃の彼は、ギラギラとした獣のようでした。世の不平等を嘆き、悪人がのさばり、善人が虐げられるという状況に、一人で抗おうとしていたのです。……ですが、それは中央で反乱をおこしたお馬鹿さんたちと、なんら変わりはありません。理想を力で押し付けるという意味ではね。まあ、そこはよく言い聞かせましたけれど」


「さっきから、その『言い聞かせた』っていう言い回しが、すごく気になってるんですけど……まさか拷問した訳じゃないですよね」


「アハハ、ソンナコトスルハズガナイジャアリマセンカ」


 あ、したわ。この顔、絶対拷問したわ。


「で……ジョルジュさん、パーシュさんときて、もう一人の危険な人って……」


 僕がそう口にしたところで別室の扉が開いて、不機嫌そのものの顔をしたレナさんが顔を覗かせた。


「…………」


 レナさんは、無言で口元を尖らせ、恨みがましい目で僕を見据える。


「あの……レナさん、今朝は……」


「……腹減った。オレの分は残してあんだろうな」


「あ、は、はい! じゃあ、すぐ用意しますね」


 ムスッとした顔でテーブルにつくレナさん。そのすぐ脇で、マグダレナさんとサッキが、ちらりと目を見合わせるのが見えた。


 お願いだから、機嫌が直るまで変なこと言わないでくださいよ……。


 深皿にスープを注いで目の前に差し出すと、レナさんはゴクリと喉をならした。朝から何も口にしていないはずなのだ。そりゃあ、お腹も減っていることだろう。


 彼女は一口スープを口にすると、あとは掻き込むようにゴクゴクとスープを飲み干していく。


 こぼしてる! 飛び散ってる! 一応、王族のはずじゃなかったっけ? 行儀が悪いどころの騒ぎじゃない。


 思わず呆れる僕をよそに、口元をべちゃべちゃに汚したレナさんが深皿を突きつけてくる。


「おい! おかわりだ! 早くよこせ! 馬鹿野郎!」


 馬鹿野郎って……まあ、がつがつと食べてもらえると、料理を作った人間としては、嬉しいような気もするのだけれど。


 二杯目のスープを手渡して、レナさんが口へと含んだその瞬間、マグダレナさんが彼女に呼び掛けた。


「ところで、()()()()


 途端に、レナさんは顔を背けて「ぶふぉっ!」とスープを噴き出す。


 実に不幸なことに、顔を背けたその先にはサッキがいた。


「あちゃぁぁぁあああああああ!? 目が! 目がぁぁぁっ!」


 椅子から転がり落ちて身もだえるサッキをよそに、盛大にむせながらレナさんはマグダレナさんに向かって声を荒げる。


「な、なっ、なに言い出してやがんだ、テメェ!」


「なにをではありません。少し揶揄(からか)われた程度で不貞腐れるとは随分お可愛いものですね。西に到着したら、婚約されているフリをなさられるのでしょう? はたしてレナ殿に、そんなことができますか?」


「あ、当たり前じゃねぇか、そんなもん……」


「無理、はい、むーりーでーすぅー」


「できるってんだろ!」


「王妃さまと呼びかけただけで、このありさまですよ。この調子じゃ、何人熱々スープの犠牲になるか分かったものではありません」


 だから、スープ呑んでるときにやらないでってば!


「じゃあ試しに、我が王に甘えて見せてください」


「は? 馬鹿じゃねぇの!」


「できませんか? 武器を使えば一流でも、女の武器の扱いは新兵以下ですか? 新兵のまま予備役を迎えるおつもりですか? ぷーくすくす、やだ、カッコ悪い」


「で、で、で、できるわっ! それぐらい!」


「あの……レナさん、無理しない方が」


「うるせぇ、言わせておけば調子に乗りやがって!」


 そしてレナさんはギリギリと歯を鳴らす、だが、実際そんな器用なタイプとは思えない。案の定、彼女は頭を抱え始めた。


「お、女の武器、女の武器、女の武器……」


 やがて、ポンと一つ手を叩くと、彼女はスープでべちゃべちゃの顔を僕に向けて、声を上げた。


「揉めっ!」


「揉みませんよ!!」


 実に残念なことに、女の武器=おっぱいという直結具合。


 完全に思春期男子のそれである。


 流石にこれはひどい。


 マグダレナさんにとっても想像以上……いや以下だったのだろう。


 ちらりとマグダレナさんの様子を伺うと、顔は笑顔のままだが、頬がピクピクとひきつっていた。


「……これはひどい。一瞬で偽の恋人だとバレますね。いいですか、はじらう女の子が、恥ずかしさに耐えながら「……触ってみる?」と上目遣いにいうから、おっぱいは尊いのです。武器になるのです。もみたいと思うのです! それをアナタ、「揉め!」って……。そんなの脂ぎった助平なおっさんですら、愚息も消沈ですよ、アナタ」


 っていうか、マグダレナさん、あなたが脂ぎったおっさんみたいになってますけど。


「特訓です」


「特訓!」


 脳筋は特訓という単語に反応した。


「特訓は得意だぞ!」


 うん、レナさんが思っているのとは違うとおもうよ。たぶん。


「言いましたね……吐いた唾は飲み込めませんよ? では、西に到着するまでに、この私が『ラブラブ愛され妻』に育て上げてさしあげます!


 ラブラブ愛され妻って……。なに、その頭の悪そうな言葉。


 誰も幸せになれない未来しか見えませんよ、それ……。


 っていうか、喉元までせり上がってきた、「その前にアンタが貰い手探せよ」という言葉を無理やり飲み込んだことは、内緒だ。


 ちなみに、サッキはまだ床で身もだえていた。


お読みいただいてありがとうございます。

次回の更新は、水曜日の予定です。

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