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第七十七話 脈ありッ!

「行きましょう!」


 部長さまはワタシを抱きかかえて、外へと続く扉に歩み寄ると、ギュネとルーリの方を振り返って、そう(おっしゃ)いました。


「で、でも部長さま、外には……」


 ――ケケモットと動く死体たちがいます。


 ワタシがそう言い切るより早く、部長さまは扉を蹴り開けます。


 すると案の定、


「グルォォォアアアアアァ!」


「ひぃいいい!?」


 歩み出たワタシたちの目の前には動く死体の姿。血まみれの顔を至近距離に突きつけられて、ワタシは思わず情けない声を漏らしてしまいました。


 首の半ばまでを切り裂かれたその動く死体は、だらだらと血を滴らせながら、手にした剣を振り上げて襲い掛かってきます。


 ですが、部長さまには、かけらも慌てる様子はありません。


「オラァッ!」


 邪魔だと言わんばかりに前蹴り一閃。腹を蹴り上げられた兵士の死体は、その身体をくの字に折り曲げたまま転がるように背後へと吹っ飛びました。


「どういうつもりですか! どこの部隊の者です! 名乗りなさい!」


 部長さまがそう声を荒げるも、もちろん死体が返事をするはずがありません。どうやら部長さまは、あれが死体だとは気づいていないご様子です。


 首が千切れかけているのですから、どう見ても生きているはずはないとも思うのですが、ケケモットの呪言(ムガンボ)のことを知らなければ、死体が動くなどとは、思いもよらないのでしょう。


「パーシュさま! ケケモットは死体を操ることが出来るんです!」


 ギュネが背後からそう口をはさむと、部長さまは怪訝(けげん)そうに片方の眉を吊り上げました。


「つまり……彼はもう死んでいると?」


「そうです」


「……なら、何の遠慮もいりませんね」


 思いっきりお腹を蹴り上げておいて、今さら遠慮もへったくれもないと思うのですが、部長さまはワタシを抱きかかえたまま死体の方へと歩み寄ると、


「オラァッ!」


 起き上がろうともがいていた死体の頭を横なぎに蹴りつけ、ただでさえ千切れかけていた首が、そのまま(まり)のように弾んで転がっていきました。


「うわぁ…………」


 背後からルーリのドン引きするような声が聞こえてきます。


 ですが、そこまでしても死体は動きを止める様子はありません。


 ただ、幸いにもコチラに向かって襲い掛かってくる様子はなく、その場で無くした首をさがすように、しきりに地面に手を這わせています。


 部長さまはどこか怒ったようなそんな顔で、哀れな兵士の死体を見下ろしながら、ワタシにこう尋ねられました。


「……そのケケモットとやらは、どちらに?」


「は、はい、ケケモットはこの辺りで、ギュネを探しているはずです。……出会うものはすべて殺せと、死体たちに命じていました」


 途端に部長さまの表情が厳しいものに変わりました。


「ムィくん、すみませんが自分の足で歩けますか?」


「は、はい、ゆっくりなら……あの、部長さま、な、なにを?」


 静かにワタシの身体を降ろしてルーリに預けると、部長さまはこう(おっしゃ)いました。


「砂猫族の皆さんの身が危ないというのであれば、是非もありません。ワタシはそのケケモットという者を倒しに行きます。ギュネさん、ルーリさん、ムィくんをお願いできますか?」


「え、そ、そんなの危ないです!」


 思わず慌てるワタシをよそに、ギュネは死体が取り落とした剣を拾い上げると、ニコリと部長さまに微笑みました。


「お任せください、パーシュさま。こういう直剣を使ったことはありませんけれど、私とてボタの娘。男衆にも負けません」


「では、ムィ君のこと、どうかよろしくお願いします」


「もちろんです。ムィは私の家族ですもの。それに……夫のお手伝いをするのは妻の務めですから……きゃっ、私ったら」


 ――うわー……。あざとい。


 頬をあからめて身を(よじ)るギュネの姿に、ワタシとルーリは思わず目を見合わせます。


 ですが、部長さまはどうしようもない唐変木。


 姫さま曰く、神様にも匹敵するぐらいの鈍感野郎です。


 きっと、ここまで言っても伝わらないんじゃないかと思います。


「なるほど、ギュネさんはご結婚なさられてたんですね」


 ほら、やっぱり。


「ちがっ……!?」


 ですが、ギュネが目を見開いて慌てるのとほぼ同時に、部長さまの口から信じられない言葉が飛び出しました。


「それはちょっと()()ですね。では、ムィ君をよろしくお願いします」


 そう言うや否や、走り去っていく部長さま。


 ワタシたちは呆気に取られて、思わず互いに目を見合わせます。そしてしばしの沈黙の後、思い出したかのようにギュネがぴょんと飛び上がりました。


「い、今、残念って(おっしゃ)いましたか!? パーシュさま、それはどういう……! パーシュさまぁ!!」


 これは……意外と脈ありなのかもしれません。



 ◇ ◇ ◇



「レヴォ殿! これは一体……」


 キップリング殿が狼狽を隠そうともせずに、声を震わせながら私の方を振り返った。


 砂猫族の居住区、その食堂への野菜の運び入れの件で、農営部を訪れていた時のことだ。


 ひとしきりの事務連絡を終え、キップリング殿と雑談を交わしていると、(にわ)かに外が騒がしくなった。


 最初は酔っぱらった者が騒いでいるのかと思ったのだが、そこに、激しく剣を撃ち合う音が混じり始めたのだ。


 キップリング殿とともに、その場にいた農営部の兵士たちを引き連れて、中庭に飛び出すと、そこに、兵士たちが訳の分からないことを(わめ)きながら、互いに剣を打ち合っているのが見えた。


「お、おい! お前たち! 何をやっている、やめろっ!」


 だが、私の声など全く耳に入らないかのように、誰一人として争うのをやめようとはしない。


 兵士たちは必死の形相。それも、まるでとんでもない化け物と出会ってしまったかのような恐慌状態だ。


 どうみても正気ではない。


 早く止めねばとは思うのだが、大振りに剣を振り回す集団を止めに入るのは至難の業だ。


 一体、どうすれば良いのだ?


 そう自問していると、西棟の入り口の方から、ひときわ激しく剣を打ち合う音が、耳に飛び込んできた。


「ん゛に゛ゃあああ! に゛ゃああああっ!」


 夜中に縄張り争いをする猫のような(わめ)き声を上げて、砂猫族の少女が恐ろしい速さで男の周りを跳ねまわりながら、剣を叩きつけている。


「あれは……クワミ殿か?」


 目にもとまらぬ速さというのは、こういうことをいうのだろう。


 タッ! タッ! と、石畳の地面を蹴る音は響けども、はっきりとその姿をとらえることもできない。


 だが、それを受け止める男の方はというと――背丈こそ高いが身は細い、どこか抜けたような、ぬぼっとした雰囲気を感じさせる砂猫族の男だ――とりまわしの難しそうな大剣を片手で軽々とふりまわしながら、クワミ殿の剣撃をあっさりと打ち返しているのが見えた。


 私の目に、それはもはや化け物同士の戦いのようにしか見えなかった。


 そして、それはキップリング殿も同じだったようで、


「おい、おい、冗談じゃないぞ……あんなの私たちにどうにか出来る訳ないじゃないか」


 彼は、私のすぐ隣で、額に手をあてながら(うめ)いた。


 剣を打ち合うクワミ殿と男の方を、なすすべもなく眺めていると、突然、ゾクリと背中が凍りつくのを感じた。男の殺気が一気に膨れ上がったのだ。


 クワミ殿もそれを感じたのだろう。彼女は背後へと飛びのこうとしているが、あれはマズい。あれでは思うつぼだ。


 私の目には男の狙いがありありと見えた。クワミ殿が着地して身を起こすその一瞬、そこに渾身の一撃を叩きこもうというのだ。


 もはや四の五の言っている場合ではない。効果範囲ギリギリだが、どうにか届く! 私は地面に手を当てて、『恩寵(ギフト)』を発動させた。


 着地した直後の無防備な彼女。


 そこに男の剛剣が横なぎに襲い掛かるまさにその瞬間のことだ。


「に゛ゃっ!?」


 唐突に、クワミ殿の足元の地面がボコッ! と、音を立てて大きな口を開け、男の剛剣が空を切った。


 地面に穴をあけるだけの『恩寵(ギフト)』だが、こういう使い方もあるのだ。


 ただ穴に落ちただけだが、男の目にはクワミ殿の姿が突然、消えたように映ったことだろう。


 男の目が驚愕に見開かれたその瞬間、


「にゃぁああああああああああっ!」


 今度は、クワミ殿が穴の中から飛び出して、大上段に男へと斬りかかっていくのが見えた。

お読みいただいてありがとうございます。

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