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第六十九話 ない、ない。

「なるほど……レナさまの望まぬ婚姻を阻止するため……と、そういうわけですね」


 メイド長さまがそう仰って、なにやら考え込むような素振りを見せると、姫さまが床の上に正座させられているワタクシに、ジトリとした視線を向けてきました。


「それで……あなたはお止めしなかったと」


「も、もちろん、お、お止めしましたわ」


 はい、ウソです。


 姫さまでもメイド長さまでもなく、ワタクシを頼ってくださったのが嬉しくて、止めるという発想はすっぽり抜け落ちておりました。


 お二人に告げなければならないという役どころは確かに憂鬱ですが、それでも、寝床に入ってから、思い出しては意味も無くジタバタしてしまう程度には嬉しかったのです。


「ヒルフェン公でしたか……どう考えても、その方の目的はリンツさまを排除することでしょうね」


「はい、少人数で目立たぬようになどと仰るぐらいですし……殺す気満々だとみて、間違いありません」


「ええぇっ!? こ、殺す? まさか、そんな……」


 お二人のやり取りに、ワタクシはもう、ビックリしてしまって、思わず声を上げてしまいました。


 そんなワタクシを、姫さまが呆れ顔で見下ろします。


「何を驚いているのです。王族の考える事なんて、そんなものですよ。まあそれは良いとして……」


「良いんですのっ!?」


「だって、先生が同行されているのでしょう? その程度のことを分かっておられないはずがありませんもの」


「じゃ、じゃあ、どうして……」


「あの出不精(でぶしょう)の先生がわざわざ同行されるぐらいですから、この状況を利用するおつもりなのでしょう」


「デブ症……ですか?」


「そうそう、あらあなた、妊娠したの? 違うのよ、デブ症なのよ……って! どんな病気ですか、ソレ!」


 ……それは、こっちが聞きたいです。


「ぷっ……ぷぷっ」


 見れば、メイド長さまが顔を背けて肩を震わせています。


 もしかしたら、意外とツボが浅いのかもしれません。


 これは、なにかと利用できそうです。


 ワタクシは、心のメモ帳に、『メイド長さま=ツボ浅』と記しました。


「ともかく……」


 姫さまはコホンと咳払いをして、脱線した話を戻されました。


「凡百の兵士が何百人襲い掛かったところで、リンツさまと先生をどうにかできる訳ありませんし、襲われたという事実を盾にとって、逆さに振っても鼻血すら出なくなるまで、絞り上げるおつもりだと思います」


 うわぁ…………。


「そんなことよりも……」


 姫様はそう仰られて、ビシッ! とワタクシに指を突きつけました。


「私が一番納得いかないのは……リンツさまが、私たちには内緒にしておいて、エルフリーデ・ラッツエル、貴女に全てを打ち明けられたということです!」


「そうですね」


 ツボの浅いメイド長さまも、なんとか立て直すことが出来たようで、ジトリとした視線を向けてきます。


 いや、だって……ケンカしてる貴女方が悪いのではありませんか。


 そう言いたい。言いたいのですけれど……。


 それを言えば、火に油を注ぐことになるのは目に見えています。


 そこでワタクシは、少し話の矛先を()らしてみることにしました。


「それはそうと、あの……お二人は、その……仲直りをされたのでしょうか?」


 途端に、お二人は一瞬、きょとんとした顔になった後、思い出したかのように、互いを睨みあい始めました。


 あはは……効果てき面です。


 ばっちり矛先が変わりました。


 お二人は、お義兄(にい)さまに置いていかれたことに驚いて、いがみ合っていることを忘れていただけなのでしょう。


 そして、どうやらワタクシは、(くすぶ)っていたその火種に、わざわざ風を送り込んでしまったようです。


「そもそも、ロジー。こんなことになったのは、あなたのせいですわよ。素直になれば良いものを……」


 姫さまが腹立たしげに、そう口にするとメイド長さまは負けじと言い返します。


「人のせいにしないでください。坊ちゃまに相応しいのは姫さまだと、なんど言えば分かるのです」


 もはやワタクシのことなど、そっちのけ。


 お二人は、互いに角を突きつけ合うように詰め寄ります。


「その譲ってあげるという態度が気にくわないと、そう言っているのです」


「なにをこだわっておられるのです。正妻は姫さまということで良いではありませんか。中央の民にしてみれば、姫さまを側室扱いされることなど、受け入れられるはずがないのですし」


「ほら、それ! それです! どうして最初からリンツさまがあなたを選ぶと思い込んでいるのです」


「お選びになるに決まっています。ですが、姫さまを伴侶に迎えられることが、一番坊ちゃまのためになるのですから、譲ってさしあげると申しておるのです」


「アァン? そんなこと言って、実は自信がないんじゃありませんの? 選ばれないのが怖くて、そんな予防線を張っているんじゃありませんの?」


「なっ!? ……そ、そう思われるのなら、それで結構です」


「ほんとは他の女が近づくだけでも、目から血が噴き出しそうなぐらいイヤなくせに、それならあなたが素直になるまで、目の前でいちゃついてさしあげますわよ。いつまで耐えられるのかしら」


「どうぞ、ご自由に」


「本っ当に素直じゃありませんわね!」


「私にとって、坊ちゃまの幸せより優先されることなどありません」


 大体想像はついていましたけれど、やはり……このお二人はお義兄(にい)さまを奪い合ってるのではなく、むしろ譲り合っているようです。


 何と申しますか……率直に言って、アホだと思います。


 そんなことをしているから、置いていかれるのです。


 いっそのことワタクシがかっさらっていったら、お二人はどんな顔をされるのでしょうか? それはそれで一考の余地はありそうですが、それ以前に……。


「お二人とも譲り合いはよろしいのですけれど、お義兄(にい)さまは、レナさまと、偽装とはいえ婚姻前提で旅に出られたのですよ? レナさまと……その、良い感じになることだって……」


 ワタクシのその言葉に、お二人は顔を見合わせた後、


「ない、ない」


 声を揃えて、真顔でそう仰られました。


 …………まあ、レナさまですしね。



 ◇ ◇ ◇



「ひっく……」


 レナさんの目は完全に据わっていた。


 泥酔である。


 マグダレナさんは面白がってレナさんに散々酒をすすめたあげく、実に迷惑なことに彼女自身は、とっとと隣室で寝床に就いてしまった。


 同様に飲まされたサッキは、とっくの昔に酔いつぶれて、テーブルに突っ伏している。


「あの……レナさん、そろそろお休みになった方がいいんじゃないですかねぇ?」


「なんら、まだ早ぇえっての、この……あぁ、えーと、誰だっけ……、そうら、パンツだ」


「リンツです」


 間違え方に悪意を感じる。


「うわははは……ああ、そうら、オレの旦那のリンツらねぇか……ひっく」


 そう言ってレナさんは、僕の肩をバンバン叩いてきた。半端な腕力ではないだけに、シャレにならないぐらい痛い。


「わ、分かってるとは思いますけど、フリをするだけですからね」


「わーってる、わーってるってーの、なんら、ひっく……うちのだんなさまは、つれねーなぁ、それともぉなにか、こーのーオレじゃご不満かぁ?」


「……不満もなにも」


「ぎゃははは、そりゃそうらよな、不満なわけねーよなぁ。オレさまほろの美人を娶れるんらからよぉー」


「あの、話聞いてます?」


「ん? なんだよー、おこんなよー」


 僕が溜息混じりに頭を抱えると、レナさんは、にまーっと笑って、手招きした。


「ほら、ほら、許す、もっと近こうよれ」


「いやですよ」


「てれんじゃねー、なんらもー、しょーがねぇなー」


 そう言ってレナさんは、ふらふらと立ち上がると、千鳥足からは想像もつかないような素早い動きで、僕の膝の上に横座りにどんと座った。


「痛っ! ちょ、ちょっとレナさん!」


 酔っ払いが力の加減もなしに、膝の上にのってくれば、そりゃあ痛い。


 だが、彼女にしてみれば、そんなことはどうでもいいらしく、僕の首に両手を回して、そのままぐったりとしなだれかかってきた。


「えへへ……おやすみぃ……」


「ちょ!? 寝ないで!」


「なんらよもー、ひっく、寝ろっていったり寝るなっていったり、わがままらなぁー」


「ちゃんと寝床で寝てくださいって言ってるんです!」


 するとレナさんは、ぷーと頬を膨らませ、


「なんらよー。もっと嬉しそうにしろよぉー はらたつー」


 そう言って、僕の両方の頬をつねり始めた。


「痛い、痛いですってば!」


「ぎゃははは、変なかおー」


「わかりました。ねぇ、ほんと、もう寝床に入りましょう、ね、ね」


「うはー、寝床に誘われたー、えっちぃぞ、このえろ、りん……違った、ぱんつ」


「いや、リンツであってますけど、そういう意味じゃなくて!」


 すると彼女は、僕の鼻先に自分の鼻を(こす)り付けるように、顔を突きつけてきた。


「なんら、オレとはえっちぃことしたくないってのかよぉ?」


「いや、あ、あの……」


 さすがに、そんなことを言われれば、僕だって戸惑う。


 だが、次の瞬間、彼女は力なくしなだれかかると、


「ぐがー」


 僕の首筋に顔を埋めて、豪快ないびきを掻き始めた。


「ちょっと! 寝ちゃダメですってば! レナさん! どいてくださいってば!」


 まったくもう……。


 妙に体温が生々しくて……ほんと、困るんです。


 僕だって……その、男なんですから。



 ◇ ◇ ◇



「ボタ! ……まさか、これは!」


 そう言って振り返った若い衆は、顔色を失っていた。


 オレも含めて、この場にいる誰もが言葉を失っている。


 オレたち狩猟部の砂猫族は、城砦近辺よりも獲物の多い、以前の住処(すみか)近くの野牛(オックス)の生息地。(かつ)ての狩場へと足を伸ばしていた。


 そこで、数頭の野牛(オックス)を生け捕りにできたことに気を良くしながら、夜を越すために、(かつ)ての住処(すみか)である打ち捨てられた集落を訪れた。


 ……のだが、そこで最悪の光景に出くわしたのだ。


「ジャミロたちが生きているということ……なのか?」


 神様が、ジャミロたちを生き埋めにされた場所。


 埋め立てられたはずの地下へと続く穴が、掘り起こされていたのだ。


 それも、内側から。


「よりによって神様がおられない時に……!」


 奴らが、城砦の方へ向かったという保証はない。


 だが、あのジャミロが復讐を考えないことなど、ある訳がない。


「急いで、引き返すぞ!」


 ここからでは、城砦までは数日もかかる。


 オレはただ、(あせ)りに胸を()がすより他に無かった。

お読みいただいてありがとうございます。

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