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第六十六話 ウザ嫁と代行選び

 ……というわけで。


 非常になし崩し的に、僕らの西クロイデル行きが決定した。


 別に西クロイデルに行くのが、イヤだという訳ではない。


 ただ……腑に落ちないだけなのだ。


 僕がレナさんにベタ惚れで、土下座しながら、泣いて頼み込んだ?


 どこをどう間違えれば、そんなあり得ない話になるんだろう。


 まったく、冗談じゃない。


 だが、国の利益の為に、それを我慢するのが王の責務だと言われれば、残念だけど、本っ当にっ! 残念だけれどっ! 涙を呑んで、我慢するしかないのだ。


 尚、皆への通達と説明は、マグダレナさんが全て受け持ってくれるとのこと。


「レナ殿との婚姻の話など、おくびにも出すつもりはありませんので、ご安心を。なにか、もっともらしい理由をつけておきます」


 彼女は、そう言っていた。


 翌朝、レナさん、マグダレナさんと共に、執事殿と面談して、西クロイデル行きを承諾すると、彼は当然だと言わんばかりに頷いた。


 それは、まぁ、そうだろう。


 彼にしてみれば、僕が嫁取りをお願いする側、彼の主――ヒルフェン公はお願いされる側、そういう認識なのだから。


 ただ――


「結婚してやるっつたらよー。コイツ、感極まっちまってよぉー。まぁ、それも仕方ねぇわなー、オレほどの美人を娶れるってんだから、そりゃー当然だよな」


「はぁ……左様でございますか」


 執事の目の前で、僕の肩に肘を乗せて調子に乗るレナさんが、とんでも無くウザかった。


 ここまでの殺意を覚えたのは、たぶんこれが初めてではないだろうか。


 そんな僕らをどこか可哀そうなものをみるような目で眺めて、老執事は釘を刺すようにこう言った。


「お越しになる際には、なるべく少人数で目立たぬようにしていただけると助かります。大々的なことになれば、国王陛下のお耳にも入ってしまいかねませんので……」


 ――王の了承も無しに、王族がよその国の王と婚姻関係を結ぶことの方が、問題あるんじゃないの?


 僕のそんな胸の内を読み取ったのか、執事はまるで応じるかのように話を続けた。


「まだ、正式に輿入れが決まった訳ではございません。我が主が、リンツ陛下のご要望を受け入れてはじめて成立するものです。そうなるまでは、国王陛下のお耳を煩わせる必要もありませんからな」


 実際に婚姻が成立する段になれば、話を通さなくてはならないが、今はその一歩手前、僕のことを見定めたいということらしい。


『僕の要望』という辺りに凄まじい抵抗を覚えながら、僕はとりあえず笑顔を取り繕った。


 返事を貰えば、もはや用はないとばかりに、執事はすぐにも国元へ向けて出発するのだという。


 事前にサッキに聞いておいたところによると、我が国の農業生産品の中では、麻の油がかなりの貴重品らしいので、それを手土産替わりに二樽ほど持ち帰ってもらうことにした。


「それでは十五日後、西クロイデル南辺のスウォート村に迎えを寄越しますので、それまでにそこまでお越しください。商人殿ならスウォート村はよくご存じのはずでございます」


 西クロイデルまでの所要時間は十日ぐらいと聞いている。余裕をもって到着するなら、明日か明後日には出発する必要があるだろう。


 遠ざかって行く老執事を乗せた馬車を見送って、僕はマグダレナさんに問いかけた。


「さて、西クロイデル行きの人選ですけれど……」


「そうですね。目立つなということであれば、まず……砂猫族は除外すべきでしょう」


 それはまあ、そうだろう。


 だが、コフィを連れていけないのは痛い。


 彼女の呪言(ムガンボ)を使えば、農業生産品も大量に運んでいって、ついでに商売をすることもできるのだけれど、今回は諦めるしかなさそうだ。


「実際のところ私、我が王、レナ殿の三人なら護衛も必要ありません。後は、アルニマ商会の三男殿にご同行いただけば、充分でしょう」


 確かに、等級Aの恩寵所持者(ギフトホルダー)が二人、それに剣聖の弟子という組み合わせなら、一個師団だって相手に出来るだろう。


 むしろ、僕とマグダレナさんが同時に国を離れることの方が、不安に思えた。


 僕は思考を巡らせる。


 他の国が攻めてくる可能性についてだ。


 移民たちの話を総合すると、中央クロイデルの国内はまだ荒れ続けている。南下して攻めてくるような余裕は多分ないはずだ。


 では、東クロイデルはというと、ティモさんは、先の城砦攻めで年間の戦費の八割方を使い潰した、そう言っていた。だとすれば、すぐに軍旅を興すとは考えにくい。


 うん……どちらも心配はなさそうだ。


 だが、往復を考えれば、おそらく三十日近く国を空けることになるのだ。誰かを国王代行に立てなければ、国は回らない。


 さて、僕らの留守を誰に頼めば良いのだろう?


 本来なら、姫様にお願いすれば事足りる話なのだけれども、今、それは少し不安が付きまとう。


 姫さまとロジーさんとの関係がこじれている状況で、二人の内、片方に過剰な権力を与えるのはどう考えてもマズいだろう。


 そうなると、選択肢に残るのは、一人しかいない。



 ◇ ◇ ◇



「では、明日には食糧庫の蓋が出来上がると思ってよろしいのですね」


「ええ、日干し煉瓦でつくるなら、もう少し掛かるんですが……。それに強度を考えれば、焼き煉瓦でつくる方が良いだろうと。折角、炭も手に入るようになりましたし、中に支柱を一緒に焼き込めば、それなりに丈夫なものが作れる筈です」


「上に載っても大丈夫なのですよね?」


「まあ、レヴォ殿ぐらい大きな方で無ければ、たぶん」


 廊下の向こう側から、パーシュさんとシモネさんが会話しながら歩いてくる。


 姫さまは、パーシュさんには他の女性との接点が全くないと言っていたが、僕にはこの二人も中々お似合いのようにも思える。


 堅苦しい感じが似た者同士と思えなくもない。付き合ってみれば、意外と上手くいくんじゃないだろうか?


 まあ、僕が他人様の恋路に何か言える立場ではないのだけれど……。


「陛下、おはようございます!」


「はい、おはようございます」


 二人は僕の姿を見止めると、居住まいを正して頭を下げてくれた。


 そんなに恐縮してもらう必要はないのだけれど、これは普段通り。


 どうやら二人には、まだ、僕らの西行きの話は伝わっていないらしい。


 二人の前を通り過ぎて、僕は食堂の扉の前で足を止める。


 留守を任せる人物を、そこに呼び出しておいたのだ。




「お待たせエルフリーデ」




「は、はい!」


 僕が食堂に足を踏み入れると、彼女は不安げな面持ちのまま、慌てて立ち上がった。


「その……お義兄(にい)さま、今日は一体どういったご用向きでしょうか」


 用があるなら部屋に呼べば良いだけなのに、誰にも気づかれないように食堂で待っていろと指示されれば、誰だって不安になる。


「エルフリーデ、僕の留守中の全権をお前に預けたいんだけど?」


 僕がそう口にすると、彼女は目を丸くしたまま、首を傾げ、さらに一呼吸おいてから、


「は?」


 と、疑問符付きの一文字を吐き出した。


 僕は彼女に、レナさんとの偽装結婚のことも併せて、包み隠さず話をした。僕の居ない間、この国を任せるのだ、全てを把握しておいた方が良いだろうと、そう思ったからだ。


 僕の話を聞いている間に、エルフリーデの表情は不愉快そうになったり、戸惑ったりと目まぐるしく変化した。そして、話が終わる頃には、彼女はすっかり不安げな表情になっていた。


「ワ、ワタクシに、お義兄(にい)さまの代わりなんて務まる訳ありません」


「そんなことないってば。皆のことを、一番良く見てきたのはエルフリーデだもの。おまえなら、何かが起こっても、きっと正しい判断ができるさ」


「……お義兄さまが居ないのをいいことに、好き放題するかもしれませんわよ?」


「ばーか、そんな気もないくせに」


 僕はエルフリーデに歩み寄り、その頭を優しく撫でる。


「お前は、もう間違えない。僕はそう信じているから」


 彼女は、唇を小さく噛んで俯いた。


 そして、


「……ワタクシに出来るでしょうか?」


「できるさ」


 僕が大きく頷くと、彼女ははにかむように微笑んだ。


「それでも、どうしても自分では解決できない。そういうことがあったら、西棟の六番倉庫を開ければいい。それで大抵の事はなんとかなるはずだから」


「西棟の六番倉庫……ですか?」


「うん、でも……使わずにすむなら、それが一番いいんだけどね」


 アレはなんというか……その、面倒臭いのだ。いろいろと。


 思わず苦笑する僕を、エルフリーデは怪訝そうに首を傾げて見つめていた。


「じゃあ、僕らが出発した後、エルフリーデに最初にして欲しいことを伝えておくね」


「何なりとお申しつけください!」


 どこか、意気込むような様子のエルフリーデに、


「うん、大したことじゃないんだけど……」


「はい!」


「姫様とロジーさんには内緒で出発しちゃうから、僕らが西クロイデルに行ったことを二人に伝えて、謝っておいて!」


 僕がそう言った途端、エルフリーデの笑顔が凍り付いた。


「ちょ!? なんの罰ゲームですか、それ! お二人に殺されるの、ワタクシじゃありませんか!」


「大袈裟だなぁ、殺されやしないってば。たぶん、姫様はネチネチいうと思うけど、ロジーさんは無言の圧力をかけてくるだけだと思うし……」


「どっちもイヤ過ぎますわよ!」

お読みいただいてありがとうございます。

次回の更新は、水曜日の予定です。

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