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第六十五話 偽装結婚

 斜めに差し込んだ陽光が、フロアに窓枠の影を落としている。


 夕暮れ間近の食堂。


 そこで僕らは、テーブルを挟んで、初老の執事と向かい合っていた。


 彼が連れてきた二人の護衛の兵は、彼の背後、部屋の壁際に直立不動で立っている。


 僕の左隣には、マグダレナさんとサッキ。


 右側には肩を竦めて、やけに小さくなっているレナさんの姿。彼女は、彼女らしからぬ、叱られた直後の子犬のような不安げな面持ちで、テーブルの木目をじっと眺めていた。


 他国からの来客に、中庭で立ち話という訳にはいかないだろうと、とりあえず、食堂に案内したのだけれど、執事は不信感に塗れた目で、ずっと僕らのことを観察している。


 お世辞にも友好的とは言い難いピリピリした空気の中で、最初に口を開いたのは、(くだん)の老執事だった。


「あなたが、本当にこの国の王、リンツ陛下なのですか?」


「はい、まあ……そうです」


 歯切れの悪い僕の返答に、彼はなんとも微妙な表情を浮かべる。


「それは、ちょっと失礼じゃないですかねー」


 サッキがそう口にすると、執事は威嚇するような目でぎろりと彼を睨みつけて怯ませた後、わずかに頭を下げた。


「失礼いたしました。……想像よりも随分、お若くていらっしゃるので」


「お気になさらずとも、結構です」


 僕が彼の立場でも、こんな若造が王様だと言われれば、騙されているのではないかと、そう思うに違いない。


 老執事は居住まいを正すと、あらためて僕の方へと向き直って、口を開いた。


「本日は我が主、ヒルフェン公より、陛下を所領へご招待させていただきたい旨、申しつかってまいりました。誠に恐縮ではございますが、ご足労いただけましたら大変、ありがたく存じます」


「はあ……」


 皆に満場一致で反対された後だけに、気軽に「じゃあ、行きます」という訳にもいかない。僕が返答に困っていると、マグダレナさんが静かに口を開いた。


「社交辞令で不毛な腹の探り合いをするよりも、この際、はっきりと申し上げた方がよいでしょう。新興国とはいえ、一国の王に足を運べというのは、いささか不遜ではありませんか? 執事殿」


 すると、執事は大袈裟に肩を竦めて言った。


「とんでもございません。こちらから出向くのではなく、陛下をお迎えしようというのは、我が主の配慮でございます」


「配慮?」


「左様でございます。王族同士の会談ともなれば、それなりの饗応が求められるのは当然のこと。茶を濁すようなことがあれば、心無いものからの誹謗中傷は避けられません。そちらの商人殿からもこちらの状況は伺っておりますが、この新しい国に、それだけの負担をお掛けする訳にはいかぬと、そういうことでございます」


 言われてみれば確かにその通りだ。王族に押しかけられても正直困る。


 貴族の料理長上がりの者に任せれば、晩餐はなんとかなるかもしれないが、迎え入れるための迎賓館もなく、他国の王族を滞在させられるような宿泊設備もない。


 実際、会談できるような場所といえば、この食堂ぐらいしかないのだから。


「それに……陛下に主の下へ足を運んでいただくのは、当然ではないでしょうか?」


 そして彼は、レナさんをちらりと一瞥(いちべつ)した後、僕の方へと向き直ってこう言った。


「我が主の大切な孫を(めと)りたいと仰るのであれば」


「はぁ……?」


 一瞬、僕には、彼が何を言っているのか良く分からなかった。


 首を傾げながら、マグダレナさんたちの方へと目を向けると、彼女も、サッキも、二人とも目を丸くして固まっている。


 そして、あらためて今の執事の言葉を思い起こして、僕は――


「はぁああああああああああああっ!?」


 思わず、ガタガタっと椅子を鳴らして、立ち上った。


 待って!? 娶るって? どういうこと? 孫? 誰? レナさん? え? え?


 僕らのその様子に、執事は不審げに眉根を寄せてレナさんを見据える。


「これは……どういうことですかな? お嬢様」


「な、なにがさ」


「どう見ても、初耳だというご様子ですが? 熱烈に求愛されて、しかたなく、本当に仕方なく嫁入りを決断されたと、そう仰っておられましたな?」


「あ、ああ、そーだ! そーだよ! へ、返事はまだしてなかったからな。もう少しもったいつけてから驚かしてやるつもりだったのに、爺が先走るから……」


「……なるほど、そういうことでございますか、これは失礼いたしました」


「ちょ! ちょっと、レナさん!」


「いいから! 後で説明するから! とにかく話を合わせやがれ!」


 慌てる僕の耳元に、レナさんがそう囁きかけて、執事の方へと向き直る。


「てなわけで、今からちゃんとコイツに返事をするから、西クロイデル行きの話は明日にしやがれ! それぐらいの空気は読んでくれよ!」


「はぁ……まあ、そういうことであれば」


 老執事がいささか押し切られるような感じで、そう答えると、レナさんはマグダレナさんの方へと声を上げた。


「マグダレナの姉さん! 誰かに、こいつとそこの護衛どもを滞在用の部屋に案内させてやってくれ!」



 ◇ ◇ ◇



「レナさん……説明してくれますよね」


「お、おちつけ、リンツ……その……目が怖い」


「せ、つ、め、い……してくれますよね?」


 執事たちが退室した途端、僕はレナさんへと詰め寄る。


 僕が顔を突きつけると、レナさんは引き攣った微笑みを浮かべながら仰け反った。


「オ、オレは悪くないぞ」


「悪いかどうかは、話を聞いてから判断します。とにかく説明してください!」


「いやさ……西クロイデルに戻ったらウチの爺さんがさ、オレが戻ってきたのを誰に聞いたのか知らねぇが、師匠んとこまで押しかけて来やがったんだよ。婚約者候補ってのを、何人も連れて」


「それで?」


「今すぐ婚約者を決めろって迫ってきやがって、師匠は師匠で、面白がって兄弟子どもと一緒になって煽り立てるし……」


「それで苦し紛れに、我が王に求愛されていると、そう口走ったということですね」


 マグダレナさんが溜息混じりにそういうと、「ま、そういうことだ」と、レナさんは苦笑いを浮かべた。


「なにが『オレは悪くない』ですか! 完全にレナさんのせいじゃないですか!」


「しゃーねぇだろうが、師匠まであっち側の肩持ってたんだからよぉ……。あの師匠(クソジジイ)、そろそろオレに負けそうだからって、厄介払いするつもりに違いねぇ」


「で……なんで僕なんですか」


「そりゃオマエ、婚約者候補ってのが、皆、公爵やら侯爵なんだから、それ以上の地位のヤツじゃねぇと、ジジイを納得させられねーからに決まってるじゃねぇか。ついでに言やあ、適当に結婚したって言っても、まさかこっちにまで確かめに来るわけねーだろうしな」


「来たじゃありませんか」


「ホント、予想外だったわ」


 カラカラと笑うレナさんの姿に、僕は頭痛を覚えてこめかみを押さえた。


「ってなわけで、結婚したってことにしといてくれ。別にほんとに嫁入りしようって訳じゃねぇし、王様なんだから、嫁は何人いても問題ねぇだろ? 永久欠番ってことにしときゃー誰も困らねぇだろーが」


「僕が困るんですけど!」


 なんだ、嫁の永久欠番って……。ただでさえ、姫さまとロジーさんの関係に頭を悩ましているというのに、これ以上、火種を投げ込まれては(たま)ったものではない。


「なんだよ、オレとお前の仲じゃねぇか」


「百歩譲っても赤の他人です」


「百歩譲ったのに!?」


「っていうか、レナさんが王族っていうのが、まず信じられません。そこから、ウソなんじゃないですか?」


「しゃーねぇだろーが、俺だって好き好んであの家に生まれた訳じゃねぇっつうの! 家なんか捨てたつもりだったってのに、師匠まで一緒になって追い込まれたらよぉ……。おめぇみてえな、なよっちいのは好みじゃねぇが、まあ我慢してやるってんだよ」


「どんだけ上から目線ですか、僕だってレナさんみたいな乱暴な女の子はお断りですよ! 山にこもって熊とでも結婚したらどうです!」


「ん、だとてめぇ!」


「なんです!」


 角を突きつけて睨みあう僕とレナさんの間に、マグダレナさんが割り込んで来た。


「まあまあ、お二人ともおちついてください。我が王……これは意外と良いお話だと思いますよ」


「どこがです!」


「物は、やりようということです。戦力としてレナ殿を手放さなくて済みますし、娘婿ということになれば、通商の面でも王族に便宜を図ってもらえるでしょうから」


「他人事だと思って……」


 僕が思わず唇を尖らせると、マグダレナさんは苦笑した。


「いずれにしろ、この事がディートたちの耳に入るのはマズいのですから、手早く処理してしまわないと……。あのご老人がここに滞在している限り、油を撒き散らした上で、火遊びをしてるようなものですしね」


「それは……まあ」


「私も反対した身ではありますが、事ここに到っては、西クロイデル行きは避けられません。私も同行させていただきますので、取り急ぎは話を合わせて、ほとぼりが冷めた頃に、離縁したということにするしかありませんね」

お読みいただいてありがとうございます。

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