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第六十四話 去る者、来る者、逃げる者(未遂)

「あのお嬢さんが、ギュネという方なのでしょうか?」


「たぶん……そうなんだと思いますけど……」


 砂猫族の集落。その一角に、まるでトーテムポールのように頭を重ねて、建物の影から食堂前の広場を覗き込む僕と姫さまの姿があった。


 僕らの視線の先には、パーシュさんとレヴォさん。そして、レヴォさんの肩の上には、ミュリエが、もはやそこが定位置だとでもいうように乗っかっている。


 彼らに応対しているのは、砂猫族の女性。年の頃は十八、十九、たぶん二十歳まではいっていないと思う。腰まである長い黒髪に白い百合の花飾り。砂猫族にしては珍しい、いかにも御淑やかそうな女の子だ。


 クワミの衝撃の告白から、二日後のことである。


 東棟に白い布がはためいているのを見つけた姫さまに引き摺られるようにして、僕はここ、砂猫族の集落を訪れた。そして、この光景に出くわしたという訳だ。


「今日はどういったご用件でしょう?」


 ギュネと思われる女の子がそう尋ねると、パーシュさんがにこやかに微笑みながら口を開く。


「食堂の台所に、野菜の貯蔵庫を作って欲しいという陳情がありましてね」


「ああ、そういえば、食堂のおばさま方がそんなことを仰ってらしたような気が……パーシュさまが作ってくださるのですか?」


「とんでもない。私は不器用ですから。作業そのものは、こちらのレヴォ殿とミュリエさまで行っていただくことになるのですが、陳情の対応は、一応、財務部も立ち会うことになっておりますので」


「それはご苦労さまです。その……お時間はどれぐらいかかるものなのでしょう?」


「それほど時間はかからないと思いますよ……レヴォ殿、どれぐらいでしょう?」


「一刻もかからない。『恩寵(ギフト)』で食堂の床に二シュリット四方の穴を掘って、ミュリエさまの『恩寵(ギフト)』で固めるだけ」


 レヴォさんがいつも通りの朴訥とした調子でそう告げると、


「かんたん」


 ミュリエがコクコクと頷いた。


「ですので、砂猫族の方に立ち会っていただく必要は特に……」


「お気遣いの必要はありません。立ち合います」


 ギュネがパーシュさんに懸想していることを知っているから、そう見えるだけなのかもしれないけれど、やりとりはひたすら事務的だというのに、彼女がパーシュさんに向ける視線はどことなく熱っぽいような気がする。


 しばらく立ち話をした後、皆が食堂へ入っていくのを見届けて、僕が「じゃ……帰りましょうか」、そう告げると、姫さまは、どこか興奮したような表情でこう言った。


「リンツさまは気付かれましたか?」


「何がです?」


「時間が掛からないと聞いた時、一瞬ですけれど、彼女はとても残念そうな表情をされておられました」


「そう……なんですかね」


「あれはきっと、意中の方と少しでも一緒に居たいという乙女心です。ああ、なんと健気なのでしょう」


 胸の前で指を組んで、うっとりと明後日の方向を見つめる姫さま。


 ……なにか、僕には見えないものが見えているのかもしれない。


「はあ……じゃあ、まあギュネさんの想いが届くことを祈るということで……」


 溜め息混じりにそう言った途端、姫さまが僕の方へと、じとっとした目を向けてきた。


「リンツさま、他人事(ひとごと)みたいな物言いですけれど?」


 他人事(ひとごと)ですってば……。


 っていうか、こういうのは第三者があまり踏み込むべきではないと思うんですけど。


 だが、僕のそんな胸の内などお構いなしに、姫さまはこう言った。


「そうです! リンツさま、パーシュに砂猫族の戸籍の作り直しを命じるというのはいかがでしょう?」


「はい?」


「だから! 戸籍をチェックして、こんなのじゃダメだ! 作り直せ! と命じていただければ、もっと頻繁にパーシュがここを訪れることができます」


「理不尽すぎる!?」


「王には臣下の幸福の為には、悪者になる覚悟も必要なのです」


 あの夜会の時の怜悧(れいり)妖精姫(ニンフェ)はどこ行った!


 そう言いたくなる程の暴走っぷりである。


「あの、姫さま? あんまり首を突っ込まない方がいいと思うんですけど」


「では、お伺いしますけれど、リンツさまはパーシュが乙女心をくみ取れるような男性だとお思いですか?」


「……思いません」


「ほら!」


「いや、「ほら!」じゃなくて! そういうことじゃなくて!」


「まあ、パーシュだって、リンツさまには言われたくないとは思いますけど」


「ひどい!」


「パーシュは真面目ですから。特に浮いた話も聞いた事はありませんし、これを逃せば、きっと結婚できるような機会は訪れません。リンツさまは、パーシュが孤独な老後を送ることになっても良いと仰るのですか!」


「ちょ、ちょっと、姫さま、姫さまっ! 極端ですってば! それに種族の違いを思えば、二人だけの問題という訳でもありませんし……」


 実際、クワミはこう言っていたのだ。


『人間相手に懸想するなんて、普通ではあり得ないことです。あ、神様は別です。神様ですし。それに、叔父上が許さないと思います。叔父上はギュネのことを猫かわいがりしてますから。砂猫族だけに……。コホン。と、とにかく常々、自分より強い男にしか(つが)いにはさせんっていってましたから……』


「むぅ――」


 姫様はプーッと頬を膨らませる。


 前途多難だ。放っておいたら絶対なにか無茶しそうな気がする。


 だから僕は、しっかり釘を刺しておくことにした。


「すくなくとも姫さまが首をつっこむような話じゃないとおもいますから、温かく見守っていきましょうよ。ね、余計な事しちゃダメですよ。絶対、絶対ダメですからね」



 ◇ ◇ ◇



 砂猫族の集落から城砦へと戻って来た後、午後になって、僕と姫様は再び外へと歩み出た。


 中庭を抜けて大通りに辿り着くと、そこには既に一台の馬車が用意されている。


 荷台に木箱を満載した、小型の荷馬車(ワゴン)だ。


 そして、その傍には、数名の兵士達を従えたマグダレナさんとジョルジュさんの姿があった。


 兵士達に取り囲まれているのは、黒いドレスを纏った小柄な女性。両手を後ろ手に拘束された、クラウリ子爵夫人である。


 彼女は、僕の方を一瞥した後、ムスッとした表情のまま目を逸らす。


 まともに言葉を交わしたことはないけれど、クラウリ子爵が居ようが居まいが、彼女の態度には、何一つ変化が無かった。


 子爵夫人の追放。その立ち合い。それが本日の僕の最後の予定だ。


 彼女を東クロイデル近郊まで送り届ける役目は、ジョルジュさんにお願いすることになっている。


 連行する人員が一人だけというのは、いささか不安にも思えるのだけれど、二人以上になると、子爵夫人の『恩寵(ギフト)』で相争わされることにもなりかねない。


 だからと言って、男女二人で旅をさせるとなると、こんどは色仕掛けで篭絡される可能性も考えなければならない。


 その点、マグダレナさんの熱狂的信者のジョルジュさんなら、情にほだされたりすることはないだろうという判断だ。


「では、マグダレナさま、行ってまいります!」


「ええ、頼みましたよ」


 兵士達は子爵夫人を、荷台に積まれた木箱の間に放り込み、ジョルジュさんは僕や姫さまなど存在しないかのように、マグダレナさんだけに挨拶をして、さっさと馬車へと乗り込んでいった。


 そして、東の方角へと遠ざかって行く馬車を見送りながら、マグダレナさんは、


「彼女には精一杯もがいていただいて、火種をたくさんつくっていただきたいものですね」


 と、満面の笑みを浮かべた。


 うん、やっぱり性質(たち)が悪い。


 この人が敵じゃなくてよかったなと思う、ほんとに。


 ともかく、これで今日の予定は終了だ。


 エルフリーデに頼んでお風呂の準備でもして貰おうか……などと考えながら、城砦へと引き返そうとしたところで――


「陛下! お待ちください! 陛下!」


 城壁の上から、物見の兵が慌てて駆け下りてくるのが見えた。


「どうしたのです?」


 駆け寄って来たその兵士は、乱れた息を整えながら、マグダレナさんの問いかけに応じる。


「ご、ご報告申し上げます! こちらに馬車が向かってきます!」


「馬車?」


「西の方角から高級馬車(キャリッジ)が一両、半刻もしないうちに到着する見込みです」


 僕とマグダレナさんは、思わず顔を見合わせる。


 そして、少し考えた後、僕は姫さまの方へと向き直った。


「姫さま、申し訳ありませんけれど、サッキとレナさんを呼んできていただけませんか? それと、二人をこちらに来させたら、姫さまは城砦で待機してください。戦闘になる可能性もありますから」


 西にゆかりのある人物といえば、サッキとレナさんだ。


 それにレナさんがいてくれれば、もし戦闘になるようなことがあったとしても、対応できる。


「……わかりました」


 少し後ろ髪を引かれるような素振りを見せながら、姫さまは小走りに城砦の方へと走っていった。


 それからしばらくして、レナさんとサッキが来てくれた。


「西からこんなところまで来るたぁ、どんなもの好きだよ」


「商人じゃないですかねぇ……西で結構派手に商いましたからね。やり手は儲かると思やぁ、すぐに行動しますから」


 面倒臭げに頭を掻くレナさんに、サッキが苦笑しながら応じる。


 やがて、大通りの向こう側に表れた二頭立ての高級馬車(キャリッジ)は、ゆったりとした速度でこちらへと近づいてきて、僕らの目の前で停まった。


 そして、キャビンの扉が開くと、護衛らしき武装した二人の兵士が降りてきて、その後に、一人の人物が降り立った。


 こんな荒野には似つかわしくない、仕立てのよさそうな黒の礼服姿。白髪混じりの髪を油で後ろへと撫でつけた品のよさそうな初老の男性だ。


「ありゃま……こりゃー予想外ですねぇ。そんなに執着するとは思ってなかったんですけど……」


 サッキがどこか他人事みたいな口調でそう呟く。


「知り合いですか?」


 僕が視線を向けると、彼は布を巻いた頭を掻きながらばつが悪そうに口を開いた。


「ほら、陛下を招きたいと言っていた王族。それに仕える執事殿ですよ」


 初老の執事はこちらの方へと向き直ると、唐突に片眉を吊り上げ、声を張り上げた。


「お逃げなさいますな! レナーダお嬢さま!」


「は?」


 訳の分からないままに、僕は執事の視線の先へと目を向ける。


 するとそこには、サッキの影に隠れるようにして、慌てて逃げ出そうとしているレナさんの姿があった。

お読みいただいてありがとうございます。

どんだけ伏線貼るつもりだとお思いかもしれませんが……それももうすぐ終了です(笑)

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