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第六十三話 恋は唐突

 僕は駆け上がって来た勢いそのままに、財務部の扉を開け放った。


 バンッ! とけたたましい音が廊下に響き渡るのと同時に、


「ギニャッ!?」


 と、ビックリして飛び上がる少女の姿が見えた。


 慌てて執務机の影に隠れたその少女は、机の影から頭を出して、恐る恐るこちらを覗き見る。


 そして、僕の姿を見止めた途端、


「ニャッ!? か、か、神さまぁっ!?」


 もう一度、飛び上がった。


 危うく天井に頭をぶつけようかというほどの跳躍力である。中々に器用というか、何と言うか、少なくとも通常の身体能力ではありえない。


 見れば、まるで湯上りのように、身体に白い麻布を巻き付けた少女である。


 年の頃は十四か十五ぐらいだろうか、どこかおっとりしたような雰囲気をもつ、虎のような文様が浮き出た猫耳の、砂猫族の女の子だった。


 雑用係として財務部に配属されたという女の子だろう。名前は確か――


「なんだ、ムィじゃないか」


 そう言いながら、クワミが僕の脇から顔を覗かせた。


「にゃっ! クワミ!? なんで、こんなところに……」


 知り合い? ……って、まあ、それはそうか。砂猫族は全部合わせても四百人余り、全員が全員知り合いでも、何もおかしなことではない。


「なんでって、神さまのお供だよ。それよりムィ、なに、その恰好?」


「ワタシだって良く分かんないんだけど、部長さまが、職員の皆さんのせーしんえーせー? のために、仕事中は布を巻くようにと仰られるから……」


「うん? せーしんえーせー? なに? 良く分からない」


 ムィが困り顔で首を捻るのに合わせて、クワミが首を捻って、僕は思わず苦笑する。


 もしかしたら、パーシュさんも彼女達が、実は裸だということに、気付いたのかもしれない。


 いや、そうで無くとも、毛皮で局部が隠れただけの砂猫族の格好は、若い男性だけの部署では、刺激が強すぎるということなのだろう。


 ただ、皆の精神衛生の為というのは、実にパーシュさんらしい物言いのように思えた。


「えーと、ムィだったね。パーシュさんは?」


「にゃっ!? は、はい、か、神様!? ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶちょ! ぶちょ! 部長さまは、わ、わ、わ……」


「うん、ちょっと、落ち着こうか……」


 緊張し過ぎである。僕が思わず苦笑すると、彼女は何度も深呼吸をした。


「す、すみませんでした。部長さまは、砂猫族の集落へ、こ、戸籍作成のための聞き取り調査に行かれました」


 ぐるりと見回しても部屋の中には、この少女の姿しかない。他の皆も出払っていて、彼女は留守番。そういうことなのだろう。


 ならば、他の人の目を気にする必要も無いわけだし、僕はストレートに気になることを尋ねることにした。


「あの、外に干してある布のことなんだけど……」


 僕がそう口にした途端、ビクン! と、ムィの身体が跳ねた。


「な、な、な、な、なんでもないです! な、なっ、なんでもないんです!」


 分かりやす過ぎる。どう見ても、その反応は何でも無くは無いだろう。


「ワタシがよく水を(こぼ)すので、それを(ぬぐ)った布を洗って、干しているだけなんです。ほんとです。ほんとなんです!」


「ほんとに?」


 僕が目を合わせると、ムィは盛大に目を泳がせた。


「ほ、ほ、ほ、ほ、ほんとですぅ……ほんとなんですぅ……」


 流石にこの態度はおかしいと思ったのだろう。クワミが僕とムィを交互に眺めて口を開く。


「神様、もしかして、ムィが何か粗相をしたのですか?」


「いや、そういう訳じゃないんだけど……」


 僕は白い布が掛かっている窓の方へ歩み寄って、外を眺める。


 東棟の中庭に面した窓、ここから見えるのは中庭全体と、城砦の西側斜向(はすむ)かいの砂猫族の居住区。


 逆にいえば、この白い布が見えるのも、そこからということになる。


 つまり、もし彼女が何らかの合図を送っているのだとすれば、砂猫族の誰かということになりそうだ。


「うん、僕の気のせいだったみたいだね。仕事の邪魔してごめんね。ムィ」


「だ、大丈夫です」


 そう言った彼女は明らかにホッとした顔をしていた。うーん、砂猫族は素直過ぎて、隠し事をするとか、そういうことには向いていないのかもしれない。


 僕は財務部の部屋を出ると、階段を下りながら、クワミに問いかけた。


「ねぇクワミ。あのムィって娘は、ジャミロたち、誰かの血縁ってことはないよね?」


 ジャミロの名が出た途端、クワミは心底イヤそうに頬を歪める。


「……血縁です」


「そうなの!?」


「何代か(さかのぼ)れば、大抵、血が繋がります。砂猫族はみんな血縁者ですから」


「ああ、そういう意味ね……」


「はい、ムィは確か、お嬢の母方のチュチュアメイの血統ですから、えーと、遡って行けば、ジャミロの手下の中では、確か、トトスワミと多少、血を同じくするはずだと思います」


 トトスワミ……。確かジャミロの仲間だっけ?


「じゃ率直に聞くけど……気を悪くしないでね。もし、ジャミロたちが生きていたとして、ムィがジャミロたちを手引きするなんてことは……?」


「ありえません! 砂猫族は身寄りのなくなった子供は、隣家が引き取ることになっています。ムィは今は叔父上の子ですから」


「叔父上って……ボタの家に住んでるってこと?」


「はい! ムィは叔父上の家族です。ボクの従姉妹のギュネと、姉妹同然に育ってきた娘ですので!」


 ボタの家族と言われれば、疑う必要は無さそうな気はする。だが、それなら彼女は一体なにを隠しているんだろう。


 思わず、考え込む僕。それを覗き込んだクワミは、どこか怒ったような、そんな顔をしていた。



 ◇ ◇ ◇



 翌日。


 僕らは、左手に農地を眺めながら、湖に沿って更に東へと向かっていた。


 同行するのは、姫さまとサッキ、それにバルマンさん率いる農営部の兵士たち十名だ。


 兵士たちが牽く荷車には、サッキが西から買い付けてきた樫の苗木が載っている。


 今日の目的は植樹。農地の東側に森を造ろうというのだ。


 木材を採取できるようになれば、建築はもちろん家具や農具の作成に燃料と、皆の生活の質を更に一段階押し上げることができるだろう。


 レヴォさんとミュリエに頼んで、前もって農地の東側に水路をひいてもらっておいたおかげで、わずかではあるけれど土にも潤いが出てきているように思える。


 そこに一定間隔で苗木を植えた後、僕は地面に手をついて『恩寵(ギフト)』を発動させた。


生命の樹(レーベンバウム)!」


 農地でやったのと同じように、土の中に妖精の姿を思い浮かべると、途端に苗木が成長し始めた。とはいえ、その成長は緩慢なものだ。


「流石に、農作物と同じという訳にはいかないのでしょうか?」


 首を傾げる姫さまに、腕組みをしたままのバルマンさんが応える。


「いんや、同じでさぁ。農作物と違って樫の木ってのは、何百年かけて大きな木になるもんです。ほんとなら育つのに半年かかる農作物が一日で出来る訳ですから、同じぐらいの早さで育っても、何日もかかるってことです」


 相変わらず、姫さまに対しては、バルマンさんも言葉遣いが柔らかい。


 それはともかく、バルマンさんの言う通りなのだろう。


「一日で半年分成長させられるってことなら、二百日もあれば、この樫の木も樹齢百年の大木になるってことですか……全く、とんでもない話ですね」


 サッキが呆れたと言わんばかりに肩を竦める。


 おそらく二百日待たずとも、数日もすれば花を咲かせ、どんぐりを落すことになる。どんぐりが取れたら、それを植えていけば、数年後にはこの辺り一帯は立派な森になっていることだろう。


「で、坊主、農営部の方でこの樫の木の面倒を見りゃいいんだな?」


「ええ、お願いします」


「とはいえ……俺だって林業は専門外だ。枯らしちまっても文句言うんじゃねぇぞ」


「わかってますって」


 とはいえ、バルマンさんのことだ。きっと枯らしたりすることはないだろう。



 ◇ ◇ ◇



 唐突だけれど……。


 白い布の謎は、あっさりと解決した。


 それも、斜め上の方向に。


 植林を終えて、僕らが城砦へと戻ると、クワミが僕の方に駆け寄って来て、こう言ったのだ。


「神さま! 少しだけお時間をいただけませんか?」


 いつも会議を行う食堂へと向かい、僕とクワミはテーブルを挟んで椅子に腰を下ろす。


 僕の隣には姫さま。


 彼女には、席を外して欲しいと言ったのだけれど、「私と一緒にいるのに、他の女性と二人きりになりたいと、そうおっしゃるのですね?」と、彼女はわざとらしく()ねる素振りを見せて、全く聞き入れてくれなかった。


 クワミは困ったような顔をしていたが、最後には「しかたありません」と姫さまの同席を了承してくれた。


「で、どうしたんだい?」


「あの……ムィのことです」


「ムィってことは、あの白い布のこと?」


 僕がそう問いかけると、クワミはコクンと頷いた。


 僕の隣では、白い布のことを何も知らない姫様が、きょとんとした顔をしていた。


「あの後、ムィを問い詰めたんですけど……神さまに砂猫族が疑われるぐらいならと、全部話してくれました。あ、乱暴なことはしていませんよ、本当です」


 僕は思わず苦笑する。


「大丈夫、そこは疑ってないよ。で、結局、あの布はなんだったの?」


「はい……実は」


 そこでクワミは、なにやら言い(にく)そうに口籠る。そして一呼吸の間を置いて、意を決する様に顔を上げた。


「実は、ギュネが恋をしているんです!」


「は?」


 たぶん、この時、僕はおそらくかなり間抜けな顔になっていたのだと思う。


 そして、何とも言えない微妙な空気が漂う中、話を良く分かっていない姫さまが――『恋』という単語に反応したのだろう――少し弾んだような声音で、クワミに問いかけた。


「そのギュネさんという方は存じませんけれど、どなたに懸想されておられるのですか?」


「……パーシュさまです」


 僕と姫さまは、思わず顔を見合わせる。


 そして、


「「えええええええっ!?」」


 大きく仰け反った。


「ムィは、パーシュさまが砂猫族を訪れる日をギュネに知らせていたんです。あの白い布で……」


「ちょ、ちょっと、ちょっと、待って……砂猫族の女の子が、その……パーシュさんに惚れたって……そういうこと?」


「一目惚れだと……」


 だ、ダメだ。思考が追いつかない。


 いや、そりゃあ何年か先には、人間と砂猫族がお互いに理解しあって、そういうことにでもなればいいなとは思っていたけれど……話が急展開過ぎる。


 だが、戸惑う僕をよそに、すぐ隣で姫さまが興奮気味に声を上げた。


「すばらしいことです! 私、二人の恋を全力で応援します!」

お読みいただいてありがとうございます!

さて、次回の更新は、土曜日の予定です。

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