第六十一話 貨幣導入(その2)
「僕とサッキ以外、全員反対って……そんなに僕、頼りないんでしょうか?」
「みんな、リンツさまのことが心配なのです」
会議が終わって倉庫に向かう途中、思わずため息を漏らした僕へと、姫様が慰めるみたいに微笑みかけた。
西クロイデル王国を訪ねる。――僕が、そう口にした途端、会議が荒れた。
具体的には、「神様を呼びつけるとは!西の国よ、何様のつもりだ!」と、ボタさんがブチギレたのを皮切りに、反対の声が口々に上がったのだ。
そんな訳で、僕の西クロイデル行きは一時保留となった。
「まさか、マグダレナさんまで反対するなんて……」
僕が唇を尖らせると、前を歩いていたマグダレナさんが振り返って、どこかジトリとした視線を僕へと向けてきた。
「当事者のくせに、自分だけ修羅場から逃げ出そうったって、そうは問屋が卸しませんよ、我が王」
「そ、そ、そ、そんなつもりは……」
……ばれてる。
西クロイデルから戻ってくる頃には、姫さまとロジーさんの関係が元に戻ってればいいなー、なんてちょーっとだけ思ったのは事実だ。
ちょっとだけだよ? ほんとだよ?
「それでも、も、もし神さまが行かれるなら、ボ、ボクがお守りします!」
「コフィも一緒に行くにゃ!」
クワミが背後で声を上げた途端、コフィがぴょんと僕の背中に飛びついてきた。
「コフィ、お、重いってば……」
すると、パーシュさんと共に先頭を歩いていたサッキが、苦笑しながら振り返る。
「はははっ、陛下は愛されてますねぇ。まあ、西クロイデルの件は急ぐ話じゃありませんし、実際会ってみてもメリットがあるのかどうか……」
「そうなんですか?」
「ええ、王家とはいっても、王位継承権でいえば七位の方ですから」
僕にはピンと来なかったのだけれども、姫様が「それはもう王族というより只の貴族ですね」と、そう呟くのが聞こえた。
僕らが倉庫に辿り着くと、そこには既に兵士達が集まっていた。
これから行うのはサッキたちが買い付けて来てくれた物品の運び出しと、検品作業だ。
「じゃ、コフィ頼むよ」
「にゃ!」
コフィが倉庫の壁面に手を当てると、そこに裂け目が発生し、多少の戸惑いを見せながらも、兵士達がその中から次々と物品を運び出し始める。
事前に書面で購入物品の報告を受けていたが、それにしても物凄い量だ。
パーシュさんが羊皮紙に筆を走らせながら、兵士達に数を確認していく。
「鍛冶道具一式が四組。鉄の延べ棒が……」
「八十三本であります!」
「八十三……っと、釣り具一式が十組、医療道具一式が二組、剣はそれ、何本あります?」
「十本一組が二十二です!」
「二百二十本……ですか、こちらの希望した本数に足りてないようですが、これは?」
その問いかけに、サッキが悪びれる様子も無く応じた。
「掻き集めたんですが、流石に五百本は無理でしてね。次回買い付け時までにあと二百八十本製造しておくように約定を結んできました」
「なるほど」
続いて、各種作物の種に、樫の苗木、木箱入りの木炭、農具、食器、樽詰めの酒や塩、砂糖、胡椒などが次々に運び出されてくる。
一番量が多いのは木炭。全部で三百箱もあるらしい。
木炭があれば、焼き煉瓦も作れるし、新たにこの国の民となった鍛冶職人たちもその腕を振るえるはずだ。
まるで、文明化の波が一気に押し寄せてきたかのようだ。うん、これで皆の生活の質も随分良くなることだろう。
惜しむらくは、寝具や織り機の類の買い付けをお願いしていなかったことだ。
サッキたちが出発する時点では、そこには全く思い至っていなかったのだから仕方がないけれど、次の買い付けの時には、それも忘れずに頼むことにしよう。
「陛下! これはいかがいたしましょう?」
兵士の一人が僕の方へと声を掛けてくる。見れば彼の足下に置かれた木箱、その表にはデカデカと「国王陛下所望品」と書かれていた。
「そ、それは僕の部屋に運び込んじゃってください、おねがいします!」
僕は慌てて声を上げる。隠すようなものではないけれど、今は何かとタイミングが悪い。
「なんですの?」
姫様が訝しげに首を傾げると、マグダレナさんが姫様の肩に手を置いて首を振る。
「我が王も男性なのです。察して差し上げなさい」
途端に、姫様はポッと頬を赤らめた。
何を想像したの!?
僕がどう説明すれば良い物かと思い悩んでいると、サッキがコフィの方へと歩み寄るのが見えた。
「ねぇ、コフィさん、どうです? ウチで働く気はありません? やっぱり、あなたのその力は商人にとっちゃ夢の力ですよ。給金は言い値で支払いますけど?」
「いやにゃ!」
「あはは……そりゃ残念」
楽しげに笑いながら即答するコフィに、サッキが苦笑いを浮かべる。
見世物として売るのかと聞いてきた人間が、言い値で給金を支払うとまでいうのだから、それはものすごい進歩だと思う。コフィの物言いも、断りはしたけれども拒絶したという雰囲気では無かった。
たぶん僕らは、こうやって少しずつ歩み寄って、分かり合っていくのだ。
◇ ◇ ◇
翌日から早速、貨幣の配給がスタートした。
実際にスタートしてみても、さして混乱は見られなかった。それはそうだろう。国営の販売所にしろ、食堂にしろ、売っているものは限られている。現物で受けとるのか、貨幣で受け取って、物に交換するかの違いでしかないのだから。
だが、僕らの国は確かな一歩を踏み出した。
他国から商人が来ても、商売ができるようになった訳だし、近いところで言えば、飲食店がいくつも開店すれば、皆もその恩恵を実感できるようになるだろう。
ちなみに、飲食店経営の募集には、昨日一晩で、なんと十八名の応募があった。
パーシュさんが聞き取りをしてくれた応募者たちの来歴を見てみると、なかなか興味深いものが幾つもある。
元々食堂の店主だったというものが数人、他には貴族お抱えの料理長だったというものまでいる。食堂のおばちゃんの中から二人、自分の店を持ちたいという者もいた。
なかでも目を引いたのは、砂猫族の若い女性が一人、名乗りを上げたことだ。
砂猫族には調理という概念が無かったはずなので、若干不安ではあるけれど、これについては実際に試食してから判断するしかないだろう。
早速、明日から一日に二名づつ、サッキとロジーさんの二人で試食をして、可否を判断していってもらう予定になっている。
なぜこの二人かと言うと、ロジーさんの料理の腕に間違いはないし、売り物になるかどうかの判断となれば、サッキの右に出る者はいない。そう思ったからだ。
サッキはその分の報酬をきっちり要求してきた訳だけれど、まあ彼は我が国の国民という訳ではないのだから、それも当然だろう。
それが次の一歩。
右、左、右、左と一歩一歩、進んで行けばいい。
歩みはゆっくりでも、徐々に国からの配給を減らし、各個人が頑張れば頑張っただけ豊かになれるような、そんな国を目指していきたい。
そんなことを考えながら、僕はロジーさんとエルフリーデの二人とともに、国営販売所として、中庭に立てたテントと、そこに並ぶ人々を眺めていた。
「すごい賑わいですわね。お義兄さま」
「うーん、でもちょっと人手が足りてないかなぁ……ねぇロジーさん」
そう言って、僕がロジーさんの方へと目を向けると、どういうわけか、彼女は目を見開いたまま硬直していた。
「ロジーさん?」
彼女の見つめる先を目で追うと、テントの下で、商品を求める人々に応じている一人の女性へと辿り着いた。
五十代後半、白髪交じりの落ち着いた雰囲気の女性だ。彼女は確か、マルティナさまを見かけたという、ジズムント伯爵家の元メイドだったはずだ。
衣料部の余剰人員は結局、国営販売所の売り子に回って貰うことになったのだけれども、彼女は読み書きも計算も完璧だったので、国営販売所の取り仕切りをお願いすることにしたのだ。
名前は確か――。
「アリョーシャ……」
呆然と、ロジーさんがそう呟く。
そう、確か、そんな名前だった。
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