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第六話 生命の樹

すみません。ちょっと長めになりました……。

 最初は眩暈(めまい)かと思った。


 身体は揺れているのに、テーブルも、シャンデリアも、国王陛下の背後の玉座も、ピクリとも動いてはいない。


 だが、身体の内側から生じたうねりは、収まる気配も無く、次第に大きくなっていく。


 激しく脳を揺さぶられるような不快感。


 グニャリと視界が歪んで、目の前の風景、その色彩が次々に反転していく。


「ううっ……」


 僕が、思わず(うめ)き声を洩らしたその瞬間。


 ピィィン! と、金属がはじけ飛ぶような甲高い音が響く。


 そして、その残響の中、周囲の景色は、まるで何事も無かったかのように元へと戻っていった。


「な……なに?」


 僕は、口元を押さえて吐き気を(こら)えながら、周囲を見回す。


 見れば、僕の両脇を抱えていた貴族達も、頭を抱えて(うずくま)っていた。


 ホールはしんと静まり返り、微かな(うめ)き声だけがいたる所から漏れ聞こえてくる。


「な、何だったのだ、一体!」


 静寂を破ったのは、国王陛下の声だった。


 陛下が声を荒げると、周囲の貴族たちの戸惑いの声が、風にざわめく木の葉の様に一斉にホールに反響する。


 そして、そんなざわめきの声を切り裂く様に、


「いやぁぁぁぁああああああああ!」


 女の子の甲高い悲鳴が響き渡った。


 声が聞こえた方へ目を向ければ、そこには、エルフリーデの泣き(わめ)く姿があった。


「わ、私の『恩寵(ギフト)』が! 折角、手に入れた大切な『恩寵(ギフト)』が!」


 半狂乱のエルフリーデが、喉を()きむしるように声を上げるのと前後して、


「ば、バカな! わ、わしの『恩寵(ギフト)』が等級Eになっているだと!」


「ワタクシもD!? そんな!」


「な、なんで、こんなことに!?」


 いたるところから驚きと戸惑い、(なげ)きに(いろど)られた悲鳴じみた声が響き渡る。


 ホールの内側は混乱の渦に呑み込まれ、もはや貴族達の誰一人として、僕のことになど目もくれない。


「そんな……バカな、あはは、有り得ない。この私がDだなんて」


 すぐ傍にいた貴族が、その場に力なく座り込むのを眺めながら、僕は静かに身を起こした。


 なんだ? 何が起こっている? 


 貴族達の(なげ)きの声を聞く限り、『恩寵(ギフト)』が、軒並み低等級へと落ちたという風に受け取れる。


 だが、本当にそんなことが起り得るのか?


 常識で言えば、一度発現した『恩寵(ギフト)』の等級はどれだけ努力を重ねようとも、どれだけ(なま)けようとも、上がりもしなければ、下がりもしないはずなのだ。


 その時、


「おい、少年! 逃げるなら今だ。立てるか?」


 困惑する僕の方へと、手を差し伸べる人物がいた。


 それは、先ほど壁際にもたれ掛かっていた赤毛の女性。勝手ながら、場違い仲間に認定したあの女の人だった。


「い、一体、何が起こっているんですか?」


「わからん」


 彼女は、どこか男じみた口調で答える。


「わからんが……もしかしたら天罰という奴かもしれんな」


「天罰?」


「実際、天罰の一つや二つでは、この連中には生ぬるい。お前に対するこの連中のやりようには、オレも腹を据えかねていたんだ。お前が外に連れ出されたら、そこで、お前を救い出して逃げるつもりだったんだが、どうやらその必要もなくなったみたいだな」


 そう言って、彼女は僕の手を取ると、


「逃げるぞ!」


 と、力任せにひっぱり始めた。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 僕がその手を振りほどくと、彼女は不愉快げに片方の眉を釣り上げた。


「なんだ?」


「す、すみません。でも、ロジーさんを置いて、僕だけ逃げる訳には……」


「ロジーさん? ああ、あのメイド嬢か。いいだろう。連れてくると良い。このだだっ広いホールの中で、真面(まとも)なのはお前とオレ、メイド嬢。それと、あのお姫様だけだった。後は皆、『恩寵(ギフト)』の力に魅入られたクソ野郎どもだ!」


「ありがとうございます!」


 僕は慌ただしく頭を下げると、彼女に背を向けて、倒れ込んだままのロジーさんの方へと駆け寄った。


「ロジーさん! 大丈夫ですか?」


「はい……坊ちゃまこそ……」


 結局、僕は彼女を巻き込んでしまった。


 僕を守る為とはいえ、貴族に掴みかかった彼女も、もはや只では済まないだろう。


 ……ならば、今度は僕が、ロジーさんを守ってみせる。


「ロジーさん! 僕と一緒に逃げてください!」


 僕が手を差し伸べると、彼女は涙で汚れた目元を袖口で(こす)って、「はい!」と、力強く頷く。


 だが、その時突然、ホールの入り口の方から、けたたましい音が響き渡った。


 外を護衛していたはずの衛兵達が肩に積もった雪もそのままに、扉を蹴破って、ホールの中へと雪崩(なだ)れ込んで来たのだ。


 何が起こったのか分からなかったのだろう。貴族達のざわめきがピタリと止んで、呆気に取られたような空気がホールに漂う。


 だが、それも一瞬のこと。


「お、おい! ここは貴様らが入って良い場所ではないぞ!」


 扉近くにいた貴族の一人が、手近な衛兵に怒鳴りつけると、その衛兵は無言のままに、槍でその貴族の胸を貫いたのだ。


「きゃぁああああああ--------!!」


 騒然とするホール。ご婦人方の甲高い悲鳴を皮切りに、衛兵たちは、次々に手近な貴族達へと襲い掛かる。


 つい先ほどまで華やかな音楽とダンスに(いろど)られていたホールが、阿鼻叫喚の悲鳴と血しぶきで塗り替えられていく。


 無論、貴族達もまったく抵抗しなかった訳ではない。


 恐らく、炎を司る『恩寵(ギフト)』の持ち主なのだろう。貴族の一人が、迫りくる衛兵に向かって、勢い良く腕を突き出すのが見えた。だが、その掌から出たのは微かな火花のみ。


「そんな馬鹿なぁあああ!?」


 結局、その貴族は絶望の言葉を叫びながら、為すすべもなく槍に貫かれて、フロアへと倒れ込んだ。


 混乱するホール。衛兵達は血に飢えた獣のように逃げまどう貴族達に襲い掛かる。男女の区別もない一方的な殺戮。凄惨な血塗れの風景の中、ホールの真ん中あたりから、男の大音声(だいおんじょう)が響き渡った。


「今夜! この場で! 腐り切ったこの国は終焉を迎える! 革命は成った! 怯むな! 民衆を! そしてお前達を(ないがし)ろにしてきた貴族どもの『恩寵(ギフト)』は、もはや最低等級へと()()した! 禍根(かこん)は全て断て! 誰一人逃がすな!」


 その声の主へと目を向けると、そこには、この騒乱の首謀者らしき男の姿がある。


「ゴドフリート……さん?」


 それは先程、僕を気遣ってくれた衛兵隊長。


 彼はスラリと剣を抜き放つと、テーブルと逃げ惑う貴族達を蹴散らしながら、ホールの中央を突っ切って、国王陛下の方へと真っ直ぐに駆けてくる。


 迫りくるその姿に、国王陛下の周囲にいた貴族達は、我が身可愛さに逃げ惑い、腰が抜けたのか、国王陛下は後退(あとずさ)って玉座に座りこむと、「あ、ああぁ」と言葉にならない声を洩らしながら、だらしなく(ゆる)んだ身体を(よじ)った。


「覚悟ッ!!」


「お父さまッ!」


 ゴトフリードさんの声と、姫様の悲鳴じみた声が重なる。


 それとほぼ同時に、国王陛下の首があっけなく宙を舞った。


「お父さまぁあああ----!」


 姫様の悲鳴が響き渡る中、噴水のように噴き出す陛下の血で甲冑を染めながら、ゴドフリートさんは、ギロリと彼女を睨みつける。


 そして、彼は全身に殺気を(みなぎ)らせながら、ゆっくりと姫様の方へと歩み始めた。


「ディートリンデ姫……恨んでいただいて結構。だが、呪うのであれば、王家に生まれた御身(おんみ)の不幸を呪っていただきたい」


「……ゴドフリート」


 姫様は唇を引き結んで、ゴドフリートさんを睨みつけ、その場から逃げようともしない。


「坊ちゃま? 私達も早く逃げなければ……」


 二人の方を見詰めたまま身動きできなくなっていた僕の顔を、ロジーさんが怪訝(けげん)そうに覗き込んだ。


 ……何だ、これ。何なんだよ、これは。


 僕を助けてくれた人が、僕を助けてくれた、もう一人の人を殺そうとしている。


 良いのか? 


 僕はこれを見過ごして、本当に良いのか?


 でも、僕に一体何ができる?


 そう自問した途端、僕の脳裏に、先ほどのゴドフリートさんの言葉が(よぎ)った。


『貴族どもの恩寵(ギフト)は、もはや最低等級へと()()した! 』


 ――()()した。


 ゴトフリードさんは、確かにそう言った。


 ならば、元から最低等級の、僕の『恩寵(ギフト)』はどうなった?


 自分の 『恩寵(ギフト)』へと意識を向けた途端、頭の中にその全貌が描き出される。


生命の(レーベン)……(バウム)?』


 それは、有り得ない程に強大な力。


 もはや、人の持ちうる力。その範囲を大きく逸脱した『恩寵(ギフト)』。


「これが……『神の恩寵(ギフト)』」


 だが、僕が戸惑っている間に、ゴドフリートさんが剣を高く振り上げて、姫様へと襲い掛かった。


「姫っ! 御覚悟を!」


 迫る剣。姫様は気丈にも、ゴドフリートさんを睨みつけたままその場から動かない。


 もはや躊躇(ちゅうちょ)している場合じゃない


 僕はロジーさんの手を離すと、二人の方へと駆け出した。


「坊ちゃま!?」


 ロジーさんの驚きの声が背後で響く。


 だが、今は、それに応える余裕はない。


 間に合うか? 間に合えッ――――!


 振り下ろされる剣。


 僕は姫様とゴトフリートさんとの間へと飛び込んだ。


「なっ!?」


「ッ!?」


 ゴトフリートさんと姫様の息を呑む音が聞こえたのと同時に、激しい衝撃が僕を襲う。鋭い痛みが身体を駆け抜けて、目の前で火花が散る。斬り飛ばされた僕の腕が、視界の端でくるくると回りながら宙を舞っていた。


「きゃぁああああ――――――!」


 ロジーさんの悲鳴が響き渡る。それを聞きながら、僕は痛みを(こら)えて踏みとどまり、ゴトフリートさんの前に立ちはだかる。


 すると、彼は素早く飛び退き、再び剣を構えて目を細めた。


「お前は……さっきの……。リンツだったか? 馬鹿なことをしたものだ。そこをどけ!」


「いやです!」


「今なら、治療さえすれば、まだ命は助かる。ディートリンデ姫を殺したら直ぐに治療してやるから、言う事を聞くんだ!」


 呼吸は乱れ、額から脂汗が滴り落ちる。痛い。炎で炙られている様な灼熱感が、ずっと右腕の傷口を(さいなま)んでいる。


 でも、僕はここを退(しりぞ)く訳にはいかない。


「いやです! 反乱だというのなら、国王陛下だけで充分でしょう! 姫様まで殺す必要なんてないじゃありませんか!」


 だが、ゴトフリートさんは、呆れたとでも言う様に首を振る。


「そういう訳にはいかんのだ。姫様が良く出来た方だというのは、お前以上に私達の方が良く知っている。だがな! 姫様が生きている限り、それを担ぎ出そうという人間が必ず現れる!」


「そんな、あるかどうかも分からないことの為に、罪もない人を殺すつもりですか!」


「罪もない? その地位が既に罪だ! 私達は遊びで反乱を起こした訳じゃない! 腐った王権を打ち倒し、誰もが平等な国を造る。その理想の国には、姫様の居場所など無いのだ!」


 僕は、ちらりと姫様の方を盗み見る。


 憔悴(しょうすい)しきった顔、僕の血しぶきで汚れた頬。


 だが、その目には、いまだに強い意志の光が宿っている。


「見逃しては……貰えませんか?」


「無理だな」


「なら……仕方がありません」


 僕は小さく溜め息を吐く。


 そして、


生命の樹(レーベンバウム)!』


『神の恩寵(ギフト)』を発動させた。


 途端に失われた右腕、その切断面が膨れ上がり、ズボッ! という音を立てて、新しい右腕が生えてくる。


 その、あり得ない光景に、ゴトフリートさんは驚愕の表情を浮かべて、身構える。


「な、なんだ! それは!?」


 僕はそんな彼を尻目に、斬り落とされた『僕の右腕だったもの』を拾い上げた。


 途端に僕の手の中で、『僕の右腕だったもの』が、まるでもつれた糸がほどけるかのように、無数の赤と黒のアゲハ蝶へと変わっていく。


 そして、それはまるで舞い散る火の粉の様に、一斉に宙へと舞い上がった。


「ゴトフリートさん……僕はあなたを傷つけたくないんです。もう一度言います。見逃して……くれませんか?」

お読みいただいてありがとうございます!

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なお、次回は、ザマァましましでいきたいと思います!

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