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第五十九話 詐欺師と少女暗殺者の心の温まらない交流

 東クロイデル王国の王都クラニチャル。


 その目抜き通りの中ほどに、白亜の壁面に金細工を施した、一際目立つ建物が(そび)え立っている。


 ――鷹の宿(ロテル・フォコン)


 異国から訪れた貴族や各国を股に掛ける大商人達が好んで宿泊する、この国一番の高級宿だ。


 今、俺はその二階のカフェテリアで、午後のティータイムを楽しんでいた。


 すっと息を吸うと、カップから立ち昇る(かぐわ)しい香りが鼻腔(びこう)をくすぐり、静かに周囲を見回せば、磨き抜かれた大理石のフロアに、豪奢なシャンデリアの魔術光が反射している。


 俺は、窓に映る自分の姿に目を止めて、思わず惚れ惚れした。


 うん、やっぱり俺はこうでなくちゃ。


 本来、俺は各国で多くの女の子たちと浮名を流した、二枚目だったはずだ。結婚の約束を交わした女の子だけでも二桁に上る。そんな俺にとって、ここしばらくの三枚目な役どころは、不本意としかいいようがない。


 だが、いくら恰好をつけようったって、先立つものが無ければ話にもならない。これだけの高級宿なのだ。数日も宿泊すれば小さな家が建つ程の料金となる。


 だが、今回に限ってはその辺りも心配はない。


 世の中には物好きがいくらでもいる。ノイシュバイン城砦から持ち帰る事の出来た唯一のお宝(※第二十二話参照)が、好事家に信じられないほどの高値で売れたのだ。


 とはいえ、もちろん恰好をつける為だけに、この宿を選んだわけではない。


 東クロイデルでは特に懸賞を掛けられている訳ではないが、用心をするに越したことはないってもんだ。身を隠すなら、普通は歓楽街の安宿と相場が決まっているものだが、そういうのは素人のやることだ。俺ならその裏を掻く。



 流石に、これだけの高級宿に怪しい人間が潜んでいるとは誰も思いやしないだろう。


 俺が茶の香りを楽しんでいると、コンシェルジュがつかつかと歩み寄ってくるのが見えた。


「ヘザレスさま、お客様がお見えです」


 ヘザレス? ああいけない。そうそう俺――ティモ・トルキは、今はヘザレス・チャールトンという名を名乗ってるんだった。もちろん偽名だ。西クロイデルの更に西の小国から来た宝石商ということになっている。


「客?」


 コンシェルジュが指し示した先に目を向けたその瞬間、俺は思わず目を見開く。そして、驚愕の声を上げそうになるのを必死に押さえつけて、無理やり笑顔を浮かべた。


「ああ、すまないね」


「どういたしまして。それでは、失礼します」


 コンシェルジュが品の良い微笑みを浮かべて立ち去るのと入れ替わりに、大理石の床を車輪が転がる音。車椅子の少女がこちらへと近づいてきた。


「お嬢さん……どうしてここが分かったのかな?」


「蛇の道は蛇と申しますでしょ? ティモ・トルキさま」


 俺は慌てて周囲を見回す。コンシェルジュも既に去り、目の届く範囲には誰もいない。


「俺、名乗った覚えはないんだけど?」


「相手の素性も把握せずに、依頼を受けるのは二流の暗殺者だけですわよ」


「まあ、いいや。……で、報告を受けるのは三日後、大聖堂の裏の小さな食堂でって、ことだったよね?」


「ええ、ひよこ豆のコロッケがとてもおいしい店ですわ。ですが、こういう事は早く申し上げておくべきだろうと思いまして」


「なんだい?」


「お金を返しに参りましたの」


 そう言って彼女はテーブルの上に革袋を放り出す。俺が前金として渡したもの。袋ごとそのままだ。


 俺は意図して、彼女にじとりとした視線を向けた。


「どういうことかな?」


「失敗しましたの」


「ふーん、じゃ、もうこの仕事から降りたいってことね。一流って(うそぶ)いてた割にゃ根性のない話だねぇ」


 俺が揶揄(からか)い混じりに肩を竦めると、少女はぶっ殺すと言わんばかりの剣呑な目つきで俺を睨んで来た。


「勘違いなさらないでくださいまし。あの少年の首はワタクシがとります。どんなことがあってもドルトンの仇はワタクシが打ち果たして見せますわ」


 ドルトンってのは、たぶん執事の爺さんのことだろう。つまりこの少女は最早、自分達の問題だから金は返す。指図は受けないと、そう言いたいらしい。


「んなこと言われても、正直、困んだよね。前金は事の成否に関係ないってのがお宅らの業界の不文律な訳でしょ? それはこっちも同じな訳よ。ここで受け取ったのを知られちゃったらさ、今後俺が失敗しちゃった時に、返さなきゃいけなくなっちゃうでしょうが」


「ああ、そういえば、あなたは詐欺師でしたわよね?」


「詐欺師? って尋ねられて、はい! そうです! なーんて答える詐欺師なんて聞いたことないんだけど?」


「まあ、あなたがそうやってワタクシに貢ぎたいというのなら、仕方がありません。ここからの旅路にはお金はいくらあっても困るものではありませんし」


「は?」


 アホか? アホなのか、この女? 悪いのは足じゃなくて頭か?


 俺は貢がれる側の人間だぞ? 


 俺の為ならなんでもしてあげるって、女の子はいっぱいいるんだぞ?


 ましてや、こんな小便臭いガキなんざ、ストライクゾーンの外も外だ。


 俺が思わず眉間に皺を寄せるのも気にかけずに、少女は更に言葉を継いだ。


「貢いでいただくついでに、あなたの言っていた神聖クロイデルの王さまのところにワタクシをつれていってくださいませ。この国と敵対する方の下に身をよせれば、きっとあの少年を仕留める機会も巡ってくることでしょうし……」


 なんて勝手な言い草だ。これには俺も流石に不機嫌にならざるを得ない。


「黙って聞いてりゃ好き放題だねぇ。そもそも俺が依頼者で、君はその依頼を失敗したんでしょ? 詫びられることはあっても、面倒見なくちゃならない義理なんてないでしょうが……」


 呆れ混じりに立ち上がり、何気なく窓辺に歩み寄って下を見下ろす。だがその途端、俺は思わず片眉を吊り上げた。自分でも表情が強張っていくのが分かる。


 眼下の大通りに、衛兵たちが次々と集まってくるのが見えたのだ。


「お、おい、お嬢ちゃん!」


「ふふっ……元宰相を殺害しようとした暗殺者が王都の方へ逃げた。それもとーってもかわいい、車椅子の絶世の美少女だということは、当然、王都の衛兵たちにも通信で伝わっていることでしょうね」


 それなりに可愛いとは思うが、絶世の美少女は自己評価が高すぎるだろう。って、そういうことではなく……。


「そんな目立つ人間ならすぐ見つかる。だが見つけてもしばらく泳がせろよ、暗殺者なら、きっと雇い主のところへ報告に行くはずだ……なーんて話になると思いません?」


 少女はニヤリと口元を歪め、これには俺も唖然とする。


「おいおい、マジかよ……この俺さまがハメられたってのか?」


「さあ、ワタクシを連れて逃げてくださいませ、白馬の騎士のごとくに。もしワタクシだけ捕まるようなことがあれば、ティモ・トルキさま。あなたのお名前も、お立場のあるあなたのご両親のことも、全てお話いたしますわよ」


 少女の勝ち誇ったような物言いに、俺は思わず奥歯を(きし)ませる。


 ……最悪だ。悪魔かコイツ!


「クソっ! 覚えてろよ!」


 個性の欠片もない台詞(セリフ)をその場に吐き捨て、俺は車椅子を押して裏口の方へと駆け出した。



 ◇ ◇ ◇



 砂猫族の赤ん坊をこの手に抱いてから、二日後のことである。


 僕、マグダレナさん、パーシュさん。僕ら三人は、朝の打ち合わせを中断して、中庭へと出ていた。


 僕らは中央大通りのその先をじっと眺めている。


 物見の兵が地平線の辺りに、お家蟲(うちむし)のシルエットを発見したのは一刻ほど前のこと。


 待ちに待ったコフィたちの帰還である。


 知らせを受けてすぐに中庭に飛び出したのだけれど、今だにお家蟲(うちむし)の姿は豆粒ぐらいにしか見えない。ここに辿り着くにはもう少し時間がかかりそうだ。


 暇を持て余して、僕はぐるりと周囲を見回す。


 東棟の三階。


 そちらへ目を向けても、エルフリーデが言っていたような白布は見当たらなかった。今日だけじゃない、昨日もだ。


 やはり、彼女の思い過ごしなのだろうか? 確かに、ただ白い布が時々干してあるというだけで、陰謀論に結び付けるのは、流石に飛躍しすぎかもしれない。


「そう言えば、東棟の三階って、財務部が使ってるんでしたっけ?」


「あ、はい。そうです」


 唐突に尋ねられて、パーシュさんが少し怪訝そうな顔をした。


「陛下が何かにお使いになられるのであれば、すぐに移動いたしますが?」


「あ、いや、そういうことじゃないんです。えーと……財務部に子爵の私兵の人って配属されてましたっけ?」


 その問いかけに応えたのは、マグダレナさん。


「いいえ、この国の中枢ともいえる部門ですので」


 それにパーシュさんが言葉を継ぐ。


「今は、私と部下が二名、それと……先月配属になった雑用係の砂猫族が一人。全部で四名です」


「四名ですか……。実は衣料部で少し人が余っているようですので、どこか他の部署にまわってもらおうかと思っているんです」


 すると、パーシュさんはくいっと眼鏡を押し上げて、考えるような素振りを見せた。


「我が部署についてはどうしても読み書きと算術の素養が必要ですので、むずかしいかもしれません。……実際、それ以外の雑用は砂猫族の女の子……ムィ君というのですが、彼女が非常に良く働いてくれるので必要ありませんし」


「なるほど、じゃあ、もし算術や読み書きに長けた人がいれば、財務部にまわっていただくことにしますね」


 そんな話をしながら、さらに半刻ほども過ぎた頃、大通りを通り抜けて、お家蟲(うちむし)は中庭へと辿り着いた。


 お家蟲(うちむし)が身を震わせて動きを止めた途端、銀色の巻き毛に、三角耳の幼女が勢いよく飛び出してくる。


「神様ぁ――! ただいまだにゃっ!!」


「ははっ! おかえり!」


 勢いよく飛びついてくるコフィを受け止めると、その後にクワミ。続いて水色のターバンを巻いたひょろりと背の高いアルニマ商会の三男――サッキと、サッキの護衛の男達がお家蟲(うちむし)から降りてくるのが見えた。


「か、神様、ただいま戻りました!」


「ああ、クワミもご苦労さま」


 しがみついているコフィの方を羨ましそうな顔で眺めると、クワミは僕の方へずいっと頭を差し出してくる。


「あ、あの! 神様、ボ、ボクも、が、頑張りました!」


「うん、ありがとうね」


 苦笑しながら頭を撫でると、彼女はふにゃぁと、気持ち良さげに目を細めた。


 そんなコフィとクワミの様子を微笑ましげに眺めた後、サッキが僕の方へと向き直って、ニコリと微笑む。とても感じのいい微笑みだ、商売用の。


「陛下、この度は、我がアルニマ商会、神聖クロイデル王国支店のご利用、誠にありがとうございました」


「長旅ご苦労様でした。商売の方はどうでしたか?」


「そりゃもう、ただでさえ良い商品を、アルニマの名の下、アタシの手腕で(あきな)うんです。売れなきゃウソですってば。売って、売って、売りまくってやりましたとも! それでも余る分は、西クロイデルの兄の店を通じて、中央と周辺諸国まで流通させましたし。もちろん仕入れの方も上々、ご要望のものは細大漏らさず手に入ってます」


「それはありがたい!」


「それだけじゃありませんよ、陛下。実は、もう一つ良い儲け話が転がり込んできましてね……」


「儲け話?」


「ええ、西の商業組合の会合にも顔を出したんですが……。まあ一回麦を売って終わりって訳にゃいかないでしょうから、次回の商売の下準備のつもりだったんですが、これが、思いのほか大物が釣れましてね」


「大物ですか?」


 商売で大物ってどういうことだろう。取引するにしても、そもそもアルニマ商会以上の大店(おおだな)は他にはないと思うのだけど……。


 僕が首を傾げると、サッキが悪戯する子供みたいな顔をして言った。


「西クロイデルの王族が、この国との取引を望んでおられます」

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