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第五十七話 故郷になる。

 なんとも言えない生暖かい視線に晒されながら大通りを歩いていると、遠くの方からトンテンカンテンと(つち)を振り下ろす音に混じって、建築部の兵士たちの声が響いてきた。


 大通りの両側は既に長屋が立ち並んでいるのだけれど、建築部の皆はその裏手の方にもどんどん長屋を建て続けている。


 別段、住居が不足しているという訳ではない。


 住む家は皆に行き渡ってはいるけれど、この先もどんどん国民が増えていくのだと思えば、当面は空き家であったとしても、余裕のあるうちに準備を進めておくのは良い事だ。


 実際、戸籍簿を作っているパーシュさんの話によれば、ここ数日辿り着いた人や子爵の私兵だった者たちも含めると、ついに我が国の民は千二百人を超えたらしい。


 中央の王都ブライエンバッハの人口は十万人ほどだと聞いたことがある。それとは比べものにはならないけれど、この国も着実に大きくなっているのだ。


 だが、大きくなったとは言っても、こうして見てみると街中はとても殺風景だ。


 商売を営む者がいないのだから、それも当然だと言える。働くことと引き換えに、衣食住全てを国が支給しているというのが現状なのだ。


 そこには個人の自由や裁量もないし、娯楽だって何も無い。


そう思えば、とりわけ早くなんとかしたいのは貨幣の導入。もちろん貨幣をどうにかしたからと言って、すぐに商売が成り立つのかというと首を傾げざるを得ないのだけれど、このあたりは商人のサッキが西クロイデルから戻ってきたら、相談してみたいと思っている。


 僕は、大通りの両側を色んな店が軒先を連ねている風景を思い浮かべてみる。呼び込みの声、店主と他愛も無い冗談を交えてやりとりする奥方衆。活気のあるその風景。


 そうなると良いな。と独り頷いた。


 無論、商いをする者が現れれば、そこには貧富の差が発生する。


 それには、いささか不安も感じるのだけれど、貧しい者を支援する方策を充実させていけば、きっと大丈夫だろう。


 お金持ちは悪者だと思われがちだけれど、逆にお金持ちの誰もが慎ましやかな生活を送っているようでは、誰もそれに憧れはしない。


 憧れは力を産む。自分もああなりたいと思う気持ちは、国を発展させる力になる。


 ……というのはマグダレナさんの受け売りだけれど、僕もそう思う。


 目標があれば、人間はきっと頑張れる。その頑張る機会をどれだけ多く与えられるか。それが王様として、僕が考えるべき事なのだろう。


 そう、王様として。


 そう思えば、クラウリ子爵夫妻によってもたらされた混乱は、良い機会だったのかもしれない。


 あくまで僕にとっては……だけれども。


 僕は王様として相応しい、誰よりも優秀な人間にならなければならないと思い込んでいた。


 気負っていたと言えば自己弁護が過ぎるし、はっきり言ってしまえば、王様だの神様だのと呼ばれて、(おご)っていたのだと思う。


 子爵夫人の『恩寵ギフト』の力だったとはいえ、人間関係が少し悪くなっただけで、国が瓦解しかけたのだから、本当に目も当てられない。


 結局、この国を興す時に宣言したように、自分が出来ること、自分が正しいと信じたことを精一杯やっていくしかないのだ。


 ただし、『僕が』ではない。『僕()が』だ。


 出来ない事は、出来る人の助けを借りてやっていけばいいのだ。


 今日の散歩について言えば、僕は再出発するような気持ちで、もう一度この国の現状を見定めようと街中に繰り出した。


 ただ予定外だったのは……。


 僕はちらりと右腕にしがみ付いている姫様へと目を向ける。


 いつも通りの美しい淡い蒼の瞳ときらきらと陽光を纏う金糸の髪。


 彼女は既に男装をやめている。とはいえ、本来、姫様が(まと)うようなドレスなど、この無骨な城砦にある訳も無く、上は男物の短衣(チュニック)に、食堂のおばちゃん達が着ているのと同じ厚手の長いスカート姿だ。


 そんな恰好でも、やっぱり姫様はとても綺麗だった。


 姫様みたいな綺麗な女の子にしがみ付かれて一緒にお出かけ! といえば、僕だってうれしく無い訳じゃない。年相応に女の子には興味はある。あるのだ。


 だが、今日、僕が向かおうとしているのは、砂猫族の居住区。


 彼らもこの国の大切な国民なのだから、いろんな策を施していくにしても、彼らの生活そのものを無視して進める訳にはいかない。


 だから、僕自身の目できっちりと彼らの暮らしぶりを確認したり、話を聞いてみようと思っていたのだけれど……。


 砂猫族の居住区には彼らの独自のルールがあるのだろうし、やはり砂猫族でもない人間が出入りするには敷居が高い。


 ましてや、姫様は箱入り娘の中の箱入り娘。育ちが過剰包装なのだ。彼らに対して怯えるような態度を見せるようなことにでもなれば、溝の一つも出来かねない。


「姫様、今日は砂猫族を訪ねようと思っているんですけど……」


「はい、お供します」


 姫様はにっこりと微笑む。うん、こんな顔をされては「帰れ」なんて言えない。


 姫様がここまで僕と一緒に行動しようとするのは、ロジーさんとの(いさか)いの結果、意地になっているだけなのだと思うのだけれど、それも今すぐどうこうできる訳ではない。時間をかけて、(もつ)れた糸を一本一本(ほど)いていくしかないのだろう。


 ――何かあったら、僕がフォローすれば良いか。


 と、苦笑したところで、姫様が唐突に口を開いた。


「そういえばリンツさま、子爵夫人の処遇はどうなさるんですの?」


「マグダレナさんと相談したんですが……解放することにしました」


「解放? 大丈夫なのですか?」


「ええ、解放するのは、ずっと遠くの方ですから」


 正確に言えば、馬車で東クロイデル王国の近郊まで連れて行って、そこで解放することになっている。


 別段、情けを掛けようという訳ではない。


 マグダレナさん曰く、


「殺してしまうよりも、東クロイデルで成り上がれるように頑張っていただきましょう。災厄そのものみたいな女性ですから、きっと()の国に、多くの混乱を巻き起こしてくれることでしょう」


 つまりは、東クロイデルに対する嫌がらせとして利用しようというのだ。


 マグダレナさんらしいというか、なんというか……。


 そうこうする内に、僕らは砂猫族の居住区、その入り口へと辿り着いた。


 城砦から北に向かって中央大通りを進めば、左側が砂猫族の居住区、右側が人間の居住区だ。


 砂猫族の方も、住居は一通り行き渡っていると聞いている。


 人間と違って、こちらはこれ以上の流入は見込めないから、急激に住居が足りなくなるようなことは無いだろう。


 彼らの住居の北側は、牧場として広げていく予定だ。


 クワミの叔父、ボタが率いる狩猟部は、既に何頭かの野牛(オックス)を狩っているが、今のところ生け捕りには出来ていないらしい。


 仕留めた野牛(オックス)も、砂猫族には『血抜き』をするという概念が無いために、臭みが強すぎて、人間にはとても食べられたものではないそうだ。


 仕方がないので、これは砂猫族の皆で分配してもらうことにした。彼らにとっては何よりの御馳走だというのだから、それが正解だろう。


 僕らが野牛(オックス)の肉を口にできるのは、牧場が出来て、ちゃんと精肉できるようになるのを待つしかなさそうだ。


 居住区へと足を踏み入れると、たまたま表にいた砂猫族の女性が驚きの声を上げ、子供たちがわーっと声を上げて駆け寄って来た。


「神様!」


「神様だー!」


 途端にそこら中から「神様が来た!」という声が上がって、家々から飛び出してきた人々で、あっと言う間に僕らを取り囲むように人だかりができた。


「やあ、みんな元気そうでなによりだね」


 僕が手近な子供の頭を撫でながら、そう口にすると砂猫族の皆は嬉しそうにニコニコと微笑む。男達の多くは農営部や建築部で働いているから、ここに居る大半は子供やその母親たちだ。


「困ってることはない?」


「ありません。お家も快適だし、食べ物にも水にも困らないし、少し前までに比べれば天国みたいです」


 若い奥方がそう答えると、その隣の肝っ玉母さんっぽい女性がからからと笑って、口を開いた。


「あとは、神様がコフィお嬢をお嫁に迎えてくれれば言う事なしさ」


 お願い、爆弾を投げ込むのはやめて!


 慌てて姫様の顔を覗き込むと、彼女はニコニコと微笑んでいた。


 冗談だと思っているのだろう。ロジーさんの『坊ちゃま好き好きハーレム計画』など当然、姫様は知る由もない。


 僕が内心ほっと胸を撫でおろすのとほぼ同時に、人垣をかき分けるようにして、大柄な男性が歩み出てくる。


 コフィの留守中、族長代理のような立場を務めているクワミの叔父、ボタ・トロットビナ・ジャランジャランだ。


「よく来られた。俺たちは神様を歓迎する」


 愛想の欠片もないむっつりとした表情だけれど、これはたぶん種族の特徴ではなく、彼自身の性格によるものなのだと思う。表情だけを見れば、とても歓迎してくれているようには見えないのだけれど、子爵との戦いの中で、彼は僕の為に身を投げ出してくれたのだ。信用に値する人物だと言っていい。


 だが、彼は急におかしなことを言い始めた。


「流石、神様だ。なにもかもお見通しなのだな。我らが願うより先に来てもらえるとは思わなかった」


「は? 何のことです?」


「違うのか? ……まあいい。神様に見せたいものがある、ついてきてほしい」


 そう言うと、ボタは背を向けて歩き始める。僕らが彼の後を追うと、僕らを取り囲んだ人垣がそのまま移動し始めた。


 そして、奥の長屋の一つ、その扉の前に辿り着くとボタは大きな声を張り上げた。


「ンジャモ・ティフ・カルミニャビアの家にボタ・トロットビナ・ジャランジャランが客人とともに立ち入ることを許せ」


 すると、中から女性の弱々しい声が返ってくる。


「プリム・ンドナ・イジュラは夫、ンジャモ・ティフ・カルミニャビアに代わりボタ・トロットビナ・ジャランジャランが客人とともに立ち入ることを許します」


 なんとも回りくどいやりとりだが、これが砂猫族の作法なのだろう。


 返事を待って、ボタは扉を開け、僕らを部屋の中へと招きいれる。


「神様、入ってくれ」


「じゃあ、お邪魔します」


 部屋の中は家具の一つも無く、閑散としていた。砂猫族は元々土を盛って住処を作って住んでいたのだから、そもそも家具という概念もないのかもしれない。


 見回してみると、部屋の隅に藁が積み上げられていて、そこに一人の砂猫族の女性が身体を丸めるように横たわっていた。


 藁の寝床を見ると、僕としてはついつい厩舎で寝起きしていた頃を思い出してしまうのだけれど、これについては、今のところ人間たちも大半は藁の寝床を使っている。寝具は圧倒的に足りていないのだ。


 これもどうにかしないといけないところだよな。と、僕は記憶に留めるように心がけた。


「プリム、ンジャモはどうしたのだ?」


「夫は午後から狩りに出かける組に入っていますから、さっき出かけました」


「そうか、今日は休んでもいいと言ったのだがな……まあいい、プリムよ。神様が来られたので、連れてきたのだ」


 ボタがそう口にすると、女性は目を見開いて身を起こす。


 その胸には、白い布にくるまれた赤ん坊が抱かれていた。


「昨晩、産まれた子だ。神様、抱いてやってほしい」


 ボタが相変わらずむっつりとした表情のままにそう言うと、僕と姫様は思わず目を見開いた。


「ちょ! ちょっと待って!」


「こ、ここで生まれたのですか?」


「そうだ」


 言われてみれば、その母親の顔にはどことなく見覚えがあった。砂猫族の皆をここへ連れてくるときに、妊婦が独りいたのを覚えている。その妊婦だ。


 そばへと歩み寄ると母親が身を起こして、僕の方へと赤ん坊を差し出してきた。


「お願いします。神様、どうかこの子を抱いて、祝福をお与えください」


「は、はい」


 包んだ布ごと、おっかなびっくりそれを受け取る。首が座っていないから、ちゃんと首を支えてやらないといけないんだよな。赤ん坊なんて抱いたことないから、落としてしまったらどうしようと、ものすごく緊張した。


 僕は、そっと赤ん坊の顔を覗き込んでみる。


 目も開いていないけれど、小さな猫耳がピコピコと揺れている。人間と違って髪は既にふさふさで、なんとも可愛らしい。


 じっと見つめているうちに、気が付けば笑顔になっている自分に気付いた。


 そのままじっと赤ん坊を眺めていると、


「ここが、その子の故郷となった」


 背後でボタがそう呟いた。


 彼にとっては何気ない一言だったのかもしれない。だが、その言葉が僕の胸の奥で熱を持つ。それは本当に大きな意味を持っている。


 故郷。そうか……この国がこの子の故郷になるんだ。


 なにか、目の奥から熱い物がこみあげてくるのを感じて、肩口で(まぶた)(こす)る。すると、すぐ隣で姫様がくすっと笑う声が聞こえてきた。


「リンツさま、早く私にも抱かせてください」


 姫様がそう口にすると、ボタと母親が目を丸くするのが見えた。


「この子を抱きたい……というのか? ヒトの姫」


「ええ、こんなに可愛らしいんですもの……ダメでしょうか?」


 ボタと母親は顔を見合わせた後、僕の方へと視線を向けてくる。明らかに戸惑い混じりのその顔に、僕は思わず苦笑した。


 彼らにとって、僕は神様だから例外だとして、人間と砂猫族はまだ互いのことを探り合っているような状況なのだ。その反応も仕方がないことだろう。


「僕からもお願いします」


「わかりました。抱いてやってください。ヒトの姫」


 僕から赤ん坊を手渡すと、姫様は僕と同じようにおっかなびっくり赤ん坊を受け取った。だが、それもほんの少しの間の事。彼女はすぐに慈しむような表情で赤ん坊に微笑みかけていた。


「こんなに小さくて、こんなに温かいものなのですね……。この子の名前は、なんと仰るのかしら?」


 姫様がそう問いかけると、母親は僕の方へと向き直る。


「もしお許しいただけるなら、神様のお名前から音をいただいて、『リン』と名付けたいのですけれど、お許しくださいますか? リン・イジュラ・カルミニャビアと」


「ぼ、僕の名前ですか?」


「はい、お許しいただけるのならば……ですけれど」


正直どう答えていいのか分からずに、僕は姫様の方へと救いを求めるように目を向ける。すると、姫様はくすりと笑って赤ん坊に「あなたはリンという名前なのだそうですよ。良い名前ですね」そう語り掛けた。


 途端に、開いたままの扉の外から室内を覗き込んでいた砂猫族の皆が、ワッと歓声を上げた。


 僕はもう、なんというか、照れくささと、僕なんかの名前でいいのかという申し訳ないような気持ちと、嬉しいような気持ちでぐっちゃぐちゃで、自分がどんな顔をしているのかも分からなくなっていた。

お読みいただいてありがとうございます!

今回は少し長めになってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?

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