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第五十六話 保護者の群れ

「閣下ッ!」


 コゼットが身を(よじ)って、御者台からボクの方へと手を伸ばした。


 (ふところ)から引き抜いた執事の指の間には、鋭い鉄の針。彼が手を振るうと、それが風を斬ってボクらの方へと飛来する。


幽体(カーパス)!!」


 コゼットはボクの身体に飛びついて声を上げる。


 それと同時に、鉄の針は寸分(たが)わずボクの眉間を貫いた。


 ――仕留めた。


 恐らくそう思ったのだろう。コゼットの肩越しに見える執事の顔に、確信めいた表情が浮かぶ。


 だが、それも一瞬のこと。


「なっ!?」


 次の瞬間には、それが驚愕の表情へと変わった。


 ボクの眉間に突き刺さったはずの針が、まるで雫を落した水面のように、わずかな波紋を描いただけで、そのまま後方へと擦り抜けたのだ。


 呆気に取られたかのような静寂の中、馬車の遥か後方で地面に針が突き刺さる微かな音が響いて、吹き抜けた風がコゼットの肩までの黒髪をわずかに揺らした。


「これは……驚きましたな」


 たぶん、本当に驚いているのだろう。執事の声はわずかに上擦っていた。


 だが、その言葉の冷静さとは裏腹に、彼の視線は忙しく周囲へと動いている。失敗したら即座に逆襲を警戒する辺り、相当腕利きの暗殺者なのだろう。


「いやー、今のは危なかったね。コゼット」


 僕がへらっと笑うと、彼女は不機嫌そうに口元を歪めた。


「……もう少し警戒してください」


 口調は丁寧だけど、乗っかってるニュアンスを言語化すると「面倒かけるな、クソ雑魚」。全くもってコゼットは相変わらずだ。


「コゼットがちゃんと守ってくれるって信じてるからだよ」


「…………」


 彼女は何とも言えない複雑な表情を浮かべた。六割は呆れ、三割は怒り、あとの一割はたぶん、これ喜んでるんだと思う。


 だが、ボクのその言葉は偽りのない真実だ。彼女がいる限り、誰もボクを傷つけられない。


 彼女の『恩寵(ギフト)』――『幽体(カーパス)』は自分自身と、その手で触れているものを幽体(アストラル)化するという代物だ。


 効果範囲の狭さのせいで等級はCだけど、幽体(アストラル)化している間は、こちらからの攻撃もできないかわりに、ダメージも一切受けないという、ある意味反則みたいな『恩寵(ギフト)』なのだ。


「さて……と、それでキミ達は、どこの誰が送り込んで来た刺客なのかな?」


 ボクのその問いかけには、車椅子の少女も執事も返事を返さない。ま、そりゃそうだろう。問われて、べらべら喋るような奴は暗殺者には向かない。


 とはいえ、僕らの命を狙う人間といえば……心当たりが有り過ぎて困る。


 名籍としては立派だが貴族とは名ばかりの老夫婦。その養子が弱冠十六歳にして、女王陛下の寵愛を受けて自分達の頭を飛び越し、宰相位を手にしたのだ。


 それを面白いと思える貴族はまず居ないだろう。


 実際、汚い手もかなり使った訳だしね。


「答えるつもりがないなら、実力で答えてもらうしかないねぇ」


 僕がそう口にした途端、執事は車椅子を押して一目散に逃げ始めた。


「ドルトン! ちょっと! なに考えてるの! 獲物に背を向けるなんて!」


「お嬢さま、御叱りは後で存分に!」


 (わめ)き散らす少女に構わず、執事は車椅子を押して一目散に走っていく。


 大したものだ。どうやら彼は本当に一流の暗殺者らしい。自分たちの置かれた状況を完全に把握している。


 もちろんボクだって、この旅の途中で一度や二度、命を狙われることぐらいのことは想定していた。


「じゃ、よろしく頼むよ!」


 ボクがそう口にした途端、道の左右で風に揺らいだカーテンのように、風景が(めく)れ上がった。


認識阻害幕(カモフラージュ)!?」


 車椅子の少女が引っ繰り返ったような声を上げる。


 ノイシュバイン城砦攻城戦で、城砦の周囲に設置した魔力増幅装置(アンプリフィキャタ)を隠していたのと同じものだ。


 (かぶ)った布を振り払うようにして、黒鉄色の鋼の騎士――機動甲冑(アルミュール)が二体、何もない空間から唐突に現れる。


 軍属のものではなく、ボクの個人所有の機動甲冑(アルミュール)。量産型のヘクターに機動性面での改造を加えたヘクター改だ。


「閣下、かなりの手練れです。生け捕りは難しいかと」


「うん、いいよ別に。それはそうと閣下ってのは止めてよ。もう、そう呼ばれる立場じゃないんだから」


 僕がコゼットに微笑み返したのとほぼ同時に、二体の機動甲冑(アルミュール)の足下で、けたたましい音を立てて車輪が回転し始め、乾いた地面を(えぐ)って、二人の暗殺者を追い始める。


 どれだけ必死に走ったって、ヘクター改の速度から逃れられる訳がない。僕らが逃げ隠れできないように周囲に何もない場所を選んだのだろうけど、それが仇となった。


「そ、そんなの隠してるなんて……。こ、この! 卑怯ものぉお―――!」


 車椅子の少女が、振り返りながら腕を振り上げ、声を荒げる。


 人の命を狙っておいて、何言ってんだか……。


 執事は走りながらも(ふところ)から鉄の針を取り出して、背後から迫る機動甲冑(アルミュール)を見据える。


 彼がその手を一閃すると、鉄の針が機動甲冑(アルミュール)の足下で回る車輪の間に挟まって、機動甲冑(アルミュール)の一体が、つんのめってけたたましい音を立てて倒れ込んだ。おお、すごい。だけど、流石に二体は無理だろうし、倒れ込んだ一体もすぐに起き上がる。


 覚悟を決めたのか、執事は立ち止まると車椅子をこちらの方へと旋回させて、迫ってくる機動甲冑(アルミュール)を見据えた。


「お嬢様、ここはワタクシめが引き受けます」


「ドルトン! な、なにを!」


「お嬢様、どうか我々の悲願を!」


 そう言って執事は少女が座する車椅子の車輪、そのハブに添え付けられた摘まみへと手を伸ばす。


「お、おやめなさい! ドルトンッ!」


 少女の必死の声に、ボクとコゼットは身構える。


「いつまでも、ご健勝で!」


 執事が力一杯そのつまみを引っ張ると、途端に車椅子の車輪が眩い光を放ちながら、凄まじい勢いで回転し始めた。


「なっ!」


 ボクが思わず目を見開いたその瞬間、少女を乗せた車椅子が、その場の誰もが反応できないほどの速さで、二体の機動甲冑(アルミュール)の間を走り抜け、ボクらの荷馬車(ワゴン)の脇をすり抜けて、王都の方へと走り去っていく。


「ドルト――――――――――――ンッ!」


 どんどん後方へと遠ざかって行く少女の叫び声を聞きながら、


「ははっ……やってくれるね。麗しき主従愛ってやつかい?」


 ボクが思わず苦笑すると、車椅子が立てた砂埃の向こうで、執事が穏やかな微笑みを浮かべた。



 ◇ ◇ ◇



 食事を終えて、僕は日課の散歩に出かけた。


 ついてこないでとは言ったのだけど、ロジーさんはともかく、姫様はちっともいう事を聞いてくれない。今も僕の右腕にしがみ付いたままだ。


「こんにちは、王様……あっ」


 人々は気軽に声を掛けてくれるのだが、今日に限っては姫様の姿に気付くと皆、一瞬驚いたような顔になった後、すぐに生暖かい目をする。


「お兄ちゃん、デート? それってデートなの?」


「こ、こらっ。うふふっ、王様、気にしないでくださいね」


 小さな女の子が駆け寄ってきたかと思うと、その母親が追いかけてきて女の子の手を掴むと愛想笑いを浮かべながら去って行った。


 通りからはいつのまにか人の姿が無くなった。なのに、どういう訳かそこら中から生暖かい視線を感じる。


 例えるなら、息子がはじめて女の子を家に連れてきた時の母親みたいな視線だ。


 いや、まあ一応姫様は僕の婚約者ということになっているのだから、なにもおかしなことをしている訳ではないのだけれども……。


 流石に居心地が悪すぎる。保護者の群れかここは。


「姫様……あの、少し離れていただけませ――」


「お断りします」


 姫様はすこし食い気味に答える。うん、にべもない。


「じゃあ、姫様……お願いですから、あの、もう少しロジーさんと仲良くしていただけませんか」


「あなたがどの口で、その言葉を言うのです」


 そりゃま、そうだろう。二人の仲違いの原因は、どう考えても、僕がロジーさんと姫さまを比べるような事を言ったからなのだから。


「それについては謝ります。本心じゃなかったんですってば……」


 姫様は腕にしがみついたまま、僕の顔をじっと見つめると、口を尖らせてこう言った。


「やはりリンツさまは何も分かっておられません。私は、ロジーと仲良くするためにこうしているのです」


 ……さっぱり訳がわからなかった。

お読みいただいてありがとうございます!

書籍化発表後、感想やツイッターでたくさんのお祝いの言葉をいただきました。本当にありがとうございます。

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