第五十五話 神の恩寵でも治療できない。
大変お待たせしました。第五章スタートです。
それと今回は、最後におしらせがあります。
「中央クロイデルについたらさ、何日か休暇取っていいよ」
「休暇?」
「たまには実家にでも顔出してみれば?」
「……必要ありません」
「せっかく、ボクが良いって言ってるのにさ」
「私が休暇を取っている間、誰がアナタの面倒を見るのです?」
「向こうでメイドさんでもあてがって貰うさ。ほら……今なら顔を出したって罵られたりしないんじゃないの? 没落してたお陰で貴族狩りを免れたんだから」
御者台のコゼットは正面を向いたまま、それ以上返事をする気配は無かった。
その背中からは、「それ以上要らないことを言ったらブッ殺す」とでも言わんばかりの不機嫌なオーラが立ち昇っている。
「やれやれ……」
ボクは小さく肩を竦めると、頭の後ろで指を組んで、そのままゴロリと荷台の上に横たわった。
視界に、抜けるような青空が飛び込んでくる。
風はまだ冷たいけれど、温かな陽ざしは春が近いことを感じさせた。
東クロイデルから中央クロイデルを貫いて、西へと抜ける大陸公路。そこを一路、僕らは中央クロイデルの旧王都ブライエンバッハへと馬車を走らせている。
走らせているとは言っても、なにも急ぐ旅路ではない。馬車の速度はゆったりとしたものだ。
規則正しい車輪の音と、周囲の静けさが絡まり合って、ついでに荷台の床板を通して伝わってくる揺れがそいつらと結託して、やたらにボクの眠気を誘ってくる。
王都を出てこちら、すれ違う馬車も見当たらない。
通常ならば、それなりに馬車の往来も多い街道なのだが、中央クロイデルの混乱が収まるまでしばらくの間は、おそらくこんな感じ。行き来する者もほとんどないままだろう。
ノイシュバイン城砦攻略戦で、自身の専用機サラバンドを含む十三機もの機動甲冑を跡形もなく破壊されるという大失態を犯したボク――レオン・マルスランは、宰相の地位を剥奪されて、四階級の降格。一外交官として、折衝窓口となるべく中央クロイデルに赴任することになった。
成り上がり者のボクを疎ましく思っていた貴族連中は、今頃手を叩いて喜んでいるのだろうけど、女王陛下の本音としては、四の五の言わずにイラストリアスの魔鏡を手に入れてこいってところ。
落ち込むつもりもないし、その必要も無い。
僕の赴任する中央の連中、特にその指導者――ミットバイセという男は、愚にも付かない夢想家だ。
平和な世界を作りたいという志は尊いとは思うけれど、なにせお人よし。口八丁でボクの思う通りに動いて貰うのは、さほど難しいこととは思えなかった。
問題は肝心の魔鏡が一向に見つからないことと、例の『神の恩寵』の一味だ。
僕とコゼットを残して部隊を壊滅させた雷。たぶん『恩寵』なのだろうけれど、あれは『神の恩寵』のヤツが使うものとは別系統だと思う。
あのおばさんの恩寵なのだろうか?
アレはヤバい。
東クロイデルの王都に潜入されて、突然、アレを発動されたら手の打ちようもないだろう。
実際、ボクもコゼットが一緒で無かったらたぶん死んでたし、ボクの指揮下で命を落とした訳だから、魔導兵団の兵士達やジョルディ君には申し訳ないとも思っている。
女王陛下は『神の恩寵』の一味については別の者に対応させると言っていたけれど、まあお手並み拝見というところかな……。
目を閉じてそんな事を考えている内に、次第に瞼が重くなっていった。
そして本格的に眠りに落ちようとしたその矢先、荷馬車が静かに速度を落としていくのを感じた。
「ん? どうしたんだい?」
「道を塞いでいる者がいます」
ボクは身を起こして、コゼットの肩越しに馬車の前方へと目を向ける。
「ん? なんだいアレ」
「知りません」
眉間に皺を寄せて目を細めるボクに、コゼットが素っ気なく言い放った。
僕の視線の先には二人の人物。
見渡す限りの冬枯れの野原。それを貫く街道。そして、その真ん中に車椅子の少女と、それを押すクラシカルな礼服姿の執事らしき初老の男の姿があった。
黒を主体にすみれ色の差し色のドレスを纏った陶器人形のような少女と、貴族の家宰とも思える上品な佇まいの男である。閑散とした冬枯れの風景の中で、彼らの姿はどこか芝居の登場人物のような嘘臭さを感じさせた。
僕らの馬車が十四シュリット(約十メートル)ほど手前で停車すると、執事らしき男が手をあげた。
「申し訳ございません。少々困っておりまして。不躾ではございますが、近くの街まで同乗させていただく訳には参りませんでしょうか?」
「お断りいたします」
コゼットが即座に首を振ると、車椅子の少女が不愉快げに眉間を曇らせた。
「ドルトン、酷いものですわね。この国の軍人には人の心というものが無いのかしら。噂に聞く南の蛮族でも、困っている旅人に手を差し伸べるぐらいのことはするでしょうに」
「お嬢さま、聞こえてしまいますので、もう少し小さなお声で」
声を潜める執事の姿に、ボクは思わず苦笑する。
「うん、ばっちり聞こえちゃってるんだけどね」
「それは、失礼を」
「悪いんだけどさ。ボクらもちょっと色々訳アリでね。見知らぬ旅人を一緒に連れていってあげる訳にはいかないんだよね」
「お礼ならちゃんと致しますわよ。袖の下の一つも取らぬほど潔癖な人間には見えませんもの。ドルトン」
「はい、お嬢さま」
執事が懐に手を差し入れる。
「いやさ、そういうことじゃ無くって……」
ボクが首を竦めるのとほぼ同時に、執事が懐から手を引き出す。その瞬間、彼の手元で何かが光るのが見えた。
◇ ◇ ◇
クラウリ子爵が引き起こしたあの騒動から、三日が経過した。
国内……っていっても城砦の中と、その周りしかない訳だけど、それも既に平穏を取り戻している。
子爵夫人の恩寵によって破壊された人間関係も元通りに修復された……んだったら良かったのだけど。
「はい、リンツさま、あーん❤」
「ひ、姫様、じ、自分で食べますから」
「もう、リンツさまったら❤ 恥ずかしがり屋さんなんですから❤ そんなに照れなくても良いではありませんか❤」
照れている訳ではありません、姫様。
背後から僕らを刺し貫いている視線が怖いんです。
恐る恐る背後をふりかえると、完全に表情の抜け落ちたロジーさんが、凍てついた視線を僕と姫様へと投げかけている。
「もう、リンツさまったら、いつまでたっても食事が終わりませんわよ」
そう言いながら、姫様はスプーン片手に僕へとしな垂れかかってきた。二の腕にふにょんと柔らかい感触。ひっ、姫様、食事どころじゃありませんってば。
救いを求めて視線を泳がせると、向かいの席ではマグダレナさんとレナさんが二人してニヤニヤしながら、僕の引き攣った顔を眺めている。
「マグダレナさん……あの」
「うふふ、若いって素晴らしいですわね」
助けてくれるつもりなど、全くないらしい。
さて、なんでこんなことになっているかと言うと……実は僕も良く分からない。
クラウリ子爵が消えてしまった後、今後のことを相談するためにマグダレナさんと一緒に僕の居室へ戻ったのだけど、扉を開けた瞬間、
「な、な、な、何やってるんです!」
僕は思わず声を上げた。
僕の目に飛び込んで来たのは、互いの髪を掴みあって、甲高い声で喚き散らしながら取っ組み合う二人の女性の姿。
姫様とロジーさんが掴みあいの喧嘩の真っ最中だったのだ。
「ちょ、やめ! やめてください! 二人とも!」
僕が間に割って入ると、二人はとりあえず離れはしたが、肩で息をしながら互いの事を睨みつけている。
見れば、二人の顔や手の甲には互いにひっかき傷だらけ。
「二人とも、一体どうしたっていうんです?」
僕が尋ねても、二人は互いに睨みあったまま答えようとはしない。
子爵夫人の『恩寵』の影響がまだ残っているのかとも思ったのだけれども、マグダレナさんへと視線を向けると、彼女はわずかに首を竦めた後、僕に向かってこう言った。
「我が王、とりあえず二人の傷を『恩寵』で治療してあげてください。顔に傷など残ってしまっては大変ですので」
睨みあったままの二人に治療を施して、それが終わるとマグダレナさんは二人を連れて部屋を出て行った。
そして翌朝から、ことあるごとに僕にべったりとくっつく姫様を、ロジーさんがじっと睨みつけているという風景がずっと続いている。
マグダレナさんに一体何が起こっているのかと尋ねても、「まあ、行くところまで行ってみないと分からないこともありますので」とはぐらかすばかり。
「……身が持たないです」
残念ながら、『生命の樹』は、僕のすり減った神経は治療できないようだ。
お読みいただいてありがとうございます!
姫様とロジーさんの間に何があったのかは、またあらためて。
大丈夫、雨降って地固まるはずです(笑)
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やっと編集さんからOKが出たので、発表させていただきます。
「反転の創造主」書籍化決定しました!
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今後とも、反転の創造主を何卒よろしくお願いいたします。