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第五十三話 卑賎の血なれども。

「等級Aの人間の前で、等級Bを誇る滑稽さにお気づきですか? お馬鹿さん」


「お、お馬鹿さ……ん?」


 子爵は一瞬、ポカンとした表情になった後、不愉快げに顔を歪めた。


「マグダレナ殿。強がりはよし給え。貴女が私の相手にはならない事ぐらい分かっているのだろう?」


 等級Aのマグダレナさんが、等級Bの子爵の相手にならない?


 ボクが思わず首を傾げかけた時に、(かつ)て家庭教師を務めてくれていたボヴァリ夫人が、勉学の合間に仰っていた事を思い出した。


「戦場で、最も華々しい戦果を上げているのは、等級Aの方ではございません、実は等級Bの方なのですよ」


 夫人曰く、等級Aの恩寵所持者(ギフトホルダー)は、余りにも威力が強すぎて、戦場に出る機会そのものを与えられないのだという。


 それというのも、等級Aの者が戦場で『恩寵(ギフト)』を発動すれば、大量殺戮は避けられないからだ。


 東西のクロイデル王国と、中央クロイデル王国は何だかんだ言っても、元々は一つの国。言わば兄弟国。小競り合いは頻繁に起こっているが、大量殺戮を決意しなければならないほどの状況は、分裂以降、一度も起こっていないのだ。


 故に実際の戦闘に出るのは等級Bの者。等級Aの者は抑止力として扱われるそうだ。


 子爵とマグダレナさんの間の距離はわずか十シュリット(約七メートル)。


 こんな近距離で等級Aの『恩寵(ギフト)』を使用するのは自殺行為でしかない。


 子爵の言う「相手にならない」というのは、つまり、そういうことなのだろう。


 だが、


「あなたも等級が威力や規模で決まると、勘違いしている手合いですのね」


 マグダレナさんが、やれやれと肩を竦める。


「それ以前の問題だ! 私も諜報活動に従事する者。政敵になりそうな者の情報は掴んでおる。だが、貴女の『恩寵(ギフト)』については、いくら調べようとも全く情報が出てこないのだ」


「乙女の秘密を暴こうだなんて、いやらしい。とんだヒヒジジイですわね」


「やかましい!」


 思わず声を荒げた後、子爵は咳払いをして混ぜかえされた話を元へと戻す。


「私はこう結論づけている。ジーベル家のマグダレナは、実は『恩寵(おんちょう)』なんて持っていない。鑑定に立ち会った者に金を握らせて、等級Aを名乗っておるだけの只の女なのだとな!」


「どう思おうと勝手ですけれど……」


 マグダレナさんはうんざりした様な顔で、屋根の上のレナさんへと声を掛けた。


「レナ殿、私兵の皆さんはおまかせしても?」


 マグダレナさんのその一言に、僕はハッとして、こちらへと行進してくる私兵達の方へと目を向けた。


 彼らの足取りはゆっくりだが、もう、すぐそこまで来ている。

 

 彼らが手にしているのは槍。


 剣ではないから、子爵の『恩寵(ギフト)』の影響を受けないということなのだろうか? いずれにしても僕らも、兵士も、砂猫族たちも、剣を失って丸腰。子爵の『恩寵(ギフト)』に加えて、あの数の兵士に襲われては一溜まりもない。


 思わず、奥歯を噛みしめる僕。だが、それとは対照的に、レナさんはどこか気の抜けた声でマグダレナさんに応じた。


「あのさぁ、オレの剣もそこに浮いてるんだけど?」


「あらあら、なーんだ。剣が無ければ、剣聖の弟子も、只のか弱い乙女ということなのですね。がっかりです」


「んだとっ! 言ってくれるじゃねぇか……馬鹿野郎! やってやんよ! 見てやがれ!」


 ああ……チョロい。


 ホント、ビックリするぐらいチョロいよ、レナさん。


 いくらなんでも、(あお)り耐性低すぎじゃありません?


 僕が思わず苦笑している間に、レナさんは屋根の上を私兵達の方へと駆け出して、子爵が声を荒げた。


「動くなというのが、わからんのか!」


 途端に、宙空から二本の剣が風斬り音を立てて、レナさんの方へと落下していく。流星のように空を滑り落ちる剣。だが、レナさんは、


「喰らうか! ボケ!」


 足場の悪い屋根の上にもかかわらず、一本を側転で(かわ)して、すぐに後ろ回し蹴り。もう一本の剣の腹を、ブーツの分厚いヒールで蹴り飛ばす。


 カラン、カランと乾いた音を立てて剣が地面に転がって、子爵が頬を引き攣らせた。


「ば、ばかな!?」


「そんなもんでオレが殺れるとでもおもってんのかよ。チッ……舐められてる。ムカつくぜ」


 そして、レナさんは勢い任せに屋根から飛び降りると、槍を手にして身構える私兵達の只中へと突っ込んで行く。慌てたのは私兵達だ。幾らなんでも無謀過ぎる。普通に考えれば自殺行為にしか見えないのだが、僕には、レナさんがやられるところがまるで想像出来なかった。


「だ、誰も動くな! 誰かが動けば全員の上に一気に剣が降り注ぐことになるぞ!」


 思わずレナさんを追って、駆け出しそうになる僕らを見回して、子爵が声を荒げた。私兵達の方から響いてくるのは怒号と悲鳴と打撃音。八面六臂に飛び回るレナさんが、相手の槍を奪い取って、次々に私兵達を打ち倒していくのが見えた。


「な、なんなのだ、あの小娘は……、人間か?」


 頬をヒクつかせる子爵を嘲笑うかのように、マグダレナさんが口を開く。


「さて、あなたの相手は私ですわ。私の『恩寵(ギフト)』は、あなたの『恩寵(ギフト)』を無効にし、しかも他の誰も巻き込むことはありません。どんな『恩寵(ギフト)』か分かりますか?」


「なんだと?」


「ふふっ、()()しましたね?」


「何を企もうが状況は変わらんぞ。まずはお前から死ね! この姦婦めがッ!!」


 子爵の怒号とともに、宙空に浮かぶ無数の剣が、マグダレナさんへとその切っ先を向けた。一斉に降下し始める剣。まさに剣の雨。鋭い鋼の切っ先が彼女へと襲い掛かる。


 だが、彼女はわずかに目を細めただけで、身じろぎ一つしなかった。


「マグダレナさんッ!」


 無数の剣が針鼠のように彼女の身体を刺し貫く場面を想像して、僕は思わず目を背ける。


 だが、


「な、なんだとっ!?」


 子爵の引っ繰り返ったような声が響いて、僕は恐る恐る顔を上げた。


 マグダレナさんの周囲に無数の光の粉が飛び散っているのが見えた。それは信じられないような光景だった。マグダレナさんに接触した瞬間、剣が光の粒になって、粉々に飛び散っていくのだ。


 マグダレナさんは薄笑いを浮かべて、子爵に言った。


「『分解ディスインテグラティオン』。あなたが想像したとおりの『恩寵(ギフト)』でしたよね?」


 それは触れる者全てを、物質の最小単位にまで粉々に砕く能力。


 積極的に攻撃できるわけではなさそうだが、どんな攻撃にも傷つかず、触れるもの全てを消滅させるのだとすれば、こんな凶悪な能力はない。彼女一人を敵陣に送り込むだけで勝負は決まってしまう。


 思わず後ずさる子爵を見据えて、マグダレナさんはジリジリと歩み寄っていく。


「と、止まれ! 近づくなっ!」


「子爵、あなたは私と我が王との関係を悪化させようとしたのでしょう。ですが計算が狂ったのは、それよりも先にディートと我が王の関係が悪化したこと。 我が王が、あなたが想像するよりも、はるかに女心のわからない唐変木だったことです」


待って!? これ僕が(おとし)められる流れなの!?


「ですが、それは私にとっては都合がよかったのです。あなたの目的はディートだということは最初から分かっていましたから、これ幸いとばかりに私は彼女を隠したのです」


「なんだと?」


「中央には、既に貴族の居場所は無く、西には疎まれている。東にしか逃げ延びる先の無いあなたは、手土産が必要だと。そう考えたのでしょう。逃亡した王族を差し出せば、確かにそれなりの待遇で受け入れて貰えるでしょうからね」


 子爵はただマグダレナさんを睨みつけている。その表情は彼女の言葉が的を射ていることを確信させた。


「隙を見て攫うつもりだったディートがいなくなって、あなたは慌てた。仕方なく他に手土産に出来るものはないかと探し回ったのでしょう。散歩と称してうろつきながら。そしてあの農地を見つけた」


「私にあれこれ質問されておったのも……」


 キップリングさんが呆然と呟くと、マグダレナさんは小さく頷いた。


「一晩で収穫できる農地はどんな国でも、喉から手が出るぐらいに欲しいものでしょう。ですが、手に入れようにも、あの農地は我が王の『恩寵(ギフト)』によるもの。我が王が『恩寵(ギフト)』を解除してしまえば、ただの土に戻るのです」


「そりゃそうだろうよ。」


 バルマンさんが不愉快げに呟く。


「ですが、仲たがいをして、兵士達と分断されたとしても、我が王はどうしようも無いお人よしですから、腹いせに『恩寵(ギフト)』を解除しようとは考えない。子爵はそう見越したのでしょう。そして、それは私も間違ってはいないと思います。我が王から農地を含む兵士達のいる側を奪い取った後、数日もすれば、子爵殿はこう言い始めた筈です。『姫を探しに出発する。途中、自給自足のために農地の土を袋づめにしてもっていく』と」


 そして、そのまま東に亡命する。


 何も知らない僕が、『恩寵(ギフト)』を解除することはない。いや、知ったとしても、解除することで東クロイデルに亡命した兵士達が窮地に陥ると考えれば、たぶん僕は、解除しようとは思わないだろう。


 既にマグダレナさんと子爵の距離は手を伸ばせば、触れられる程に近づいていた。


「来るな! 来るなぁあ!」


 悲鳴じみた声をあげながら、後ずさる子爵。彼は周囲を見回して、残り少なくなった宙空の剣を僕の方へと向けた。


「それ以上近づいたら、こいつの命は無い! 離れろ!」


 その瞬間、バルマンさんにキップリングさん、砂猫族のボタが、僕を取り囲む様に立ちはだかって声を上げた。


「坊主を守れ! こいつさえ生きてりゃあ、この国は守れる!」


「恐れるな! 即死さえしなければ、きっと陛下が治してくださる!」


「我らが神の、盾となれることを名誉に思う」


 途端に雪崩を打つように、つい先ほどまで相争っていた砂猫族と兵士達が、僕の周りを取り囲んで、口々に声を上げた。


「陛下を守れ!」


「指一本触れさせねぇぞ!」


「神の(いしづえ)となる名誉は、我々、砂猫族のものだ!」


 その光景を目にして、子爵は目に見えて狼狽する。彼は目を血走らせて、声を限りに叫んだ。


「この愚か者どもがアアアア! そいつは下男だぞ! 貴い血を持っているのは私だ! なぜ従わない! 貴様らは狂っているのだ!」


 マグダレナさんはそんな子爵を憐れむような目で眺めた。


「可哀そうな人。あなたの貴き血を(おとし)めたのはあなた自身の在り方。卑賎の血を貴きものにしたのは、我が王自身の在り方なのです」


 そして、彼女は怯える子爵の手を静かに握った。

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