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第五十一話 しょぼくれた面してんじゃねぇよ、バカ野郎

 城砦前の大通り。キップリングさん、バルマンさんと共に慌てて外へ飛び出した僕を待ち受けていたのは、砂猫族と兵士達が睨みあう光景だった。

 

 互いに数は数十名ほど。砂猫族の方がやや多いように見える。


 彼らは日干し煉瓦を敷き詰めた道の中央を境に、左右に分かれて互いに声も無く睨みあっている。そこにはヒリヒリとした空気が立ち込めていて、何か切っ掛けでも与えれば、すぐにも殴り合いへと発展しそうな危うい雰囲気が漂っていた。


 兵士達の方を見回せば、その顔ぶれを見る限り、建設部の者達が多くを占めているように見える。だがぐるりと見回してみても、その長たるレヴォさんの姿は見えなかった。


「てめぇら! 何してやがる!」


 僕が口を開くより先に、バルマンさんの怒鳴り声が響いた。


 砂猫族と兵士達。その両方が剣呑とした視線を、そのまま僕らの方へと向けてくる。


「言いがかりをつけられておるのだ」


 ドスの利いた低い声で返事をしたのは、最前列で腕を組む立派な体格の砂猫族。


 ポタ・トロックビナ・ジャランジャラン。


 迫力のある五十絡みの男で、先日創設した狩猟部の長であり、クワミの叔父にあたる人物である。


 だが、ポタのその物言いに、兵士達は一斉に声を荒げて反発した。


「何が言いがかりだ! この()れ者め!」


「しょせんケダモノ、人の言葉を解さぬらしいな!」


「こちらの女性士官が一人、お前達に乱暴されたと訴えておるのだ。しらばっくれるのもいい加減にしろ! このケダモノどもが!」


 ポタはそんな兵士達に対して、むっつりとした表情で言い返す。


「我らに、耳も尻尾もないような貧相な女を好む者はおらん」


「何を!」


 僕ら三人は慌てて、ポタへと掴みかかろうとする兵士達の手を払いながら、両者の間に割って入った。


「わかりました、わかりましたから、落ち着いてください! その女性士官に乱暴した犯人を捕まえて、ちゃんと罰を与えます! あらためて詳しいお話を伺いますから、今日のところは両方とも解散してください!」


「神様がそう仰るなら異存はない」


 僕の言葉に、ポタが相変わらずのむっつりした表情で頷くと、兵士達の中から声を上げる者がいた。


「こちらには異存があります。陛下」


 歩み出てきたのは、殺気立つ周囲の雰囲気とは裏腹に、穏やかな微笑みを浮かべた兵士。年の頃は二十歳前後、くすんだ金髪に象牙色の肌。育ちの良さを感じさせる、それなりに見目の整った青年兵士であった。


「ジョルジュ殿です」


 キップリングさんが、僕にそっと耳打ちする。


 どうやらこの青年が先ほど話に上った、周囲の者達を焚きつけているという貴族上がりの兵士らしい。


「陛下、そんなその場しのぎは良くありませんね」


「その場しのぎじゃありません。こんな興奮した状況じゃ不要な(いさか)いが起こりかねません。あらためて双方からお話を伺って……」


 だが、僕の話を右から左へと聞き流して、ジョルジュは静かに目を閉じる。


「陛下、この場ではっきりさせていただきたいことがあります」


 そして彼は目を見開くと、先程の穏やかな雰囲気をつゆとも感じさせない冷たい視線で僕を刺し貫いた。


「陛下。あなたは一体、どちらの味方なのですか?」


 どちらの味方。


 その問いかけに、それまで騒ぎ立てていた兵士達も砂猫族も静まり返って、僕の返答に耳を(そばだ)てる。


 なんというバカげた質問だろう。


 僕にはそうとしか思えない。


「どうしてどちらかなんて、分ける必要があるんです。あなた方も砂猫族も、みんなこの国の大事な国民じゃありませんか」


 だが、ジョルジュは僕の目をじっと見つめたまま身じろぎ一つしない。


「陛下……本心をお話ください」


「本心ですよ! 姫様も仰られていましたけど、国民あっての国王です。分け隔てなんてするわけありません!」


「……どうあっても本心をお話いただけないようですね。残念ですが、姫様の受け売りということならば、姫様にその辺りのお話を直接お伺いしたいものですね。姫様はどちらに?」


「それは……」


 僕が思わず口ごもると、キップリングさんが慌てて割り込んでくる。


「ジョルジュ殿、貴公は分を(わきま)えるべきであろう。姫様は表立って政治に携わるお立場ではない。姫様にお目通りを願うなら、しかるべき手続きを踏むべきではないかね」


 すると、ジョルジュは肩を竦めた。


「キップリング殿、茶番はもう充分です」


「なに?」


「姫様とマグダレナ様がその少年を見捨てたことは、ここにいる誰もが存じております。もはや我々にその少年……下男のリンツを王として奉じる理由などありません」


「なっ!? てめぇ!」


「こら、バルム、早まるんじゃない!」


 ジョルジュの胸倉に掴みかかろうとするバルマンさんをキップリングさんが押しとどめたのとほぼ同時に、今度は砂猫族が激昂(げきこう)した。


「神様になんという口の利き方を! 許せぬ!」


「ぶっ殺すぞ!」


「やかましい! 貴様らの方こそ死ぬ覚悟はできているのだろうな!」


 慌てる僕を挟んで、砂猫族と兵士達が睨みあい、互いに声を荒げながら、腰の剣へと指を這わせる。

 

「お、おちついてください、みんな!」


 僕の声など、もはや誰の耳にも届いていない。


 もはや両者の間に、壁を作って止めるしかないと、僕は地面に手をつき『生命の樹(レーベンバウム)』を発動しようと試みる。


 だがその瞬間、


「待ていッ!! 貴様ら! 陛下がお困りであろう!」


 どこか芝居がかったような大声が響いて、その声のした方へと皆一斉に目を向ける。


 そこには城砦の方から、ゆっくりとした足取りで近づいてくる男の姿があった。


 それは、頬のこけた陰気な顔に、ニヤニヤとした薄笑いを浮かべたクラウリ子爵。


 誰がどう見ても悪だくみをしているとしか思えない顔つきの男の登場に、これまでほとんど面識のない砂猫族は(いぶか)しげに眉を(ひそ)め、兵士達は子爵という地位を(おもんばか)ったのだろう、剣の(つか)から手を離して、その場で姿勢を正した。


 クラウリ子爵は、ゆっくりとした足取りで、僕のすぐ傍まで歩み寄ると、左右を見回して「ふむ」と考え込むような素振りを見せる。そして、いつも通りの狂った距離感のままに、鼻先がこすれ合いそうなほどに僕に顔を近づけて、ニヤッと口元を歪めた。


「陛下、ほら、言わぬことではない。私が危惧した通りになりましたな。やはり相容れぬもの達で一つの国をつくるということに無理があったのです」


「そんなことありません! ちゃんと話し合えば……」


 僕が身を反らしながら反論しようとすると、彼は僕の言葉を遮って口を開く。


「ですが、ご安心ください。ワタクシにはこの場をまぁーるく収める良い案がございます」


「良い案ですと?」


 そう問いかけたのはキップリングさん。クラウリ子爵は戸惑う僕達の目の前で、腰にぶら下げた剣を抜き払うと、兵士達と砂猫族の睨みあうその真ん中、日干し煉瓦敷きの道をその切っ先を引き摺って一本の線を引いた。


「この線からそっちが陛下の治める砂猫族の国、この線からこっちを姫様の治める人間の国という事にいたしましょう」


 最初、僕には彼が何を言っているのか分からなかった。


「な、なんだテメェ! ふざけるんじゃねぇぞ!」


「そうです。子爵殿! アナタに何の権限があって、そんな無茶苦茶なことを仰るのですか!」


 呆気にとられる僕より先に、バルマンさんとキップリングさんが声を荒げる。その間に幾度か頭の中で反芻して、やっと彼が言わんとする事が理解出来た。


 簡単に言えば、僕と砂猫族が出て行けば丸く収まる。彼はそう言っているのだ。


「無茶苦茶ですかな? キップリング殿。そのケダモノどもは陛下のことを神と奉じておる。故に、陛下がそのものどもをお治めになられるのは道理でありましょう。ですが、この兵士達は陛下の王としての資質を疑っている。それはそうでしょう。『神の恩寵(ギフト)』とはいえ、王としての資質を持たぬ者を王と奉じよというのは、無理がありましょう。人間に必要なのは神ではなく、人間の王、尊き血を持つ者なのです。ですので、こちらの人間の国はやはり姫様がお治めになるべきでしょう」


「お、お待ちください。クラウリ子爵! やはり無茶苦茶ではありませんか!」


「ふむ、私はただ、要らぬ(いさか)いを収め、誰も傷つかぬようにしようとしておるだけのこと。ジョルディ殿、そこもとに異論は?」


「特には。私個人としては、マグダレナ様が見限った者を王として奉じるのは御免だというだけの話です」


 言ってみれば「お前じゃダメだ」と言われているようなものだ。


 けれども、僕の事はどうでも良かった。好きに罵れば良いとも思う。だが、僕はここで引く訳にはいかないのだ。


「クラウリ子爵。あなたの仰ることには承服できません。絶対にです。あなた方が姫様を奉じると言うのなら、それはすべきじゃない。それはなにより姫様を悲しませることになるんです。問題が何もない国なんて作れないし、格差のない国なんてありえない。でも僕らは違いを認め合うことで仲良くなれる。協力し合える筈なんです」


 だが、クラウリ子爵は僕のその言葉を鼻で嘲笑(あざわら)った。


「子どもっぽい理想論は必要ありません。分かり合える? ハッ、なぜ劣った者達と分かり合わなくてはならないのです?」


 途端に、兵士達の間から「もうめんどくせぇ! 皆殺しにしようぜ!」「ぶち殺せばいいじゃないか!」と余りにも物騒な物言いで騒ぎ立てる声が上がる。


 その声が上がった兵士達の方へと目を向けると、殺意の籠った視線を僕や砂猫族の方へと向けている。


 だが、その背後に見えたものに、僕は思わず片眉を跳ね上げた。


 兵士達の最後尾。そこに女性ものの日傘が揺れているのが見えたのだ。


 あれは間違いなくクラウリ子爵の奥方のものだ。


 野次馬……という訳ではないだろう。流石に争いごとが起こるかもしれない場所に、兵士でもない女性がいるのは無謀に過ぎる。


 だが、僕が何を考えているかなどお構いなしに、クラウリ子爵は再び僕の鼻先へと顔を突きつけてきた。


「我儘を仰いますな、陛下。これは最大限の譲歩です。あまり駄々を捏ねられるようであれば、私としても実力行使に出なければならなくなります」


 そう言ってクラウリ子爵が顔を向けた方角。そちらへと目を向けると、クラウリ子爵の私兵達が槍を手に行進してくるのが見えた。


「子爵! あなたという人は……! 最初から我々を! 陛下を! 除くつもりだったのか!」


 キップリングさんが声を荒げると、クラウリ子爵は陰気な顔を歪めて首を振り、今度は彼の鼻先へと顔を突きつける。


「いやいや、そんなつもりはありません。ですが、姫様に見限られたという時点で話は変わってしまうのですよ。正当なる王家の血の下でしか国は存在しません。姫様が見限ったものを王と認められる? 否、答えは断じて否です。そもそもケダモノを人と同列に扱おうというのは、言い換えれば人をケダモノの位置にまで引き摺り下ろすということに他ならない。仲良くできる? 力を合わせて? ハッ、耳障りの良い事を仰っておられますが、所詮、夢見がちな子供が不相応な力を得てしまったがために現実を見失っただけのこと。我々大人が落とし前をつけねばならぬ。ただそういうことですよ」 


 だが、クラウリ子爵のその言葉尻に噛みつくように――


「おいおい! おっさん! 好き放題言ってくれるじゃねぇか、このボケが! おまえがコイツの何を知ってるっていうんだよ!」


 頭上から女の人の声が降って来た。


「誰だ!」


 慌てて見上げれば、砂猫族の背後、道路に面した宿舎の屋根の上。そこに片膝胡座(かたひざあぐら)を掻いて、こっちを見下ろしている女性の姿がある。


 それは燃えるような赤毛を後ろで一つにまとめた少女。彼女の浅葱色の短衣(チュニック)の上に纏った銀の胸甲(ブレストプレート)が陽光を反射していた。


「レナさん!?」


「よう、久しぶりだな。しょぼくれた面してんじゃねぇよ、バカ野郎。王様なんだろ? もっとシャンとしろ、シャンと!」


 そう言って、彼女はニッ! と白い歯を見せて笑った。


お読みいただいてありがとうございます!

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