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第五話 それはあまりにも唐突に。 

「ひ、姫様!?」


「ともかく、その足をおどけなさい!」


 頭上でエルフリーデの困惑するような声がして、後頭部を踏みつけにしていた足の重みが消えた。


 僕はそっと顔を上げて、声がした方を覗き見る。


 そこに居たのは、妖精のように美しい少女。


 真珠を溶かし込んだかのような白い肌に、薄桃色の花びらにも似た唇。金糸の髪を高く編み上げて、白の上品なドレスを纏った可憐な少女である。


 年齢はたぶん、僕よりも年下。恐らく十三か十四といったところだろう。


 顔立ちはどこかあどけないが、その表情には凛とした威厳が漂っている。


 エルフリーデが『姫』と呼んだことから察するに、彼女が『妖精姫(ニンフェ)』と名高いディートリンデ姫なのだろう。


 聡明にして可憐。十になった時点で、東西のクロイデル王子が揃って婚約を申し入れるほどの美貌。さらには、それをあっさりと(そで)にするほどの豪胆さ。


 庶民の間で、彼女の噂が話題に上らない日は無い。もっともそれは大抵、国王陛下の暗愚、凡愚という悪口との対比ではあったが。


 ただ、彼女の美しさが噂に(たが)わぬものであることが、実際に目にして良く分かった。


「人を足蹴にするなど、淑女にあるまじき行為ではありませんか? エルフリーデ・ラッツエル」


「で、ですが、姫様。この男は、我がラッツエル家の家名に泥を塗った愚か者で……」


「…………良いでしょう。彼を足蹴にするのは、あなた方、ラッツエル家の家内の事だといたしましょう。ならば、あなたの私怨を晴らすために、この公の場を用いる。それに、どんな正当な理由があるのか、言ってごらんなさい!」


「ッ……!? も、申し訳ございません」


 しゅんと項垂(うなだ)れるエルフリーデの姿に、僕は思わず目を丸くする。


 これには正直驚いた。あの気の強いエルフリーデが、いくら地位の高い女性とはいえ、年下の少女にあっさりとやり込められたのだ。


 そして、ディートリンデ姫は、次に国王陛下の方へと鋭い視線を向けた。


「お父様もお父様です。民は国の(いしずえ)。一人ひとりを大切に扱うからこそ、彼らは王を王として(いただ)くのです。弱き者を嘲笑(あざわら)うような王を、誰が(よろこ)びましょうか!」


「むっ……」


 娘に説教をされて、国王陛下が何かを喉に詰めた様に口籠ると、途端に白けた雰囲気が、貴族達の間を広がっていく。


 どうやら、王族にも真面(まとも)な人間がいたらしい。


 でも……大丈夫かな?


 思わず、そんな思いが僕の脳裏をかすめる。


 正論で相手をやり込めるやり方は、時に無用な反発を生むものだ。


 すると案の定、国王陛下の顔色が、次第に朱色へと染まっていくのが見えた。


「ディートリンデ! 父に向かって何たる物言い! それでは民のお陰で、余が王でいられるとでもいうのか!」


「当然です」


「な!? そうか……あの女のせいか! あんな女を教師になど付けたせいで、姫が余に逆らう様になったのだな!」


「先生は関係ありません! お父さま、なぜ、こんな自明の事がお判りになりませんの! こんなことを繰り返していては、人心は離れ、亡国の道を辿るばかりだというのに!」


「む、むむむむ!」


 国王陛下の顔色は朱色を通り越して赤黒くなり、周囲の貴族達は巻き添えを恐れて、一歩一歩と後ずさっていくのが見える。


 睨みあう父と娘の視線が僕の真上を飛び交って、一触即発の空気が周囲に充満した。


 貴族達は息を呑んで、この国で最も地位の高い親子喧嘩の行方を見守っている。


 いつの間にかチェンバロの音色も消えて、ホールはしんと静まり返っていた。


 その爆心地とも言うべき王と姫の間に(うずくま)っている僕は、一体どんな状況になっているのかと、ちらりと顔を上げて、国王陛下の様子を盗み見る。


 その時、国王陛下の視線が、僕の方へと動くのが見えた。


 ――あ、まずい……。


 そう思った時には、もう遅かった。


「貴様のせいだぁあああ!」


 国王陛下はやおらに玉座から立ち上がり、僕の方へと声を荒げて迫ってくる。それは、流石に予想外だったのだろう。思わず目を見開く姫。貴族達は首を竦め、僕は「ひっ!?」と喉の奥に情けなくも声を詰めて、再び額を床へと(こす)り付けた。


「この汚らしい者のせいで、姫がまた世迷い言を申すこととなったのだ! 誰ぞ! 誰ぞ、この者を摘まみだせ! いや、かまわん! いますぐ処刑してしまえ!」


 途端に、貴族達の間から安堵の溜め息が漏れ聞こえてくる。


 完全な八つ当たりだというのは、きっと誰もが分かっている。もしかしたら、国王陛下自身にも自覚があるのかもしれない。


 それでも、怒りの矛先が最も無難な者に向いたのだ。


 貴族達がホッとするのも、当然だろう。


「おやめください! お父様! お父様はそんなことが、私の為だと本気で思っているのですか!」


「お前はあの女に騙されておるのだ! ディートリンデよ! 王族のお前が、こんな汚らしい者に情けを掛ける事、その愚かしさを知らねばならぬ!」


 笑いものにされるぐらいの覚悟はしてきたが、それを大きく飛び越して、まさか処刑されることになろうとは……。


 ここまで運が悪いと、僕だって流石に諦めもつく。……酷い人生だったな。もはや取り乱す気力もない。むしろ、何だかちょっと笑えてきた。


「さあ! 立て!」


 王に取り入る好機だとでも思ったのだろうか、二人の貴族が、嬉々として、僕の両脇を掴んで立ち上がらせる。


「あなた達、その手をお放しなさい! 私の言う事が聞けませんの!」


 姫が声を荒げるのとほぼ同時に、ロジーさんが僕の両腕を掴んだ貴族へと飛び掛かった。


「坊ちゃまを離せ!」


「な、なんだお前は! この無礼者!」


 この貴族は、恐らく身体強化系の『恩寵(ギフト)』の所持者なのだろう。泣きじゃくる子供のように飛び掛かってくるロジーさんの腕を掴むと、それを、いともたやすく片手で投げ捨てた。


「ロジーさん! 大丈夫、僕は大丈夫ですから!」


 自分で言ってておかしいのは分かってる。これから処刑されようというのに、何がどう大丈夫だというのだろう。


 周囲の貴族達は、興味津々といった目をこちらに向けている。それこそ、余興を楽しむような、そんな目だ。そう言えば、壁際に居た赤毛の女性の姿が見当たらない。意外だったのは、エルフリーデが顔を真っ青にして、ガタガタと震えていること。


 まさか、こんなことになるとは思ってなかったのだろう。


 ……何だよ。折角だから、いつもみたいに憎たらしくニヤニヤしててくれた方が、僕としても気が楽なんだけど。


「ほら! 行くぞ!」


 僕の両腕を掴んだ貴族が、扉の方へ向かって僕を引き摺り始める。


「坊ちゃま! 坊ちゃまぁあああ----!」


 床の上に倒れ込んだままのロジーさんが、悲痛な声を上げたその瞬間――。






 世界が反転した。


 唐突に。


 それはあまりにも唐突に。

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