表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/100

第四十七話 なんで気付かなかった?

「陛下、クラウリ子爵には、こちらでお待ちいただいております」


 この城砦には、玉座の間なんて気の利いたものはない。そもそもが左遷先だったのだから、王族が滞在することなど考慮に入っていないのだ。


 そんな訳で、パーシュさんがクラウリ子爵夫妻を待たせているのは、いつもの兵士用の食堂である。


 ちなみにクラウリ子爵の私兵達は、食事を与えて、城砦の外で待機させ、建築部の兵士達に監視させている。


 用心するに越したことはないのだ。


「我が王、よろしいですか?」


 ドアノブに手を掛けて振り向くマグダレナさん。


 僕がコクリと頷くと彼女は扉を開き、僕と姫様は彼女の後について食堂へと足を踏み入れる。


 扉が開いたのに気付くと、クラウリ子爵とその妻は立ち上がって、僕らを迎え入れた。


「ご無沙汰しております。クラウリ子爵」


「……やはり貴女か、ジーベル伯爵家のマグダレナ殿。貴女も健やかなご様子で結構なことだ」


「ふふふ」


「ははは」


 二人とも穏やかな微笑みを浮かべているが、恐ろしい事にどちらも目は笑っていない。


 そして、クラウリ子爵は姫様の方へと目を向けて、怪訝(けげん)そうな顔をした。


「ディートリンデ姫……そのお姿は一体」


 姫様は今も男装のままだ。


 一介の兵士達と変わらない短衣(チュニック)とズボンに短い髪。以前の姫様の姿しか知らなければ、戸惑いもするだろう。


「これは……」


「あ、いや、結構です。姫」


 クラウリ子爵は姫様の言葉を遮ると、僕の方へと目を向けて「分かっている」とばかりに、にんまりとした笑いを口元に貼り付ける。


 ……絶対、何か誤解してる。僕の趣味じゃないから!


 しかし、頬のこけた、只でさえ陰気な顔立ちに痩せた身体。そんな男がにんまりと笑うと、完全に何かを企んでいるようにしか見えない。


 離反工作の専門家だと聞いているが、何かあれば真っ先に怪しまれるんじゃないだろうか?


 一方の奥方の方へと目を向けると、派手なドレス姿。ファーのついた扇で口元を隠しながら、じっと僕の方を見ている。


 目つきは悪く、見るからに傲岸不遜。カマキリの腕みたいな細い眉の間に皺をよせていた。


 歳はずいぶん離れているが、似た者夫婦とでも言うべきか、ただ顔を合わせているだけで、思わず顔が引き攣る。


 だが、そんな僕の様子を気にもかけずに、子爵はマジマジと僕の目を眺めて口を開いた。


「なるほど虹彩異色(オッドアイ)でいらっしゃったか……。それならば『神の恩寵(ギフト)』をお持ちだというのも納得がいく。……して、リンツ陛下はどの家の方か?」


「……僕は商家の生まれで、平民ですけど?」


「なっ!?」


「一応、ラッツエル男爵家に養子として入りましたが……」


 僕がそう言うと、クラウリ子爵は、まるで安心したとでもいう様に大きく息を吐いた。


「な、なるほど、ラッツエル男爵が認めた人間であれば、間違いはないでしょう。私も彼とは親交が深い。その虹彩異色(オッドアイ)といい、おそらく数代前は貴族の家柄に違いない」


 子爵は、自分に言い聞かせる様にそう言って、一人でうんうんと頷いている。


 だが、目的は彼を怒らせて出て行かせることなのだ。ここまでは計算通り、この後「すぐに下男に落とされたけどね」そう言ってやろう。僕はそう思っていた。


 だが――


「ラッツエル男爵とは、出立前に西クロイデルでも酒を酌み交わしたが、相変わらずの慧眼の持ち主であった」


 その一言で、そんなのはどこかへ吹っ飛んでしまった。


 ちょっと待って!? 


 男爵様が西クロイデルにいる。


 今、この男はそう言ったのか?


 ……どうして気付かなかったんだろう。


 ラッツエル家の当主である男爵様は、等級AかBの持ち主。


 当然、あの舞踏会にいるべき人間だった筈だ。


 だが、どれだけ記憶を振り返って見ても、王宮で男爵様を見かけた覚えはない。


 エルフリーデからもマルティナ様の話が出ることはあっても、男爵様の話が出た記憶はない。なんでだ?


「どうなさられた? 顔色が優れないようですが……」


「い、いや……男爵様が西クロイデルにいらっしゃったのですか?」


「ええ、西クロイデルの王宮で、たまたま出会ったのですが、中央がこんな状況ゆえ、亡命されたとそう仰られておりましたな」


 あの舞踏会から生きて逃げ延びた?


 いや、そうじゃない。


 男爵様はあの舞踏会に出なかったのだ。


 こうなることが分かっていた。そう考えるのが妥当だろう。


 黙り込んでしまった僕の顔を覗き込んだ後、姫様が口を開いた。


「クラウリ子爵、それは少しおかしな気がいたしますけど?」


「何がでございますか?」


「ラッツエル男爵が西に亡命した……要は西クロイデルは貴族の亡命を受け入れているというのに、あなたはなぜその西クロイデルを脱出してこられたのです?」


 それはそうだ。爵位でいえば男爵よりも子爵の方が上。それがどうして状況もよくわからぬままに、こんな荒野へと逃げてこなくてはならなかったのか?


 だがクラウリ子爵は、慌てる様子も無く、小さく肩を竦めて言った。


「姫様、私も王国の為に様々な工作を行って来た人間です。西クロイデルには、常に怪しまれております。王国がある間はともかく、後ろ盾がなくなった今、真っ先に取り調べを受ける人間なのですよ」


 怪しまれているのは、工作を行って来たからじゃないと思う。


 だってもう、存在が怪しいんだもの。


 そして、彼は僕の方へ迫ってくる。


「それに、王国を脱出されたディートリンデ姫が荒野に国を興したと小耳に挟んで、これはお力にならねばならぬと、一も二もなく駆け付けたと、そういう訳です」


 近い。顔が近い。


「そ、そうですか……」


「ええ、そうです。君主はディートリンデ姫ではなく、あなただというのには少々驚きましたが、まあ、ご安心ください。この私が参ったからには、国というものの在り方をきっちりと示し、どの国にも劣らぬほどの国家に仕立て上げてみせます」


「いや……そういうのはマグダレナさんで間に合ってるというか……」


「陛下。確かに彼女は優秀でしょう。しかし、まだ若い。理想と現実の違いが分かっておらぬのです。危うい。危ういのです。彼女は自分の理想をあなたに押し付けて、国を誤らせようとしております」


 途端にマグダレナさんの表情が、不愉快げに歪むのが見えた。


「……本人を目の前にして、よくもまあそんな事を言えますね」


「事実だからな。貴女の危うさを見かねた王に、辺境へと追いやられたことを忘れてはおるまい?」


 すると、


「それは、お父様の方が間違っておられたからです」


 姫様が話に割り込んで、クラウリ子爵を睨みつける。


 だが、クラウリ子爵は怯む様子もなく、今度は姫様の方へと詰め寄ると、その鼻先に顔を突きつけて、姫様は顔を引き攣らせる。


 近い、近い!


 この人、距離感がおかしい。


「姫、あなたまで。騙されておられますぞ! 私が一から王妃として、また陛下には王としての振る舞いを、指導して差し上げましょう」

お読みいただいてありがとうございます!

応援してあげる! という方は是非、ブックマークしていただけるとうれしいです。励みになります! よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ