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第四十六話 陰険貴族の来訪

 地平線の向こうへと消えていく、お家蟲(うちむし)


 それを見送る僕に、マグダレナさんが問いかけてきた。


「そう言えば……我が王。サッキ殿に渡した購入希望品目録に、何か書き加えておられたようですが?」


「な……何のことでしょう?」


 なんでバレてんの!?


 書き込んだ時には、周りに誰もいない事をしっかり確認したのに……。


「まあ、過度な贅沢をされる方だとは思っておりませんが、タガが外れるということもあります。以後は、ご相談いただきたいものですね、我が王」


「あはは……は……はい、そうします」


 ジト目を向けてくるマグダレナさん。その視線に気付かないフリをしているうちに、コフィ達を乗せたお家蟲(うちむし)の姿は地平線の向こうに消えて、見えなくなっていた。



 ◇ ◇ ◇



 お家蟲(うちむし)が進んで行った北西の方角。


 そちらに砂煙が立ち昇っているのを発見したのは、コフィ達が出発してから二日後のことだった。


 物見の兵が発見して、マグダレナさんが掛け込んで来たのだ。


 ()()()


「我が王! 西クロイデルの方角から、小隊規模の軍がこちらに向かって来ているようです」


 その時、僕は全身泡まみれ。白い水着姿のエルフリーデに、背中を流して貰っているところだった。


「西クロイデルの方角から~。小隊規模の軍が~、こちらに向かって来ているようですよぉ」


 マグダレナさんはジトッとした目で、なぜかもう一回言い直した。


 ……べ、別にやましいことなんて、何もないから。


 バルマンさんが試しに作ってみたっていう、植物石鹸を試してただけだから。


 身体同士でこするとすごく泡立つ。エルフリーデがそう言って、僕の背中に身体を押し付けていたのだけれど……。


 コホン。ともかく気を取り直して。


「に、西クロイデルが、攻めてきたということですか?」


「わかりません……が、我が王には備えていただく必要があるかと」


「わかりました、すぐに行きます」


 僕がそう返事をすると、泡だらけのエルフリーデが「むー」と、頬を膨らませた。



  ◇  ◇  ◇



 慌しく身支度を整えた僕は、濡れた髪もそのままに、マグダレナさんとともに、城壁の上へと足を運ぶ。


 城壁の上に到達すると、そこにいた兵士達が、直立不動の態勢になって声を上げた。


「ご報告申し上げます! こちらに向かっている馬車は全部で五輌。うち一台は馬車(キャリッジ)、残りの四輌は荷馬車(ワゴン)であります。荷馬車(ワゴン)には、一輌につき十名程度の兵士が乗っているように見受けられます!」


「西クロイデルですか?」


「おそらく違うと思われます! 西の兵は通常、胸甲(ブレストプレート)一つの軽装であります。遠くてはっきりしたことは申せませんが、兵装を見る限り、中央のいずれかの貴族。その私兵のように思われます!」


馬車(キャリッジ)に旗が立っていますね。誰か紋章が見えた者はいますか?」


 マグダレナさんが、土煙の立っている方角を眺めながらそう問いかけると、兵士の一人が口を開いた。


啄木鳥(きつつき)かと思われます!」


 途端にマグダレナさんは、まるで口に苦い物でも放り込まれたような顔になった。


「ご存じですか?」


「ええ、もし本当に啄木鳥(きつつき)なら、クラウリ子爵家の旗です。すっかり忘れていましたが、確かに西クロイデルに外交官として赴任しておられたはずです……()()()は」


「表向きは?」


「実際は、西の力を削ぐための離反工作員ですね。どういうわけか、あの御仁は裏切り者や亡命者を募るのが、お得意のようですので……」


「なにか、そういう『恩寵(ギフト)』の持ち主なんですか?」


「いえ、私も詳しくは存じ上げませんけれど、彼の『恩寵(ギフト)』は、確か等級Bでゴーレムを操る類のものだったと記憶しています」


「離反工作の専門家とは……穏やかじゃありませんね」


 正直、出来立てのこの国では、信頼関係を構築している真っ最中なのだ。


 現時点で、悪意を持って流言を流せば、砂猫族と兵士達、それに新たに流入してきた人々。その関係が簡単に崩れるのは目に見えている。


「本来であれば、相手にしないのが最善の手なのですが、門前払いしたとなると、今後の流入が劇的に減る可能性があります。受け入れられない可能性があると噂が流れれば、この荒野を越えるというリスクが大きくなりすぎるのです」


 僕は顎に手を当てて、考える。


「いきなり攻撃を仕掛けてくる可能性は?」


「それはないでしょう。彼我(ひが)の戦力差が分からぬほどの愚か者ではない筈です。中央の体制が変わった今、我が国を除けば、東か西の軍門に下る他には、彼らにも行き場はないわけですし……」


「なるほど……話を聞いて、それからの対応ですね」


 マグダレナさんは、コクリと頷いた。


 それから半時間ほど後、(くだん)の馬車が日干し煉瓦の大通りをゆっくりと走ってくるのが見えた。


 周囲からは物音一つしない。兵士達を走らせて、通りに面した家に住む者には、隠れてもらう様に通達してある。


 やがて馬車の一団が城砦の前で止ると、荷馬車(ワゴン)の上から兵士達が慌しく降り立ち、武器を手に周囲を警戒しはじめる。


 兵士達が周囲を取り囲む中、先頭の馬車(キャリッジ)の扉が開いて、頬のこけた陰気な顔の中年男と、場違いなほど豪華なドレスを纏った若い女が降り立った。


「あれがクラウリ子爵?」


「ええ、あの陰湿そうな顔……間違いありません」


 僕とマグダレナさん。それに姫様は、城砦に最も近い位置にある大通り右手の兵士達の宿舎。その二階に隠れて、ほぼ真下にいる彼らの姿を観察していた。


「アナタぁ、ワタクシ、嫌ですわよ。こんなみすぼらしいところ」


 女の方は手にした扇で口元を隠しながら、本当にイヤそうに眉を顰める。


 我儘そうな見た目そのままの発言に、僕は知らず知らずのうちに口を尖らせていた。


「まあ、そういうな。私がお前好みに整えてやるさ。ほんの少し我慢してくれ」


 クラウリ子爵は、おそらく彼の妻なのだろう。その女を(なだ)めるようにそう言うと、先に立って城砦の方へと歩き始めた。


 城壁が崩れて、剥き出しの城砦の中庭。そこを小走りに駆けて、クラウリ子爵の方へと近づいていく男の姿がある。


 パーシュさんである。


 マグダレナさんの指示で、まずは彼が対応することになっている。


 僕らはその様子を観察して、以後の対応を決めることにしていた。


 クラウリ子爵はパーシュさんの姿を見つけると、眉根を寄せて、いかにも不愉快そうな顔をした。


「なんだ、出迎えは貴様だけか?」


「はい、出来立ての国ゆえ、何かと不備も多く恐縮です。私は財務部の長を仰せつかっております。パーシュと申します」


「聞かない名だな。等級はBかCか?」


「いえ、私は恩寵所持者(ギフトホルダー)ではありませんので……」


「は? ならば平民か! 馬鹿げてる! 平民が部門の長? センスのない冗談は不愉快なだけだぞ? 平民風情が(ひざまづ)きもせず、私と対等の口を利くなどと……」


 その物言いにパーシュさんがムッとした顔をすると、子爵の背後で兵士達が武器を構えた。


「ここは中央クロイデルではございません。それに、中央でも既に貴族という階級は居なくなったと聞きおよんでおりますが?」


「まったく平民というのは、どうしてこうも頭が悪いのだ。救いがたいな。良いか? 貴族ならここにいるではないか。血が貴いからこそ貴族というのだ。国がどうあれ、貴様ら下賤の者と一緒にされるのは不愉快極まりないわ!」


 その一方的な物言いに、パーシュさんは益々鼻白む。


 マグダレナさんは「典型的な貴族でしょう?」とでも言いたげに、僕に目配せして、僕と姫様は思わず大きなため息を吐いた。


「ふむ、まあ良い。貴様、今すぐディートリンデ姫のところへ案内せよ」


 唐突に自分の名前が出てきたことに、僕の隣で、姫様がビクリと身体を跳ねさせた。


「どうやら姫をお(いさ)めせねばならぬようだ。何を吹き込まれたのかは知らぬが、私が正しく導いて差し上げねばなるまい」


「姫様?」


 パーシュさんが首を傾げると、クラウリ子爵は苛立(いらだ)たしげに吐き捨てる。


「どうせ、あの姦婦(かんぷ)が、姫のお耳に毒を吹き込んで専横を振るっておるのだろう。等級Aとは言っておるが、あやつが『恩寵(ギフト)』を使っているところを見た者はいないというではないか! 貴族かどうかも怪しいものだ。姦臣を除いてこの私が、正しい王権のあり方をしめしてやろう!」


「……姦婦とはまた、酷い言われようですね」


 聞こえてくるクラウリ子爵の声に、マグダレナさんが不愉快げに眉根を寄せた。


「さあ、早く案内せよ!」


 声高に迫るクラウリ子爵を見据えて、パーシュさんが呆れたと言わんばかりに肩を竦める。


「子爵様、あなたは勘違いなさられている」


「何がだ!」


「この国の君主は姫様ではありません。リンツ陛下です」


 途端に、クラウリ子爵は戸惑うような表情を見せた。


「リンツ……陛下? 聞いたことがないな。等級は? まさか平民だとは言わんのだろうな」


「出自は存じ上げませんが、陛下は等級A以上。『神の恩寵(ギフト)』を持つお方です」


「……なるほど。それは王に相応(ふさわ)しい。良いだろう。リンツ陛下にお目通りを願う。同じ貴い血(ブルーブラッド)を持つ者同士だ。話が分からぬ訳ではあるまい」


 パーシュさんは、ちらりとこちらの方へと目を向けた。


 その視線に気づいて、マグダレナさんはコクリと頷く。


 そして僕の方へ向き直って、こう言った。


「我が王、彼にお会いください。ただし、説得や篭絡は必要ありません。むしろ怒らせてください。我が王は受け入れようとしたが、傲慢な貴族は怒って出て行った。そういう形にすれば、平民たちはこぞって我が国を目指すことでしょう」

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