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第四十四話 羊飼いの政治

 翌日の昼下がり。


 僕と姫様が、ロジーさんの煎れてくれたお茶を楽しんでいる時のことである。


「ぼ、坊ちゃま! 北の方からこちらへ向かってくる者が!」


「……なんか来た」


 エルフリーデとミュリエが、息せき切って、僕らの部屋へと駆けこんで来た。


「ノックぐらいなさい!」


 二人を叱りつけるロジーさんをよそに、僕と姫様は、思わず顔を見合わせる。


「来た!」


「来ましたのね!」


 そして次の瞬間、カップをテーブルの上へと置くや否や、僕と姫様は、扉の前に立つエルフリーデ達を押し退()けるように廊下へと飛び出した。


 そして、僕らの部屋の正面、中庭に面した窓へと駆け寄って、地平線の方にじっと目を凝らす。


 崩れた城壁の向こう側、荒野の遥か向こう側、ゆらめく陽炎の向こう側に、集団の黒いシルエットが揺らめいている。


 規模で言えば、おそらく三十名ぐらいだろうか。


 おそらく、僕らがずっと待っていた人達。


 中央クロイデルからの移民に違いない。


「行こう!」


「はい!」


 僕と姫様が駆け出すとエルフリーデとミュリエ、それにロジーさんが慌てて後をついてくる。


 僕らは階段を駆け下り、中庭を真っすぐに突っ切って、日干し煉瓦の大通りを駆け抜ける。


 そして、街の端まで辿り着くと、そこで立ち止まって、荒れた呼吸を整えながら、僕らはひたすらこちらへ向かってくる人達を待った。


 僕らに遅れる事数分、城砦の方から兵士達を率いたマグダレナさんもやってきた。


「マグダレナさん! 来ました! 遂に来ましたよ!」


 僕が興奮気味に歩み寄ると、マグダレナさんは、なぜか怒ったような顔をした。


 そして、


「減点です、我が王。あれが敵では無いという保証はないのです。一国の王たる者、もっと慎重に行動していただかないと困ります!」


 と、説教された。


 うん、ごもっともである。


 だが、北の方からこちらへと向かって来る一団。それがはっきりと視認できるようになると、彼女の心配が全くの杞憂(きゆう)であったことが分かる。


 その一団は、どこからどう見ても農民達であった。


 着ている物は野良着とでもいうような粗末なもので、三十名ほどのうち、多くは女性と子供達である。


 疲弊しきった表情。だが、遠目にも笑顔を浮かべているのが分かる。すぐそこに目的地が見えているからだろう。その目には希望の光が宿っているように思えた。


 ――ようこそ。神聖クロイデル王国へ


 僕らのすぐ傍まで辿り着いた彼女達に、そう声を掛けようとした途端――


「お、お前達!」


「アイシャ!!」


 隊列の中から、数人の兵士達が驚いたような声を上げて、彼女達の方へと駆け寄っていく。


「どうやら、兵士達の家族のようですね」


 思わず目を丸くする僕に、マグダレナさんが苦笑しながらそう言った。


「ああ……なるほど」


 再会を喜び合う明るい声が響く。


 だがその一方で、兵士達に向かって夫の名を叫び「誰かご存じありませんか!」そう問う声が聞こえてきた。


 何人かの兵士達が項垂(うなだ)れると、問い掛けた女はその場にへたり込んで泣き崩れる。


 おそらく彼女は東クロイデルとの戦いの中で、命を落とした兵士の妻なのだろう。


 こんなに遠くまで訪ねてきたのに、伴侶が『死んだ』という事実を突きつけられたのだ。


 泣き喚くその母親のそばで、きょとんとした顔をする年端もいかない男の子の姿に、僕は胸が激しく締め付けられる気がした。


 結局この日到着した人々は三十六名。


 話を聞けば、(かつ)て城砦があった所から、半日ほど離れた場所にあった村の住人達だ。


 現地募集の兵の多くはその村の出身だけに、今回の移民には兵士の家族が多かったということらしい。


 砂猫族が、彼らの為に用意した住居へ移っているので、今回やってきた移民たちには、一時的に城砦内の部屋を使用してもらうことにした。


 兵士達には、家族と一緒に住むことを許し、建設部を束ねるレヴォさんには、城砦の正面右手に、新たな住居をどんどん建てていって欲しい。そうお願いした。


 中央クロイデルの一番南側にある村の人間が辿り着いたのだ。


 これを皮切りにどんどん移民たちが辿り着いてくるのではないか、そう思われたからだ。


 実際、そこから毎日、家族や親族単位で十名、二十名という小規模の集団が辿り着く様になった。


 各地を周回して、神聖クロイデル王国のことを伝えてくれている八名の兵士達の成果だ。


 辿り着く人たちの出身地も、兵士達の進んだ進路にあわせて、徐々に北の方角へと上がっているのが分かった。



  ◇  ◇  ◇



 最初の移民到着から一週間後、マグダレナさんが僕の部屋へと詳細な報告を届けてくれた。


「今朝までに到着した者は、二百二十七名。これで我が国の全人口は七百六十一名となりました」


「住まいは足りていますの?」


「問題ありません」


 姫様の問いかけに、マグダレナさんは微笑みながら頷く。


 レヴォさんを始めとする建設部の兵士達の頑張りもあって、数日の内に、何棟かの長屋が完成したと聞いている、最初に辿りついた人達から順に、そちらに移ってもらったとも。


 一通り移民たちの状況を語り終えた後、マグダレナさんはこう言った。


「あと……彼らの話から、中央の現状が分かって参りましたので、併せてご報告します」


 それは、僕も気になっていた。あの国が相当混乱しているのは想像に難くない。


 僕が思わず身を乗り出すと、マグダレナさんは肩を竦めて、小さく首を振った。


「状況は最悪です」


「最悪……ですか?」


「ええ。無論、私達にとってではありませんよ。中央の庶民たちにとってです。貴族支配が崩れたことによって、治安は極端に悪化しています。貴族狩りと称して、貴族の子弟どころか、使用人まで襲われるような状況のようです。それだけではありません。各地で暴動が発生し、食い詰めた者達が流民と化しているようです」


「ゴドフリートさん達は、何も手を打っていないんですか?」


「一応、ゴドフリート自ら兵を率いて治安回復のために各地を駆けずり回っているようです。まあ、あの脳筋の出来ることと言えば、せいぜいその程度でしょう」


 マグダレナさんのゴドフリートさんへの評価は、相変わらず相当(から)い。


「指導者(みずか)ら?」


「我が王は勘違いなさっています。別にゴドフリートが指導者という訳ではありません。あの男は荒事の担当。反乱の実働部隊でしかないのです。首謀者は別にいます。移民たちの話によると、現在は十名のリーダーによる合議制を敷いている。そう喧伝(けんでん)している様ですが、おそらく、実質はミットバイセという男が仕切っていると推測できます」


 ミットバイセ? 初めて聞く名前だ。


「悪い人なんですか?」


 マグダレナさんは、どこか寂しげな顔で首を振った。


「いいえ、恐らくその真逆。善人の中の善人。そう言っても良いでしょう。世の中の不平等を嘆き、理不尽に声を上げて泣き、弱者を救済しようと手を伸ばす。その善性もあって、彼が私の門下に加わった時には、その将来を随分期待したものです」


「……マグダレナさんの弟子なんですね」


「ええ、理想は尊いのですけれど、残念ながら人間という生物の汚い部分から目を背けて見ようとしない、ただの愚か者でしたが……」


「愚か者?」


「おそらく彼がしようとしていることは、全産業の国営化、個人資産の接収と再分配、そして……全兵力の放棄。議会の下に地位の上下、貧富の差の無い国、他の国々と争う事のない国を作るのが最終目標です」


「僕には、すごく良い事のように思えますけど……」


「……マイナス百八十点です、我が王。私を失望させるおつもりですか?」


 マグダレナさんの鋭い眼光に貫かれて、僕は思わず背筋を伸ばす。


「……仕方のない方ですね。それでは、わかりやすいところから例を挙げてみましょうか」


「お、お願いします」


「たとえば全員に、平等に全てを分配するとします。そこに差が出来てしまえば貧富の差が発生しますからね。家柄、能力、性別、年齢を問わず完全に平等にです」


「はい」


「逆に言えば、どれだけ頑張ろうが、手を抜こうが、与えられる物は同じ。だとすれば、それでもあなたは頑張って働く気になれますか?」


「それは……たぶん手を抜くと思います」


「そういうことです。残念ながら、人間という生物は弱いのです。善なる一面と(よこしま)な一面を併せ持つ生き物なのです。政治は牧羊に似ています。羊たちに道を示し、この道を歩めと言っても、決してその方向に進んでくれる訳ではありません。羊達の事を理解し、時には追い立て、時にはひっぱりながら、豊かな牧草地へ連れていける者が良い羊飼いなのです」


「わ、わかりました。つまり……中央クロイデルは緩慢な滅亡の道を歩んでいるということですね」


 僕のその一言に、マグダレナさんは少し驚いたような顔をした後、満足げに頷いた。


「ええ、ですから、我々が出来る事は一国も早く国を富ませ、力を蓄えることです。そして、最高のタイミングを見計らって、愚か者たちの横っ面を張り倒して目を醒まさせ、中央の民を救い出すことです」


「国を富ませる……ですか」


 食料については充分に賄えているし、農地を広げていけば、どれだけ人口が増えても養っていけるだろう。だが、それだけでは、あまりにも何もかもが足りない。


「我が王、今回の到達した者の中には、鍛冶屋や医者、商人、炭焼きがおりました。いずれも何の道具もなければ、活かす事のできない者達です。彼らを活かすために必要な次の手はなんですか?」


「交易……ですわね」


 姫様が間髪入れずにそう答える。


「こら、ディート! 我が王がご自分で考える機会を奪ってどうするのです!」


「あ、ご、ごめんなさい」


 慌てる姫様に微笑み掛けて、僕は口を開いた。


「なるほど、僕らが売れるものといえば、農作物でしょうけど……。売るとすれば西クロイデルですか? もしくはその更に西ですね」

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