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第四十二話 メイド風呂 後編

「にゃー! 神様、大丈夫にゃ?!」


「い、今、お助けします!」


 ロジーさんの胸で完全に視界をふさがれているので、はっきりとしたことは分からないが、飛び込んで来たのは、どうやらコフィとクワミらしい。


 二人の声が反響したかと思うと、タッ! という獣らしい接地時間の短い足音が響いて、派手な水音が響き渡る。


 二人は浴場に足を踏み入れるやいなや、そのまま湯船へと飛び込んだらしい。


「離すのにゃ! 神様、嫌がってるのにゃ!」


 コフィがそう声をあげたのと同時に、ロジーさんが身を起こして、僕は息苦しさから解放された。


「ごほっ! ごほっ!」


 突然、肺の中に流れ込んで来た空気に(むせ)返る僕。


 危なかった。


 エルフリーデに続いてロジーさん。流石に一ヵ月の内に二回もおっぱいで死にかけると、実は『おっぱいで窒息死』というのは、世間的にも良くある死因なんじゃないかと錯覚しそうになる。


 ロジーさんは相変わらずの無表情な顔を二人の方へと向けて、小首を傾げた。


「お二人とも……何を勘違いされているのでしょう? 坊ちゃまは、嫌がってなんかおられませんよ?」


「で、でも……苦しそうだったにゃ!」


「そうです。今も(むせ)ておられるじゃありませんか!」


 詰め寄る二人を見据えて、ロジーさんは「はぁ……」と、大きなため息を吐いた。


「これだから、お子様は……いいですか? 坊ちゃまはとても遠慮深い方なのです。メイドたる者、坊ちゃまが望まれることを察して、自らご奉仕せねばなりません」


「望んでないにゃ! 絶対、い、嫌がってたにゃ!」


「コフィさん。メイド道にはこういう言葉があります」


「な、なんにゃ?」


()()()()()()()()()()()()……です」


 その途端、呆気にとられたような、何とも言えない空気が浴場に流れる。


 だが、


「……なるほど」


 ちょっと待って!? クワミ! 


 今の話のどこに納得する要素があったの!?


「神様は、お、女の子の胸がお好き……でもその遠慮深さから気を使って、嫌がっているフリをされていると……そういうことなのですね」


「ええ、坊ちゃまの専属メイドの私が言うのだから、間違いはありません」


 間違いしかないよ!?


「神様はおっぱい大好きなのにゃ?」


「はい、坊ちゃまが私を見る時、視線がまず胸に向かいますので間違いありません」


 バレてるぅうううう!?


 いや、違うんです。だって、ほら……僕だって男なんだし。


 無意識にそっちに視線が行っちゃうことって、あ、あるじゃないですか……。


「なるほど……確かに、そういう視線を感じた事が……」


「コフィもあるにゃ」


 嘘つけ!? 


 流石に、コフィをそんな目で見た事無いよ!!


 やばい。このままでは『無類のおっぱい好き』に仕立て上げられてしまう。


「あ……あの、ロジーさん? 誤解です。そ、そういうことじゃなくて……」


 だが、僕の言葉は、既に三人には届かない。


 お願い、届いて!! 僕の声!!


「分かっていただけて嬉しいです。そして、あなた方お二人が、()()坊ちゃまを大切に思ってくださっているのは、よくわかりました」


 そこで、ロジーさんは二人の手を取った。


「つまり、私達は同志です」


「同志?」


「にゃ?」


 思わず顔を見合わせる二人に、ロジーさんは優しく微笑みかける。


「王として、この国を支えていく重圧。その、疲れた心と体を癒して差し上げたいと思いませんか?」


「お、思います!」


「コフィもにゃ!」


「……とはいえ、坊ちゃまは姫様とのご成婚を控えられた身。せいぜい私達に出来ることと言えば、愛情をこめて、抱きしめて差し上げることぐらいのものです」


 ……今、僕、その愛情に殺されかけてたんですけど?


「ですが、ご成婚なさられた後は、この限りではありません」


 その余りにも不穏な一言に、僕は思わず後ずさる。


「ちょ、ちょっと待って、ロジーさん!?」


 ロジーさんはちらりとこちらに目を向けると、『大丈夫、全てお任せください』。目でそう言って、二人の方へと向き直った。


 ダメだ。これ絶対ダメなパターンだ。


「無論、坊ちゃまの正妻となるのは姫様。これは動きません。どう考えても、それが一番坊ちゃまの為になるからです。ですが、やはり深窓の令嬢である姫様には、坊ちゃまをご満足させることなど到底期待できませんよね」


「じゃ……じゃあ、もしかして、ボクらで……」


「ええ、そうです。考えてもごらんなさい。坊ちゃまは、『神の恩寵(ギフト)』で、幾らでも体力を回復できるのですよ? 一人や二人で、夜のお相手が務まる訳がありません」


「なっ!?」


 途端に、エルフリーデが「その発想は無かった!?」みたいな顔をした。


 いや、僕もたぶん、同じような顔をしていると思う。


「ですので! 私はメイド長として! 坊ちゃまと姫様のご成婚の日までに、坊ちゃまに絶対の忠誠を誓う、坊ちゃま、好き好き愛してるな猛者(もさ)を集め、坊ちゃまの! 坊ちゃまのための! 坊ちゃまのためだけの! 鉄壁のハーレムを作り上げなければならないのです!」


 なにその、ヤバすぎる未来絵図!!


 だが、これで色々な事が一本の糸で繋がったような気がする。


 ロジーさんとマグダレナさんの間で、話がついているのだ。


 正妻は姫様。でも、ロジーさんは僕の世話一式を譲らない。


「はわわわわわ……」


「にゃ?」


 クワミは顔を真っ赤にして、今にもその場にへたり込みそうなほどに足をがくがくとさせている。意味がよく分かっていないのだろう。コフィは怪訝そうに小首を傾げた。


「あなた方二人がハーレム入りすれば、我々と砂猫族の未来にとって大きなプラスとなります。むろん正妻は姫様、ハーレム筆頭はこの私、ロジー。今、ハーレムに加入するとミュリエさんに続いて第三位、第四位です」


 っていうか、ミュリエも入ってんの!?


 すると、僕の背後でエルフリーデが、声を上げた。


「メ、メイド長様、わ、私は?」


「あなたは只の浄水器です」


「はい……ごめんなさい。人間みたいな口を聞いてスミマセンでした」


 エルフリーデの声がしょぼんと(しお)れていった。


「にゃ? よくわかんにゃいけど……それは神様のお嫁さんってことにゃ?」


「そうですね。お嫁さんの一人ということです」


「ほ、本当に、ボ、ボクも良いんですか?」


「構いません! ハーレム入りの最大の条件は坊ちゃまが大好きなこと。三度の飯より坊ちゃまが大好きという方が望ましいです」


「は、はい! ボ、ボク、か、神様のこと、大好きです!」


「コフィも好きにゃ!」


「はい、良いですね。まあ、私ほどではないでしょうが」


「で、では第三位は神の巫女たる族長のコフィ・チュチュアメイ・ンジャメナチノ。ただし成人するまでは、代理人として、第四位のボク! クワミ・チュチュアメイ・ジャランジャランがお嬢の分までお相手を勤めさせていただきます」


「にゃ? にゃんだかよくわからにゃいけど、クワミに任せるにゃ」


「素晴らしい。コフィさんへの忠誠心に見せかけた素晴らしい貪欲さです。クワミさん」


「そ、そんなつもりじゃ……」


 ロジーさんがパチパチと手を叩くと、クワミは顔を覆って湯船の中に沈み込む。


 その瞬間、


「いい加減にしてください!!」


 僕は思わず声を荒げた。


 ただでさえ丸い目を更に丸くするコフィ。クワミはビクリと身体を跳ねさせる。だが、ロジーさんは、ただ静かに僕の方へと向き直った。


 こんな状況になってしまったら、もう曖昧にはしていられない。


 関係が変わってしまうのを、恐れていられるような状況じゃなくなったのだ。


 はっきりと言ってしまわないと、もう収まりがつかない。


 僕が、どれだけロジーさんのことを想っているのかを、ちゃんと伝えないと。


「ロジーさん! 僕が好きなのはロジーさんなんです! 僕はただ、ロジーさんさえ傍に居てくれれば、それでいいんです! ひ、姫様のことは、なんとかしますから!」


 言ってしまった……。


 お風呂のせいだけではないだろう。無茶苦茶、顔が熱い。


「……坊ちゃま」


「……ロジーさん」


 思わず見つめ合う僕とロジーさん。


 そして、ロジーさんは静かに微笑んだ。


「ほんとに……坊ちゃまは甘えん坊なのですから……。しかたありません。他の女性と(ねや)をともにする時も、私も傍で控えていることにします」


 なん……だと?


 何一つ伝わっていない!?


 思わず驚愕に目を見開く僕から、ロジーさんはコフィとクワミの方へと顔を向ける。


「ではさっそく、お二人とも、坊ちゃまを癒して差し上げてください!」


「わかったにゃ!」


「お、お任せください!」


 途端に勢いよく飛びついてくる二人。


 僕は慌てて逃れようと腰を浮かせかけたところで、二人に掴まってお湯の中へと引き倒された。


「ちょ、コフィ!? クワミ!! そ、そうだ! 二人とも服! 着たままじゃ、服が傷むよ! い、一旦離れよう、な!」


「服? そんなの着た事無いにゃ?」


「……え?」


 言われてみれば、僕の頬に当たるクワミのなだらかな胸。その柔らかな獣毛の中に、ぷっくりと固くなった突起の感触がある。


 僕が顔を動かすと、


「にゃぁん!」


 頬がその突起に擦れて、クワミが嬌声を上げて仰け反った。


 どうやら、胸元と股間を覆っている毛皮は自前のものらしい。


 驚愕の事実。二人は今までも、ずっと裸だったのだ。


「ロ、ロジーさん!」


「坊ちゃま、大丈夫です。ロジーはお傍におりますよ!」


「そうじゃなくて!!」


 その時、


 慌てて逃げようとした僕の足が、何か柔らかい物を踏んづけた。


「あら?」


「あ……」


「にゃ?」


「エルフリーデぇえええええ!!」


 湯船の底に沈んでいたのはエルフリーデ。


 考えてみれば、僕が入るよりずっと前から湯船でスタンバっていたのだ。


 そりゃ……のぼせる。


 というわけで、慌ててエルフリーデを湯船から運び出して、僕はなし崩し的に浴場を脱出することに成功した。


 ありがとう、エルフリーデ。


 たぶん、今までで一番役に立ったよ。


 僕は、少しだけ彼女に優しくしてあげようと思った。



  ◇  ◇  ◇



「ティモの旦那。首突っ込むにゃぁ、流石にヤバすぎる。悪い事は言わねえ、この辺りで手ェひいちゃどうだ?」


「んーまあ、考えとくわ」


 王宮に潜ませている協力者の一人。そいつに金貨の詰まった小袋を投げ渡すと、俺は(きびす)を返して、表通りの方へと歩き始める。


 荒野を出て、既に一ヵ月。


 東クロイデル王国の首都クラニチャル。俺はその裏路地にいた。


「ったく……相変わらず陰気な国だよな」


 左右の建物に切り取られた路地裏の空は、どんよりとした雲に覆われている。


「ん? なんだ?」


 今、雲の間を何か赤い物が横切ったような気がしたんだが……。


「……気のせいか」


 それはともかく、王宮の中にも俺の情報網は広がっている。維持するためには相当金がかかってるが、まあそれなりに稼いできたのだ。それに今は、投資の時期だ。


 協力者の話によると、その辺にいた餓鬼に小遣いをやって門衛に届けさせた手紙は、ちゃんと女王陛下(あのくそババア)の手元に届いたらしい。


 女王陛下がどんな顔をしたのかまでは分からないが、荒野の国、神聖クロイデル王国の話は、庶民や一般の兵士達に伝わっている様子はない。


 庶民を動揺させる必要はない。そう考えてか……どうだろう。できたての小さな国だ。無視しても問題ない。そう思っているのかもしれない。


 いずれにしろ、東クロイデルが、中央クロイデルを力尽くでどうこうしようとすれば、意味のわからない新興国が襲い掛かってくる。そして、疲弊したところを西クロイデルに襲われる可能性がある。


 それだけ理解してくれれば充分だ。


 あのグラマラスな姉ちゃん(マグダレナ)は、中々の策士だな。


協力者(あいつ)の情報通りなら、そろそろ通るはずなんだけどなぁ」


 俺が表通りの敷石に腰駆けると同時に、通りの向こうから、ゆっくりと走ってくる馬車(キャリッジ)が見えた。


 いや、馬車(キャリッジ)じゃなくて、荷馬車(ワゴン)か……。


 眼鏡をかけた軍服姿の年若い女が手綱を握り、同じく軍服姿の少年が荷台に積まれた荷物に寄りかかって、引っ切り無しに女に話しかけている。


 だが、女は少年を素っ気なくあしらい、少年はその態度に苦笑しながらも話を続けていた。


「ふーん、あいつがそうか……」


 俺が何の気無しにそう呟いた途端、少年は俺の方へとちらりと目を向ける。目が合うと、まあ、たまたまだろうが、彼は俺に向かって、ニコリと微笑んだ。


 宰相マルスラン。いや、元宰相か。


 中央クロイデルの反乱を裏で操っていた少年。城砦を襲った魔導甲冑(アミュール)を率いていた少年だ。


 協力者の情報によると、彼は今回の失敗のせいで、宰相の地位を剥奪されて、中央クロイデル()()()に、一外交官として赴任させられることになったらしい。


 失脚。表向きはそう見える。


 今、彼が乗っているみすぼらしい荷馬車(ワゴン)を見れば、成り上がり者の彼を面白くない目で見ていた連中は、さぞご機嫌なことだろう。


 だが、変な話だ。中央クロイデルを如何にして併合するかは、東クロイデルにとっては大きな課題のはずだ。


 戦費の八割を空費するような大失敗を犯しておきながら、そんな重要な役割を任せられるとは、普通は考えにくい。


 協力者によれば、その年の若さから女王陛下の隠し子だという噂や、愛人だという噂まであるらしい。まあそうなるだろう。俺が知る限り女王陛下は頭が悪い人間ではない。本当に、そのあたりにはなにかありそうだ。


 実際、この少年のことを調べれば調べるほど、腑に落ちないったらありゃしない。


 どこかからフラッと現れて、あれよあれよという間に大出世。そりゃ隠し子って噂も出るだろうし、実際、それぐらいしか考えようもない。


 自分でいうのもなんだが、俺がここまで生きてこられた一番の理由は臆病だからだ。


 その俺の勘がビンビンに伝えてくる。アイツはヤバいってな。


「はぁ……早めに手を打って、正解だったなぁ」


 おれがそう言って溜め息を吐くと、すぐ隣から老人のしわがれた声が聞こえてきた。


「あれが標的でございますね」


「ああ、頼むよ」


 いつのまにか俺のすぐ隣には、車椅子に座った陶器人形(ビスクドール)のような少女と、それを押す執事姿の老人の姿がある。


「よろしいんですの? あんな子供相手でも、料金は銅貨一枚まかりませんわよ?」


「前金はクロイデル金貨で三百。成功報酬は神聖クロイデル王国の王様が言い値で払ってくれるさ」

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